#44 正しいこと
達海は目を見開いたまま、ゆっくりと大輝の目の前まで歩いて行った。
「大輝……その霊魂どうしたんだよ……」
「…………」
大輝は俯いたまま、なにも答えない。
「なあ、大輝。フォトと会ってたんじゃないのか?……フォトはどこに行ったんだよ」
「フォトは……除霊した」
「は?」
俯いたまま小さい声で答えた大輝に、達海は歯を食いしばって怒りの表情を露わにした。
「なに言ってんだよ……俺たちでフォトを守るって言ってただろ。それなのになんでお前は!!」
大輝の胸ぐらを掴んだ達海は彼の体を前後に揺らす。大輝は力が抜けたように達海に揺らされるがままであった。
「仕方ないんだよ……」
「なんだって?」
「仕方がないって言ってんだよ!! 幽霊は危険な存在だ! だから淘汰しなけりゃならねえ! 俺には幽霊を狩る事しかできないんだよ! そうすることしか!!」
「お前!!」
達海は右手の拳を大輝に向かって振りかざしたが、大輝の顔を見て腕をピタリと止めた。彼の表情は大きく歪み、赤くなっている頬には涙が静かに流れ落ちていた。
「そんなに怒るなよ……仕事なんだ……」
達海は陰陽に向かってとぼとぼと歩いた。大輝のあんな表情を見て達海はなにも言い返すことができなかった。
達海が陰陽に帰るとレイ、アクタ、マッチョ、お嬢、そして春明が待ち侘びたとばかりに彼を出迎えた。
「天池! フォトは見つかったか?」
達海はなにも言わずに店内に入るとテーブル席に座り、頭を抱えた。
「天池?」
「除霊されていました」
「え?」
達海の言葉に皆が固まる。春明は達海に聞き返した。
「天池、今、なんて言った?」
「フォトはGHに除霊されていました」
「今日の朝、あんたらなんか様子が変だったよな。前もってこうなるかもしれないって知っていたんじゃないか」
「…………」
「なんか答えろよ、天池!!」
春明が達海に飛び掛かろうとしたが、マッチョに間に入られて制止された。
「落ち着きたまえ春明! 達海少年にも何か訳があるのだろう!」
「それよりも、GHの方が許せませんわ」
「全くその通りだよ」
お嬢とアクタも怒りの表情を見せる。レイが達海のそばに寄り問いかけた。
「達海、そのGHはどうしたの」
「そのまま、帰っていったと思う。……俺にはどうすることもできなかった」
頭を抱えたまま、机に肘をついて俯いた達海の目からは涙がポロポロと溢れていた。
「達海……」
レイが悲しい顔で達海に寄り添った。
「達海の精神も不安定な状態だ。今日は一旦帰って落ち着いたほうがいいと思う。詳しい話は明日聞かせてくれないか?」
アクタに家へ帰るように促された達海はレイに抱えられて立ち上がると、陰陽の入口へふらふらと向かう。
「私、達海を家まで送っていくよ」
「……ちっ、わかったよ。気をつけろよ」
達海とレイが陰陽を出て行くのを幽霊たちと春明が見送った。
「春明さん、怒る気持ちはわかりますわ。でも、さっきの達海さんへの態度はどうかと思いますわよ」
「……悪かったよ」
お嬢から叱責を受けた春明は頭を掻いた。自分が隠し事についてとやかく言える立場でないことはわかっている。それでも怒りを抑えることができなかった。
春明は階段を登ると自分の部屋に入った。するとスマホの着信音が鳴り響き、春明はスマホを取り出す。
「カメラの幽霊の除霊禁止令を解除しただぁ? おちょくってやがるのかクソ野郎」
春明はスマホを持っている前腕で目を覆い隠すと天を仰いだ。
達海とレイは薄明るい街頭に照らされている道を歩いた。二人は手を繋ぎ、レイが達海の少し前に出て彼を気にしながら優しく引っ張るように歩く。その最中、二人が言葉を交わすことはなかった。
達海が住むアパートの前まで着くと「また明日ね」と、レイは来た道を戻ろうとした。しかし、繋がれていた手を達海は離そうとはしなかった。
「達海?」
「……GHに襲われるかもしれない。今日はうちに一人で帰るのは危ないよ」
「大丈夫だよ達海。建物の中に居なければ結界を張られることもない。危ないと思ったら壁をすり抜けてすぐに逃げれば怖くないよ」
「それでも……」
「……わかったよ」
レイの手を握る達海の手は震えていた。
「全く、達海は怖がりなんだから。今夜は私が一緒に居てあげるよ」
そう言ってレイは達海に優しく笑いかけた。達海はジャージのポケットから鍵を取り出し、悴んだ手で鍵を開けるとレイと共に部屋に入った。
「久しぶりに来たなぁ。初めて会った時以来だね」
「……そうだね」
「部屋、綺麗だね」
「……そうだね」
生活に必要最低限の物しかない部屋に二人が座ると俯いたまま、言葉を交わし合った。
「……きっと達海も辛かったよね。……フォトの最後は?」
「わからない。俺が行った時にはもう……フォトは霊魂の状態になってた。俺は……俺は……」
表情を歪める達海の手をレイが優しく握りしめて、おでこにくっ付けた。
「わかった。また明日何があったのか教えてもらうからさ。今日はもうゆっくり休もう。ね?」
「ああ……」
達海はシャワーを浴びると布団を敷いて横になった。レイも達海のすぐ側で横になった。
達海はなかなか眠ることができなかった。フォトと大輝のことを春明やレイたちにもっと早く相談していたら、もっと違った結果になっていただろうか。大輝のことを信用するべきではなかったのだろうか。いや、それでも大輝はきっと——
「おはよう、達海」
「……おはよう、レイ」
気がつけば朝になっていた。達海は頭の中で考えがまとまらず、喉の奥に何かが詰まったような気持ち悪さを感じていた。
「今日は大学行くんだよね。体調はどう?」
「昨日の夜よりは良いかも……」
達海は大学に行く前に陰陽へレイを送り届けた。
「講義が終わったらまた陰陽に来るよ。フォトについて知ってることを全部話す」
「うん。無理はしないでね」
達海はレイと別れると大学へ行き講義を受けた。講義の内容は全くと言っていいほど頭には入ってこなかった。昨日見た大輝の悲しみに歪んだ顔が頭にこびり付いて離れなかった。
講義を終えた達海は再び陰陽へ向った。空には鼠色の雲が一面に広がっており、冷たい風が吹き荒れている。陰陽に到着すると入り口には臨時休業の紙が張り出されていた。
「よう天池。何があったのか聞かせてもらおうか」
陰陽のテーブル席に達海、春明、レイ、アクタ、マッチョ、お嬢が座る。
「それじゃあ、話します。まずは、フォトとGHの大輝という人物について……」
ピンポーン
達海が話を始めると突然インターホンが鳴った。
「書留でーす」
春明がドアを開き、郵便物を受け取る。
「手紙みたいだな。わざわざ書留って……」
春明が封筒を裏返し送り主を確認すると、そこには『安倍晴明』と書かれていた。




