#45 言伝
「ああー、チケット取れなかった。やっぱり予約しておくべきだったな。また吉平に怒られるよ。仕方ない、帰るのは明日にしよう。近くに泊まれるホテルはあるかな」
空港で白い着物を着た端正な顔立ちの男が肩を落としていた。両手にはお土産の紙袋をいっぱいにもっている。
すると、「はあ、はあ」と息を切らしながら一人の女性が彼のそばに駆け寄ってきた。
「良かった。まだ居た。晴明さん」
「君は……ああ、封印の札を貼り直しに行く前に、春明のところに居た……フォトちゃんだったかな?」
「はい、フォトです。あなたに一つお願いしたいことがあるのですが」
そう言いながら、少し疲れた様子のフォトは両膝に手をつきながら晴明のことを見上げた。
「へえー、お願いか。じゃあその前に私も一つお願いを。今夜泊まる場所を一緒に探してくれないかい」
「え……わかりました?」
ビジネスホテルに入った晴明は椅子に座ると一息ついた。
「いやー、付き合ってくれてありがとうね。まだ空いている部屋があって本当に良かったよ。それで、私にお願いというのはなんだい?」
晴明はニコニコしながらフォトに聞いた。
「言伝を陰陽の皆んなにお願いしたいんです」
「言伝?」
「私が今から話すことを手紙に起こしてくれればそれで良いんです」
「それって結構面倒だな……」
「そこをなんとかお願いします」
少し顔を顰めた晴明にフォトは深々と頭を下げた。
「まあ、泊まるところも一緒に探してくれたし……やってあげるよ」
「ありがとうございます」
フォトは手紙に書く内容を話し始めた。晴明はそれをさらさらと流れるように書き続ける。
「……以上です」
フォトは話すのを止めた。言伝の全容を聞いた晴明は難しい顔をする。
「ふむ。これって君、まるで遺書みたいじゃないか。本当に良いのかい?」
「はい。これは私が望んだことです。だからこれで良いんです。ただ、最後に陰陽の皆んなに思いを伝えられないことだけが心残りでした。あなたが居てくれて本当に良かったです」
フォトはにっこりと笑った。
「全く、これじゃあ私が春明に恨まれることになるぞ。……それでこの手紙をいつ送りつければ良い?」
「明後日に届くようにしてもらえれば」
「了解したよ。それじゃあ、あとは悔いのないように」
「はい」
「ったく、こんな時になんだ? 重要な連絡か?」
春明が封筒から手紙を取り出した。
「えっと、『やーやー春明くん。この手紙はフォトちゃんからの言伝だよ。彼女からの覚悟の手紙だ。一言一句よーく読みたまえ。それでは、ここから彼女の言葉を書き記す』……フォトから? 何やってんだあいつ」
春明が驚きの表情を見せた。春明の言葉に達海と幽霊たちが一斉に目を向ける。
「……それじゃあ、読み上げるぞ……」
——陰陽の皆んなへ
この手紙が届いている頃にはきっと私は、どこか遠いところに行っていると思います。
まずは、何も言わずにいなくなってしまってごめんなさい。私は生前にお付き合いをしていた男の方と五年ほど前から会うようになっていました。でも生前の記憶を思い出したのは最近のことで、彼と出会ったのは本当にたまたまだったんです。運命だったのかもしれない。
陰陽に来てからの十一年間は本当に楽しかったです。幽霊となり、訳もわからずに泣き叫んでいた私を陰陽に連れて来てくれた春明君には本当に感謝しています。
春明君はぶっきらぼうだけれど、いつも私や皆んなのことを気にかけてくれてたね。春明君が描く風景画が大好きでした。私が出かけることが多くなって、心配してくれていたけれど、それを無碍にしてしまってごめんなさい。でも、すごく嬉しかった。
お嬢ちゃんはちっちゃくて可愛いけれど、はっきりとした物言いで私のことを導いてくれるお姉ちゃんのような存在でした。お嬢ちゃんの言葉に救われたことも何度もありました。これからもその頭脳と声明で陰陽の皆んなが困っていたら助けてあげてね。
アクタ君はとても優しくしてくれたよね。陰陽に来て右も左もわからない私に色々教えてくれたのもアクタ君でした。出会ったばかりの頃、私が悪霊に襲われた時に助けてもくれたよね。アクタ君はすごく強いのにそれでもまだレイちゃんや達海君と稽古を行う姿を見てかっこいいと思いました。これからも稽古頑張ってね。
マッチョ君は筋肉がすごくて見た目がちょっと怖いけど、皆んなのこと誰よりも大切に思ってくれているよね。生前の未練をやり遂げたのに、皆んなの最後を見るまでは成仏できないってこの世に留まった時はちょっと笑っちゃった。すごくマッチョ君らしいなって。これからも皆んなのことを見守ってあげてね。
レイちゃんはとても明るく私に接してくれたよね。レイちゃんと話している時は嫌なことも全部忘れるくらいに楽しかった。私たちの未練がなんなのか、妄想して話し合ったりもしたよね。レイちゃんは面白くて可愛いのに、とっても強くてかっこよくて、私の最高の友達でした。
達海君はまだ出会ってから日は浅いけれど私たち幽霊のために色々と真剣に考えてくれていたよね。GHに襲われて、怪我をして陰陽に帰ってきた時は本当に心配したけれど、そこから強くなるために稽古をする姿はかっこよかったよ。どんどんと逞しくなる達海君の背中をもっと見ていたかったな。もしも、誰かが困っていたらまた助けてあげてほしいな。
ショタくんはあまり話す子ではなかったけれど、私の話を文句も言わずに静かに聞いてくれたね。ついつい話しすぎちゃったこともあったかな。明宏さんも私にとてもよくしてくれました。もし向こうで彼らに会うことが出来たなら、皆んなのことを話したいな。
私が遠くに行くことは私が望んだことなんです。私が愛していた人はGHになっていました。私は彼と共に、彼のためにこの命を使いたい。だから、誰のことも責めないであげてください。達海君も晴明さんも大ちゃんも、、、皆んな私の我儘に付き合ってくれただけなんです。
最後に、私は陰陽の皆んなと出会えてすごく幸せでした。だから、、、だから、きっといつか、どこかで皆んなと笑って再会できるといいな。それじゃあ、またね。皆んな大好きだよ。
フォトより——
「なんだよこれ……バカヤロウ」
手紙を読み終えたが涙を堪えるように上を向いた。
幽霊たちが涙を流すなか、達海が口を開いた。
「俺は少し前に、たまたまフォトとGHの大輝という人物が一緒にいるところに鉢合わせました。俺から見てフォトと大輝はとても仲睦まじく見えました。フォトは誰も恨むなと手紙を残したけれど、俺は……大輝のことを許すことはできない……」
「私も許せませんわ。大事な大事な後輩を奪われたのだから」
「復讐するつもりかお嬢少女! しかし復讐は何も生まないぞ!」
「それでもやっぱり、この気持ちを抑えることはできないよ」
「でもそれは、フォトの気持ちに反するよ!」
お嬢、マッチョ、アクタ、レイの思いが交差する。
「俺がGHに殴り込みに行く。その大輝とかいうやつをぶっ飛ばしてやる」
春明が怖い顔で言った。彼の拳は強く握りしめられていた。
「待ってください」
達海の声に注目が集まる。
「俺に任せてもらえませんか。……俺がもっと早く皆んなに話していればこんなことにはならなかったかもしれない。俺は皆んなから恨まれてもおかしくないことをしてしまいました。それでもこの事は……大輝のことは俺に任せてもらえませんか。どうかお願いします」
達海が深々と頭を下げた。そんな達海の姿を見た春明は、深くため息を吐いて頭を掻いた。
「別に……全部天池のせいだとは思ってねーよ。昨日は怒鳴って悪かった。……何か考えがあるんだよな天池」
「はい」
「……わかった、この件はあんたに任せるよ。だけど、何かあったら俺たちのことも頼れよ。皆んなも、それでもいいか」
春明の言葉に幽霊たちが頷いた。
「ありがとうございます……ありがとう……」
達海は再び頭を下げた。フォトからの手紙にあった『誰かが困っていたら、また助けてあげてほしいな』は、大輝のことも含まれているのだろうか。フォトは生前の記憶を取り戻し、大輝をGHだと知っていても尚、彼の元へ行くことを選択した。それだけ大切な存在だったのだろう。大輝のあの悲しみに歪んだ顔は嘘ではないはずだ。あの高台で何があったのか、大輝とはもう一度話し合わなければならない。彼の本心を聞き出さなければならない。きっとそれをフォトも望んでいるはずだから。




