第56話:【絶頂】退魔師の誇りを折る、服従の口づけ
すべてが凍りついた地下祭壇。
ダイヤモンドダストが舞い散る白銀の空間で、退魔師・御子柴天音の誇りは、今まさに粉々に打ち砕かれようとしていた。
「大人しく口を開けなさい。……今から、致死量の怨霊の毒を上書きするほどの、私の『極上の猛毒(愛)』を、あなたの魂の奥底まで注ぎ込んであげるから」
絶世の美女の姿をした大妖怪『白鐘の姫』が、天音の身体に覆い被さり、その美しい顔を近づけてくる。
雪山の極限の冷気と、咲き乱れる毒花を濃縮したような、脳髄を痺れさせる甘い匂い。
それは、退魔師の鋭敏な嗅覚を持つ天音にとって、嗅ぐだけで理性が溶け出しそうになるほどの強烈な「劇薬」だった。
「や、めろ……っ! 化け物、私に……触れるな……ッ!」
天音は、怨霊の瘴気に侵され、ドス黒い斑点が浮かび上がった身体を必死に捩り、抵抗しようとした。
だが、霊力回路はズタズタに引き裂かれ、指先一つ動かすことすらままならない。
姫は、そんな天音の抵抗をそよ風ほどにも感じていない様子で、白磁のように滑らかな指先で天音の顎をしっかりと固定した。
「化け物? ええ、そうよ。でも、その化け物に命を乞うしかできないのは、今のあなたでしょう? ……さあ、私の器(清春)のために、無様に泣き叫んで生き延びなさい」
姫の、熟れた毒林檎のように赤い唇が。
天音の血に汚れた青白い唇を、完全に、そして強引に塞いだ。
――チュッ。
氷の祭壇に、水気を含んだ生々しい音が響く。
「……んぐっ!? んんんっ……!!」
天音の金色の瞳が、限界まで見開かれた。
唇が重なった瞬間、全身の毛穴という毛穴から、これまで経験したことのない、爆発的な『快楽』の電流が駆け巡ったのだ。
姫は、天音の閉ざされた歯列を、自らの氷のように冷たい舌先で容赦なくこじ開けた。
圧倒的な上位存在による、粘膜の蹂躙。
滑らかな姫の舌が天音の口腔内へと侵入し、血と泥の味がする天音の舌を絡め取り、執拗に舐め回す。
「あ、がっ……んちゅ……じゅる、れろ……っ!」
交わる舌を通して、姫の体内から直接、超高純度の『妖力』の濁流が注ぎ込まれる。
天音の体内には、数千の怨霊から流し込まれた「呪いの毒(泥)」が蔓延し、彼女の命を蝕んでいた。
だが、姫の口づけから流し込まれた『絶対零度の甘い毒』は、その怨霊の泥すらも一瞬にして凍結させ、駆逐していく。
まるで、ヘドロで汚れた用水路に、純白の雪解け水の濁流を叩き込み、無理やり浄化していくような、暴力的すぎる解毒。
「んんっ、あぁぁぁっ……!! んあっ、はぁ……っ」
天音の身体が、ビクンッ!!と大きく跳ねた。
痛い。怨霊の毒が剥がれ落ちる激痛。
だが、それ以上に。体内を駆け巡る姫の妖力がもたらす『快感』が、あまりにも異常すぎた。
(……なんだ、これは。……あたまが、溶ける……っ)
天音は、これまで十年間、退魔師として血の滲むような修行に耐え、あらゆる欲望を切り捨てて生きてきた。
快楽などというものとは無縁の、厳格で孤独な人生。
その真っ白なキャンバスに、生態系の頂点に立つ大妖怪が、容赦なく「極上の発情」という名のインクをぶち撒けているのだ。
姫は、天音の口蓋を舐め上げ、舌の裏側まで徹底的にしゃぶり尽くしながら、自らの『支配の刻印』を、天音の細胞の一個一個にまで深く、深く刻み込んでいく。
「はぁ……ぁあ……っ、んちゅ、ちゅぷ……っ」
天音の目から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
それは、痛みによるものではない。
自分の誇りが。十年間守り続けてきた「怪異を憎む」という絶対の正義が。
この化け物が与えてくれる、甘くて、冷たくて、どうしようもなく気持ちのいい「口づけ」の前に、いとも容易く音を立てて崩れ去っていくことへの、絶望と屈服の涙だった。
――嫌だ。こんな化け物に、屈してたまるか。
――私は御子柴の当主。……人間の尊厳を、手放してなるものか……っ。
天音の理性は、必死に警鐘を鳴らし続けていた。
だが、身体は全く別の反応を示していた。
体内から怨霊の毒が消え去り、代わりに姫の甘い毒で完全に満たされた瞬間。
天音の両腕が、無意識のうちに動き、自分を蹂躙している姫の細い首に、すがりつくように巻きついたのだ。
「……んっ!? あ、ぁ……っ! んんんっ……!!」
自分から、もっと深く口づけを求めてしまった。
退魔師である自分が、憎むべき怪異の唇を自ら吸い返し、冷たい舌に自分の舌を擦り付けて、もっと妖力を流し込んでほしいと懇願してしまった。
(……あぁ。……もう、どうにでもなれ……)
天音の中で、最後に残っていた誇りの糸が、プツリと切れた。
――あら。随分と素直になったじゃない。さすがは退魔師の血筋。極上の毒の味(価値)が、細胞レベルで理解できたのかしら?
姫の金色の瞳が、至近距離で天音の涙に濡れた顔を見つめながら、底知れぬ愉悦に歪む。
姫は、天音の首に回された腕を解くことはせず、むしろさらに強く彼女の身体を抱き寄せ、息継ぎすら許さないほどの狂ったディープキスを叩き込んだ。
「あ、が……っ、んひぃっ……あぁぁっ……!!」
天音の身体が、限界を超えた快感に感電したように激しく痙攣した。
彼女の喉の奥から、「んん……っ、ぁ、あぁんっ……」という、かつての厳格な生徒会長からは想像もつかない、淫らで、甘く、完全にメス堕ちした服従の喘ぎ声が漏れ始める。
『……マスター。御子柴天音の体内から、怨霊の瘴気の完全な消失を確認。……同時に、マスターの新たな妖力パルスによる「絶対隷属印」の、魂の最深部への定着を確認しました』
シキの合成音声が、姫の脳内にだけ冷徹に響く。
『対象の精神状態、完全に「マスターへの狂信的依存」へとシフト。……誇り高き退魔師を、命を救うという大義名分のもとに、最も残酷な形で自身の忠犬へと堕とす。マスターのサディズムは、もはや芸術の域ですね』
――黙りなさい、シキ。私はただ、器(清春)が助けたがっていた小娘を、二度と逆らえないように『調教』してあげただけよ。
姫は心の中で傲慢に言い放ちながら、天音の魂の隅々まで自らの匂いを染み込ませたことを確認すると。
ゆっくりと、名残惜しそうに天音の唇から自らの唇を離した。
ぷつり、と。
二人の間に、濃密な銀色の唾液の糸が艶めかしく引かれ、冷たい空気の中で消える。
「はぁっ、はぁっ、あ……ぁ……んっ……」
姫の腕の中で、天音は完全に腰を砕かれ、操り人形の糸が切れたようにだらりと首を垂れていた。
あれほど凛としていた表情は見る影もなく、顔は異常なほどの熱を帯びて赤く上気し、瞳の焦点は完全に合いを失っている。
とろけきった表情で虚空を見つめながら、だらしなく半開きの唇から、熱っぽい吐息と銀色の糸を垂らしている。
そこにはもう、怪異を憎む「誇り高き退魔師」の姿はない。
あるのは、極上の快楽と圧倒的な力にひれ伏し、主人の匂いなしでは生きられない身体に作り変えられた、哀れで、ひどく愛らしい「神の忠犬」の姿だった。
「……ふふっ。本当に、いい顔。さっきまで私に長刀を向けていた生意気な小娘と、同じ生き物とは思えないわね」
姫は、とろけた顔で喘ぎ続ける天音を見下ろして、心の底から満足そうに微笑んだ。
彼女の汗ばんだ金髪を優しく撫で上げ、その白い額に、チュッと、所有権を主張する軽いキスを落とす。
「命は助けてあげたわ。……その代わり」
姫は、天音の耳元に唇を寄せ、甘く、残酷な永遠の呪いを囁いた。
「あなたの退魔師としての誇りも、その身体も、すべては私のものよ。……これからは、生徒会長の立派な仮面を被りながら、裏では私の匂いを求めて尻尾を振る『忠犬』として生きなさい」
「……あ、……ぁ。……ご、しゅじん……さま……。……もっと。……もっと、匂いを……ください……っ」
完全に気絶する寸前。
天音は、姫の純白のドレスをぎゅっと握りしめ、狂おしいほどの依存と情欲に満ちた、屈辱的な服従の言葉を呟いて。
そのまま、深い眠りへと落ちていった。
『マスター。事後処理は完了しました。学園の地下大結界は、マスターの絶対零度によって完全に再構築・封印されました。……マスター自身の「人間の肉体」の負荷が限界です。直ちに変身の解除を推奨します』
シキの言葉に、姫は小さく息を吐いた。
地下祭壇の冷気が、少しずつ和らいでいく。
――分かっているわ。……まったく、今回も随分と無茶をする器ね。
姫は、腕の中の天音をそっと冷たい石畳の上に寝かせると、大きく息を吸い込んだ。
その瞬間、彼女の身体から白銀の光の粒子が弾け飛び、大妖怪の意識が、男としての清春の自我へとバトンを渡し、再び深い眠りへと還っていった。
「がはっ……! ごほっ、ごほっ……はぁっ、はぁっ……」
男の身体に戻った清春は、全身の激痛と、変身の激しい反動に、その場にうずくまって血混じりの咳を吐き出した。
肺が焼けるように痛い。だが、その痛みよりも先に、清春は這うようにして天音の側へと近づいた。
「……御子柴、先輩……」
清春は、静かな寝息を立てる天音の顔を覗き込んだ。
彼女の身体を覆っていた怨霊の毒(ドス黒い斑点)は、綺麗さっぱり消え失せている。
呼吸も安定しており、顔色も悪くない。むしろ、少し熱っぽく頬を赤らめて、どこか幸せそうな寝顔を見せている。
「……よかった。……間に、合ったんだな」
清春は、安堵のあまり、その場にへたり込んだ。
自分のせいで結界が崩壊し、彼女を死なせてしまうかもしれないという最悪の結末は、なんとか回避できたのだ。
清春は、ボロボロになった自分の制服のブレザーを脱ぎ、眠っている天音の身体にそっと掛けた。
「……先輩が怪異を憎む気持ちは、俺には分からないけど。……でも、先輩がこの学園を守ろうとしてくれたおかげで、俺の周りの連中も、明日からまた馬鹿やって笑い合える。……ありがとうございました」
清春は、深く一礼し、痛む身体を引きずって地下祭壇を後にした。
自分が『白鐘の姫』として、天音の魂にどれほど恐ろしく、ドロドロに甘いマーキングを施したのか。
そして、命を救うための「人工呼吸(解毒)」だと思っていたものが、誇り高き生徒会長を、自らの匂いを狂おしく求める『ドMな忠犬』へと完全に書き換えてしまったことに、気づく余裕などあるはずもなかった。
事なかれ主義の少年の、不器用な正義感。
だがそれは、学園最強の治安維持者をも自らの眷属へと引きずり込み、四つ巴だった地獄の修羅場に「第五の刺客」を放つという、最悪の終わりの始まりでしかなかったのである。
5人目ゲットだぜ!




