表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/65

第43話:殻の破壊。次元を叩き割る『白鐘の姫』



 バチィィィィンッ!!!


 夕闇が支配しつつあった学園の屋上に、太陽が墜落したかのような、目も眩む白銀の閃光が爆発した。


 それは、日高清春という一人の無力な人間の肉体が、生態系の頂点に君臨する神の器へと作り変えられる、壮絶にして官能的な破壊の儀式だった。

 大妖怪の強大な妖力コアが、清春の心臓の鼓動を完全に上書きする。

 全身の骨格が、内側からメキメキと音を立てて砕け、しなやかで強靭な、完璧な黄金比を持つ「雌」の形へと再構築されていく。


「あ、ぁぁ……ッ、あぁぁぁぁぁっ!!」


 清春の喉から漏れる絶叫は、痛みによるものなのか、それとも限界を超えた妖力がもたらす脳髄を焼くような快楽によるものなのか、もはや彼自身にも分からなかった。


 男としての無骨な筋肉が溶け落ち、抜けるように白く、真珠のような輝きを放つ滑らかな肌が形成される。

 肩幅が狭まり、腰のラインが妖艶にくびれ、胸元には柔らかな重みが生まれる。

 短かった黒髪は、突如として爆発的な成長を遂げ、光を反射して煌めく白銀の滝となって、足首まで届く長さにまで伸び広がった。

 そして、制服を内側から引き裂くようにして、純白の薄衣ドレスが現世に顕現し、その完璧すぎる肢体を扇情的に包み込んだ。


 光が収束した時。

 そこに、事なかれ主義の男子高校生の姿は微塵も残されていなかった。

 ただ、周囲の熱をすべて奪い去るような絶対的な冷気と、嗅いだ者の理性を根こそぎ奪い去る甘い毒の香りを纏った、絶世の美女が静かに佇んでいた。


『――変身シーケンス、完了。……大妖怪『白鐘の姫』、完全顕現フル・アンロック状態です。マスターの意識は、現在『姫』の表層意識と完全に融合しています』


 シキの無機質な合成音声が、冷え切った屋上に響く。


 ――ええ。そうよ。

 ――私は、私のものを奪う泥棒を、絶対に許さない。


 姫の金色の瞳が、蛇のように爛々と怪しい光を放つ。

 清春の「結衣を助けたい」という切実な願いは、姫というフィルターを通ることで、極限まで煮詰まった『サディスティックな支配欲と、所有物を穢された激しい怒り』へと変異していた。

 姫は、赤く熟れた唇を歪め、空を見上げた。


 先ほどまで大妖怪の黒い渦が開いていた空間は、今や完全に閉じ、現実の景色しか映っていない。大妖怪の異界は、物理法則の裏側へと完全に格納されてしまったのだ。


『マスター。大妖怪の異界は次元の裏側へ移行しました。現在の空間座標から、そこに物理的に干渉することは……』


「黙りなさい、ポンコツAI。できない理由を並べ立てるだけの機械など、スクラップにして海に沈めるわよ」


 姫は、シキの警告を冷酷な声で一蹴した。

 その声は、空気を振動させるだけでなく、空間そのものを震え上がらせるような絶対的な神威を帯びていた。


「私の匂いを染み込ませた十年物の極上の玩具を、泥人形風情が許可なく盗み出す。……万死に値するわ。這いつくばって泣いて謝る猶予すら、与えない」


 姫は、優雅な動作で右足を上げ、何もない虚空へと一歩、足を踏み出した。


 ピキィィィンッ!!


 姫の白いハイヒールが空中の水分を踏みつけた瞬間、そこに透明な「氷の足場」が形成された。

 重力など、水と氷の支配者の前では何の意味も持たない。

 姫は、空中に見えない螺旋階段を作り出しながら、虚空を軽やかに、しかし凄まじい速度で上空へと駆け上がっていく。


 彼女が一歩踏み出すたびに、空中に白銀の氷の結晶が弾け、美しい雪の軌跡を描く。

 瞬く間に高度五十メートルを駆け上がり、姫は、大妖怪の渦が閉じた「空間の歪み」の真正面へと到達した。


『マスター! そこは次元の壁です! すでに強力な妖力で硬化しており、力任せに叩けばマスターの肉体側が反動で崩壊します!』


「なら、叩き割れるほど『脆く』してあげればいいだけのことでしょう?」


 姫は、見えない空間の壁に向かって、白く細い右腕を真っ直ぐに突き出した。


 その指先から、屋上の冷気、いや、学園全体の熱量すらも奪い去るような、超高密度の『絶対零度』が集束していく。


 ミシミシ、ピキピキピキッ……!!


 何もないはずの空中の空間が、姫の放つ圧倒的な冷気に耐えきれず、まるで分厚いガラスのように凍りつき、白濁していく。

 異界を隔てる不可視の境界線が、物理的な「氷の壁」へと強制的に変換デグレードされていくのだ。


「……砕け散れ」


 姫の赤い唇から、冷酷な死刑宣告が吐き出された。

 絶対零度で極限まで脆くなった空間の壁に向かって。姫の長い脚が、優雅に、そして暴力的な速度で振り抜かれた。


 パリーーーーーーーンッ!!!!


 耳を劈くような凄まじい破壊音と共に。

 現実と異界を隔てていた次元の壁が、文字通り「ガラスが割れるように」粉々に砕け散った。

 数万、数十万の氷の破片が、キラキラと光を反射しながら、異界の内部へと猛烈な吹雪となって吹き荒れる。



 ◆



 その頃。

 異界の最深部では、水無月結衣が、文字通り絶体絶命の危機に瀕していた。


「アァァ……。最高ダ。コノ十年モノノ匂イ……。魂ノ髄マデ、シャブリ尽クシテヤル……ッ!」


 大妖怪の巨大な顎が、結衣の頭上にまで迫っていた。

 腐臭と黄色い胃液が雨のように降り注ぎ、結衣の制服を汚していく。

 周囲は赤黒い肉壁に覆われ、どこにも逃げ場はない。大妖怪の無数の赤い目玉が、獲物を味わう前の歓喜に濡れてギョロギョロと蠢いている。


「……キヨくん。さようなら」


 結衣は、ぎゅっと目を閉じ、祈るように両手を胸の前で組んだ。

 これで、すべてが終わる。

 私が喰われれば、私の身体に染み付いた呪いも消える。清春の日常は守られる。

 恐怖で心臓が破裂しそうだったが、それ以上に「彼を守れた」という安堵感が、結衣の心をわずかに満たしていた。


 大妖怪の顎が、結衣の身体を丸呑みにしようと、大きく開かれた。


 ――その、瞬間だった。


 ドガァァァァァァァァンッ!!!!


 結衣の頭上の赤黒い空が、突然、無数の亀裂を走らせて轟音と共に崩壊したのだ。


「ギ、……ォォォ!?」


 大妖怪が驚愕の声を上げ、捕食の動きを止めて空を見上げる。

 結衣もまた、何が起きたのか分からず、涙に濡れた目を開けて上を見た。


 砕け散った空の向こうから吹き込んできたのは、異界の強烈な腐臭を一瞬にして浄化してしまうような、圧倒的な清浄さと冷たさを持った「白銀の吹雪」だった。

 キラキラと輝くダイヤモンドダストが、血塗られた異界の空気を急速に冷却していく。


 そして。

 その光り輝く吹雪の中心から。

 まるで天から舞い降りる女神のように、純白のドレスの裾を揺らしながら、一人の絶世の美女が、音もなく結衣と大妖怪の間に降り立った。


 長い白銀の髪が、吹雪に煽られて美しく空中に広がる。

 人間離れした、透き通るような真珠の肌。

 そして、獲物を射抜くような金色の蛇の瞳。


「……あ、……」


 結衣は、あまりの神々しさに、呼吸をすることすら忘れて魅入ってしまった。

 誰、この人。

 どうして、こんな地獄みたいな密室に、こんなに綺麗な人が。


 だが、結衣の鼻腔が、その女性から放たれる「匂い」を捉えた瞬間。

 彼女の魂の奥底で、十年間も彼女を縛り付け、孤独に追いやっていた『大蛇の威嚇印』が、激しい歓喜と服従の震えを起こした。


 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ!!


 雪山の極限の冷気と、咲き乱れる猛毒の花の蜜を混ぜ合わせたような、脳髄を痺れさせる甘い香り。

 自分が十年間、ずっと魂に縛り付けられていた「呪いの主」の匂いが、目の前の女性から、むせ返るほどに立ち昇っていたのだ。


(……この人が、私の呪いの……?)


 結衣の全身の細胞が、目の前の存在に対して「絶対に逆らってはいけない」という本能的な恐怖と、それと矛盾するような「ひれ伏してすべてを委ねたい」という強烈な服従欲に支配され始める。


「……随分と不作法な泥棒ね」


 姫は、結衣を一瞥することなく、ただ冷酷な瞳で巨大な大妖怪を見据えた。

 その声は、決して大きくはなかったが、異界全体を震わせるほどの絶対的な威圧感を放っていた。


「私の庭から、私の十年物の極上の玩具を、許可もなく盗み出すなんて。……その汚い口を、二度と開けないように縫い付けてあげるわ」


「キ、キサマァァァッ!! ナゼ、コノ領域ニ……ッ!? 次元ノ壁ヲ、破ッテキタトイウノカ!?」


 大妖怪が、自らの形成した絶対の密室を力業で破壊されたことに驚愕し、同時に本能的な死の恐怖を感じ取ってズリズリと後ずさった。

 先ほどまでの獲物を前にした傲慢な態度は完全に消え失せ、無数の赤い目玉が恐怖にパニックを起こしてギョロギョロと激しく動き回っている。

 生態系の頂点。圧倒的な格の違い。それを、大妖怪のバケモノとしての本能が嫌というほど理解してしまったのだ。


「……跪きなさい。塵芥」


 姫が、退屈そうにため息をつきながら、白く細い指をパチンと鳴らした。


 ピキィィィィィィンッ!!


 その瞬間。

 大妖怪の巨体を支えていた、異界の腐肉の地面が。

 結衣の足元を除いて、地平線の彼方まで、一瞬にして『絶対零度の氷河』へと変貌したのだ。


「ギャァァァァァァァァッ!?」


 大妖怪の数十本の足(触手)が、瞬く間に根元から凍りつき、氷の檻に縫い止められる。

 身動き一つ取れなくなった大妖怪が、苦痛と恐怖に絶叫を上げる。


「うるさいわね。少し黙っていなさい。……今、この子と『再会』の挨拶をしているところなのだから」


 姫は、大妖怪の悲鳴を路傍の石ころのように完全に無視し。

 ゆっくりと振り返ると、泥だらけになってへたり込んでいる結衣の前に、静かに膝を下ろした。


 そして、姫の冷たく白磁のような指先が、結衣の涙で汚れた頬を、愛おしそうに、そしてどこまでもサディスティックな独占欲にまみれた手つきで撫でた。


「……ずっと、寂しい思いをさせてごめんなさいね。私の、可愛い結衣」


 その声の響きの中に。

 結衣は確かに、あの不器用で、優しくて、ずっと守りたかった幼馴染の少年の面影トーンを感じ取っていた。


「キ、ヨ……くん……?」


 信じられないというように、結衣の瞳が大きく揺れる。

 呪いの元凶であり、大妖怪。

 そして、自分が誰よりも愛し、守りたかった幼馴染。

 相反する二つの存在が完全に融合した圧倒的な「女神」を前に、結衣の心は恐怖と安堵で完全にキャパシティを限界突破していた。


 過去の罪を精算し、幼馴染を十年の呪縛から強引に解き放つための。

 最恐の蛇神による、残酷で美しい異界での蹂躙劇が、今、結衣の目の前で本格的に始まろうとしていた。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【★★★★★】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ