データってなんだよ
ドラゴンはゆっくりと首を持ち上げる。黄金色の瞳が、演習場にいる四人を順番に見据えた。
「グルルルル……」
低いうなり声とともに、その喉の奥が赤く輝き始める。
「……全員、伏せてくださいッ!!」
イグザムが叫んだ。
しかし、その声が届くよりも早く――。
「ガアアアアアアアアッ!!」
ドラゴンは大きく口を開き、灼熱の火球を吐き出した。
人の身長を優に超える巨大な火球は、轟音を響かせながら一直線に演習場を駆け抜ける。
直後――。
ドゴォォォォォンッ!!
火球が地面へ激突し、凄まじい爆発が巻き起こる。 灼熱の爆風が演習場を吹き荒れ、石畳を砕き、壁を黒く焼き焦がした。 爆発に巻き込まれた数体の模擬魔獣は、一瞬で消し飛ぶ。
土煙と熱風が収まった頃には、そこには巨大な爆裂跡だけが残されていた。
「……嘘だろ」
ジェンは思わずそう漏らした。
たった一撃。それだけで、この場の全員が理解する。目の前の存在は、先ほどまで相手にしていた魔獣とは比べものにならない、まさしく災害そのものだった
「オズキさん!あのドラゴンのデータはないんですか!?」
ダマキがオズキの肩を掴み、激しく揺さぶる。
「俺のデータにあんな化け物は載っていない!貴様こそ計算で何とかできないのか!」
「あ、あんなデータにないもの計算できないですよ!」
二人が言い争っている間にも、ドラゴンは大きく息を吸い込み始める。
「ガアアアアアアアアアッ!!」
灼熱の火球が、その喉奥で膨れ上がる。
「まずい……!」
全員が散開する。しかし、ダマキとオズキだけは一歩遅れた。
次の瞬間。
――ドォォォォォンッ!!
火球が炸裂し、爆炎が二人を飲み込む。
「ぐわあああああああっ!!」
「うわああああああああっ!!」
吹き飛ばされながら、ダマキの思考は走馬灯のように駆け巡っていた。
――どうして、どうしてこんなことに。
あのドラゴンを計算しろ? そんなの、できるわけないじゃないですか! データにないんですから!
そもそも僕は最初から、計算なんてしていない。
僕のスキルは『体内時間が正確になる能力』。
今が何時何分何秒なのかを、一秒の狂いもなく把握できる。ただ、それだけの能力。
確かに、いつでも正確な時間が分かるのはA級らしい便利な能力です。けど、それ以外は何もできない。
なのに、周りは勝手に勘違いした――!
時間を正確に把握できるなら、計算も得意なんじゃないか。分析もできるんじゃないか。天才なんじゃないか、と。
気付けば僕は、天才数学者だの、頭脳派だの、分析家だの、データキャラだのと持ち上げられていた。
否定するタイミングを逃した僕は、いつしか自分でもそれを演じ始めた。
伊達メガネを掛けて。腕を組んで。それっぽく考えるふりをして。
「僕の計算では――」
なんて言えば、みんな勝手に納得してくれる。
確率だって適当だ。
今日だって、勇者パーティーに選ばれる確率が九九%なんて、完全にでまかせだった。
毎回そんな感じで乗り切ってきたのに、どうして今回は本物の頭脳派が二人もいるんですか!?
適当だってバレてしまわないかずっとヒヤヒヤしてましたよ!
さっきの標的に魔法を当てる時だって計算なんかしてません!山勘です!適当に撃ったら、たまたま当たっただけ!
無理です!あんなドラゴンのことなんて分かりません!やめてください!僕に期待しないでください!
本当は僕――データも計算も何も知らないんですから!
そして、ダマキとオズキは地面へと叩きつけられた。
「ぐっ……!」
「クソォォォッ!!」
オズキは叫びながら拳を地面に叩きつける。
目の前では、ドラゴンが悠然と翼を広げていた。
その巨体を見上げながら、オズキの思考もまた、走馬灯のように駆け巡る。
――どうしてだ。どうしてこんなことになった……!あのドラゴンのデータ?あるわけがないだろう!俺だってあんな化け物を見るのは初めてだ!
そもそも――俺はデータなんて知らん!
俺のスキルは『紙とペンを出せる能力』。好きな時に紙とペンを生み出せる。
無から有を生み出すという点では確かにA級らしい能力だが、できることはそれだけだ!
俺はその紙に、ただメモを書いていただけ。
なのに周囲は勝手に勘違いした。
「あらゆる情報を書き留める賢者」だの、
「膨大な知識を持つ分析家」だの、
「難解な計算を紙に書き連ねる天才数学者」だの。
普通の紙に書いている時は何も言われないのに、このスキルで出した紙に書くだけで、なぜかみんな期待し始める。
……やっぱりA級スキルだからか!?
否定する機会を逃した俺は、いつしか寡黙な知識人を演じるようになった。
腕を組み、難しい顔をして、
「……ふむ」
と呟くだけで、周りは「さすがだ」と勝手に納得してくれる。適当なことを言っても、
「さすが分析家!」
と褒められる。
そんなことを繰り返していたら、気付けば勇者パーティー推薦枠にまで選ばれていた。
ここへ来てからは、生きた心地がしなかった。
他にも頭脳派が二人もいるじゃないか!
いつ化けの皮が剥がれるか、そればかり考えていた。だから普段以上に腕を組み、普段以上に寡黙を貫いた。
最後に、いかにも普通そうなジェンという少年が入ってきた時は、本当に安心したんだ。
そうだ。
あいつのスキル名を聞いて「データにない」と焦った、本当の理由もそれだ。
俺は知識人としての体裁を保つため、A級とB級のスキルは必死に調べた。誰のスキル名を聞かれても、
「……ああ。そのスキルは――」
と、それっぽく解説できるよう準備していた。
なのに突然、「Z級スキル」なんて聞いたこともない単語が出てきたから焦っただけなんだ!
……まあ、結果的にはアヤメが「未知を警戒するのは分析家らしい」なんて勝手にフォローしてくれたおかげで、さらに信用されたんだが。
あれは本当に運が良かった。
……いや、それどころじゃない!
今の問題はあのドラゴンだ!どうすればいい!?
俺にデータを求めるな!俺はデータ使いなんかじゃない!
そんなもの――何も分からんのだぁぁぁぁぁぁっ!!
そして、錯綜していた二人の思考は、最後に一つの結論へと辿り着く。
奇しくも、その瞬間――二人は全く同じことを思っていた。
――データって……データってなんだよおおおおおおおおおおっっ!!!!
もちろん、互いの心の叫びが共鳴していることなど、二人は知る由もない。
その間にも、ドラゴンは無慈悲に倒れた二人へと歩み寄る。
鋭い鉤爪を振り上げ、その命を刈り取ろうとした――その瞬間。
「あああああああああっ!!!」
甲高い叫び声が演習場に響き渡る。
「……!?」
ドラゴンの腕がぴたりと止まった。
ゆっくりと首を巡らせ、叫び声の主――アヤメを睨みつける。
そして、そのまま腕を大きく薙ぎ払った。
「ウィンドショット!」
アヤメは地面へ向けて風魔法を放つ。
その反動で身体がふわりと宙へ舞い、ドラゴンの一撃を紙一重で回避した。
「からの――ウィンドカッター!」
空中から放たれた風の刃が、ドラゴンの翼の付け根を鋭く切り裂く。
「グオオオオッ……!」
ドラゴンが初めて苦悶の咆哮を上げた。
アヤメは軽やかに着地すると、得意げに笑みを浮かべる。
「そのドラゴンの名前は『黒炎竜ギャリノワール』。大きくて高い音を苦手としてて、弱点は翼の付け根」
そう言って、人差し指で自分の頭を軽く叩いた。
「――全部、ボクのデータにあるよ」
その言葉を聞いたダマキとオズキは、同時に身体を震わせる。そして。
「「ほ、本物のデータ使いだああああああああっ!!!」」
二人の絶叫が、演習場中に響き渡った。
「えっなになに?偽物のデータがあるの?」
アヤメは不思議そうに首を傾げる。
「あっ、それはその……」
二人は気まずそうに顔を見合わせる。
――その時だった。
「グオオオオオオオオオオッ!!」
怒り狂ったドラゴンが、さらに大きな咆哮を轟かせる。
「けどやっぱり決定打にはなってないね……」
アヤメはドラゴンを見上げ、困ったように頬を掻いた。
「どうしますかアヤメさん!!」
「俺たちなんでもしますよアヤメさん!!」
本物のデータによってドラゴンの弱点を見抜き、二人の命を救ったアヤメ。そんな彼女を見るダマキとオズキの目は、まるで兄貴分を慕う舎弟のようだった。
「何とか攻撃を避けながら弱点を狙うしかないね……!――みんな、行くよ!」
「はいアヤメさん!!」
「任せてくださいアヤメさん!!」
こうして、いつの間にか二人のリーダーとなっていたアヤメに、彼らは素直に続いていった。




