一次試験
勇者パーティー推薦枠選考試験が始まろうとしていた、その頃。
推薦組の四人も、試験官イグザムも、誰一人として気付いていない存在があった。
演習場の片隅。
誰の目にも映らぬまま、じっと試験の様子を見守る一人の少女。
(やばいです〜!!ついに始まってしまいました〜!!)
――ヘリンである。
(隙を見てもう一度説得しようと思ってたのに、どうしていつもダストレア・ウィークが一緒にいるんですか〜!あれじゃ近づけませんよ〜!)
結局、ヘリンの作戦は失敗に終わった。それでも諦めきれず、彼女は王城にまで忍び込んできたのである。
もちろん、本来なら王城への侵入など不可能に近い。
城の中には何人もの王国騎士が配置されている。
それでも、どの騎士にも見つかることなく、ヘリンはここまで着いてくることができた。
(しかし助かりました〜……八百屋のジークルさんの性癖が"透明人間"で……!お陰でバレずに侵入できました!)
ヘリンはサキュバスとしての能力で、対象にとっての「理想の異性」へと姿を変えることができる。
その能力と、八百屋の特殊性癖を掛け合わせる事によって透明化して王城に侵入という芸当を可能にしていたのだ。
(最初は野菜をおまけしてもらおうと思って使っただけなのに、急に自分の体が見えなくなってびっくりしたんですよね〜。でも、こんな使い方ができるなら結果オーライです!)
八百屋の特殊性癖が、思わぬ形でヘリンの能力を強化していた。
だが、ヘリンがそんなことを考えている間にも、試験は始まっていた。
先陣を切ったのはダマキだった。
得意の氷魔法を展開し、縦横無尽に飛び回る標的へ狙いを定める。
「僕の計算では、この角度、この速度で魔法を放てば命中するはずです。――アイスショット!」
放たれた氷弾は一直線に飛び、見事に標的の中心を射抜いた。砕け散った標的が地面へと落ちる。
ショット系魔法。
どの属性でも扱える、速度と直進性に優れた基本魔法だ。威力は然程ないが、当てさえすれば良いこの試験では最も適した選択と言える。
「時刻12時23分54.03秒……一番乗りで一次試験突破です」
「おお〜」
アヤメが軽く拍手を送る。
「ボクも負けてられないね! ウィンドショット!」
風の弾丸が標的を撃ち抜き、続いてオズキも、
「……アースショット」
鋭い岩弾で難なく命中させる。
三人は、あっという間に第一試験を突破してしまった。
一方、その場から動けずにいたのはジェンだけだった。
「みんなすごいな……。俺も、何とか当てないと」
ジェンは残り一つとなった的を見上げる。
そうして、焦りを押し殺しながら、炎魔法を展開した。
「――フレイムショット!」
狙いを定め、腕を振り抜く。
――その瞬間だった。
ぐいっ、と誰かに腕を掴まれたような感覚が走る。
「っ!?」
放たれた炎弾は大きく軌道を逸れ、的の横を掠めた。
(ごめんなさい!けど、ここでジェンさんを合格にさせる訳にはいかないんです!)
透明化したヘリンが、誰にも気付かれぬようジェンの腕を押さえていた。
ヘリンに残された最後の作戦。
それは、ジェンを直接妨害し、試験を不合格にさせることだった。
大きく狙いを外れた炎弾は、そのまま演習場の壁へと一直線に飛んでいく。
次の瞬間。
――ドォォォンッ!!
轟音と共に炎が爆ぜ、石壁が粉々に吹き飛んだ。
衝撃で演習場が揺れ、壁に大きなクレーターができる。
一瞬にして、会場は静寂に包まれた。
(ひええええええ!!なんですか今の威力!?ショット系魔法ってこんな威力が出る魔法じゃありませんよね!?)
腕を逸らした本人であるヘリンですら、思わず背筋が凍る。
「……おい。なんなんだこれは」
「明らかに異常でしょう……!」
オズキとダマキも思わず声を漏らす。しかし。
「……そうだよな。びっくりするくらい下手だったよな俺」
(いや、そっちじゃないです!!どう考えても驚くべきなのは威力でしょう!)
ヘリンは心の中で全力でツッコむ。
だが、返ってきた言葉は予想外だった。
「ああ。まさかこんなにコントロールが悪いとはな……」
「狙いも定まらず、魔法も暴発しています。ここまで魔法の扱いが未熟だったとは思いませんでした」
二人は揃って頷く。
(本当にそっちなんですかーーーっ!?)
ヘリンは思わずずっこけそうになり、慌てて踏みとどまる。
ここで転べば、透明化していても物音で見つかってしまう。
(壁を半壊させる威力を見せられて、その感想になるんですか!?やっぱり魔王様の呪いは絶対なんですね……)
ヘリンは頭を抱えた。だが、ヘリンにとってもジェンの強さが露呈しないのは良い事でもあった。
そうしてイグザムもジェンに視線を向ける。
「次が最後です。この一撃で命中できなければ、問答無用で失格とします」
その宣告に、ジェンの額を冷たい汗が伝う。
一方で、透明化したヘリンもまた緊張していた。
(次も腕を逸らしさえれできれば、ジェンさんは勇者パーティー候補から外れる……!大丈夫です。もう一度腕を動かせば終わりです……!)
ジェンは標的を見つめ、小さく息を吐く。
「……緊張してるのかな。魔法を撃つ瞬間、どうも腕が震えちまう。だったら――」
そう呟くと、何かを決意したように目を細めた。
(まずい……何か対策をする気ですか!?)
ヘリンは身構える。
(こうなったら多少バレる危険があっても構いません。さっきより思い切り腕を動かします……!絶対に当てさせません!)
ジェンが腕を前へ突き出す。
それに合わせて、ヘリンもそっと手を伸ばした。
詠唱が始まった瞬間に、腕を真上へ引っ張りあげるつもりだった。
(さあ、撃ってください!)
「――アイスクリエイト」
水色の魔法陣が地面に展開される。
(えいっ! ……って、あれ?)
ヘリンは勢いよくジェンの腕を押し上げた。
しかし、何も起こらない。
いや、正確には――腕の向きなど関係なかった。
(ショット系じゃない……!?)
ダマキも眉をひそめる。
「クリエイト系列の魔法。魔法で生成した物体を飛ばすのではなく、その場に生み出す魔法……それをなぜこのタイミングで……?」
次の瞬間、水色の魔法陣が輝き出す。
(ま、まさか……!?)
ヘリンの脳裏に、あの時の光景がよみがえる――
「いっけぇぇぇぇぇ!!」
ジェンの掛け声とともに、魔法陣から巨大な氷塊が轟音を響かせながらせり上がる。
ゴゴゴゴゴ……と氷は止まることなく成長を続け、瞬く間に氷山へと姿を変えた。
その光景は、神殿の前でジェンが生み出したあの巨大氷山、そのものだった。
氷山はなおも伸び続ける。宙を舞う標的を巻き込みながら押し上げ、やがて演習場の天井へ到達した。
逃げ場を失った標的は――
バキィンッ!!
天井と氷山に挟まれ、無残に押し潰された。
「な、なに!!」
オズキは驚嘆の声をあげる。
「ぼ、僕のデータにない攻略法だ……」
「まさか、こんなやり方をするとはねぇ〜」
ダマキとアヤメも目を丸くしていた。
ジェンは巨大な氷山を見上げた後、イグザムへ向き直る。
「魔法の種類は何でもいいんですよね?狙って撃ち落としたわけじゃないですけど……これでも合格ですか?」
イグザムは砕け散った標的を見つめ、わずかな沈黙の末に答える。
「……ええ。魔法によって標的を破壊した以上、問題は……ありません」
その声には、隠しきれない悔しさが滲んでいた。
「……Z級風情が、小賢しい真似を」
誰にも聞こえないほど小さく吐き捨てる。
一方、その様子を見ていたヘリンは青ざめていた。
(ま、まさかこんな方法でクリアするなんて……!まずいです……!やっぱりこの人、規格外です!!なおさら勇者パーティーに入れちゃダメな人ですぅぅぅ!!)
そんなヘリンをよそに、当のジェンは満足そうに氷山を見上げていた。
「ふぅ……このクソデカ氷山。何の役にも立たない魔法だと思ってたけど、意外なところで活躍するもんだな」
そして、どこか誇らしげに呟く。
「まさに――発想と工夫の勝利だな」
(どう見ても魔力と才能のゴリ押しですぅぅぅ!!!)
ヘリンは誰にも聞こえない悲鳴を、心の中で上げるしかなかった。




