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ある朝、僕の“それ”が消えた。  作者: 花束 いと


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第21話 変じゃない

 口調に棘はなかった。

 それでも、「気に入らない」という言葉に心臓が跳ねる。



「じゃあ切れば?

 ――って端的に答えたら怒られる時代なんだよね。配慮とかなんとかで」

「……」

「そういうの超どーでもいいんだよね、私。

 正直ダルい。

 つか過度に配慮してる方が差別じゃん?」

「なんか、すんません……」



 謝ると、心に影が落ちた。


 どうでもいい話。

 俺の悩みは、所詮その程度なんだ。


 蒼井の超常現象みたいな話とはわけが違う。

 どこにでもいる、はみだし者の悩み。


 分かってた。

 だから、蒼井から逃げたんだ。



 ……言うんじゃなかった。



 ため息を吐く。

 うつむいて地面を見つめた、その瞬間。



「っ――!」



 強い力で、急に両肩を掴まれた。


 蒼井の姉貴と目が合う。


 俺はその険しい表情にビビって、とっさに顔を背けようとする。


 だが、女とは思えない馬鹿力で無理やり顔を合わせられてしまった。


 大きな目は、俺を真っ直ぐに捉える。


 そして、叫んだ。



「――勝手にしろってば!!」



 息が止まる。


 切羽詰まったような声が、俺のなにかを揺さぶった。


 じわりと、視界が滲む。



「……おれ、勝手にしていいんすか」



 喉が震えた。



「蒼井は女の委員長が好きなのに、

 男の俺なんかが蒼井のこと好きで……変じゃないすか」



 視界は相変わらず滲んで、もう蒼井の姉貴の表情すら分からない。



 でも。



「変じゃない、絶対」



 力強い声だけは、確かに俺を肯定してくれた。



 掴まれていた肩が解放される。

 俺は乱暴に目元を拭って、きちんと真正面から蒼井の姉貴を見た。



「ありがとうございます。

 蒼井の、お姉さん」



 頭を下げる。

 すると、頭上で小さく笑った気配がした。



「兄さんって呼んでもいいよ」

「? まさか……!?」



 上手く言葉が出てこなくて、口をぱくぱくと動かす。

 それを見て、その人はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。



「ほら、行ってきな。

 あんたは男として、男の蒼井が好きなんでしょ」



 とん、と胸を押される。


 喉仏はない。

 腕も脚もつるつるで、骨格は華奢。


 まるで――


 『じゃあ切れば?』という言葉を、そのまま自分で体現してるみたいだ。



「……行ってきます。蒼井の、()()()()



 蒼井の姉貴が、静かに目を見開く。

 そして、困ったように眉を下げた。



「行ってらっしゃい。この、人たらし」



 踵を返して走りだす。

 目指す場所は、もう決まっている。


 俺はもう、蒼井から逃げない。








ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます!

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