#43 愛を込めて
「期末テスト、学年で二位だった」
「えー! すごいじゃん。やったね大ちゃん」
俺は一年生最後の定期考査で学年二位の快挙を成し遂げた。桃子はそれを自分のことのように喜んでくれた。俺は、「まあな」とすまし顔で言っていたが内心はとても嬉しかった。
俺は相変わらず授業をサボることが多かったから、担任の教師はすごく驚いていた。不正を疑われたりもしたっけな。
「本当、地頭がいいんだから大ちゃんは。これからも一緒に勉強しようね」
「おう、俺が桃子にきちっと教えてやるよ」
「あー、言うようになったな。このこの」
高校の二年生になってからも俺は授業をサボって桃子の部屋で勉強をした。
ある日、久々に学校に行くと、あまり話したこともないクラスの学級委員が話しかけてきた。どうやら、学年トップの成績保持者がしばらくの間、体調不良で欠席しているらしい。一緒に見舞いに行かないかと誘われたが、俺は断った。正直、クラスの連中に微塵も興味は無かった。
高校二年目の最初の期末試験ではついに学年一位を獲得した。と言っても、学年一位だった奴が学校を辞めてしまったからというのもあるが。あの不良が学年一位なんて、と学校ではさらに有名人となり、いろんな奴らが褒めてくれたが俺は別に嬉しくは無かった。桃子が喜んでくれればそれでいいと思っていた。
「このままじゃ、出席日数が足りなくて卒業できなくなるよ」
「ああ?」
担任から職員室へと呼び出された俺はそう告げられた。卒業ができないのは……困るな。以前の俺ならそんなこと思わなかったかもしれない。それから俺は、学校にはしっかり出席するようになった。
桃子とは勉強を一緒にするだけでなく、外にも遊びに行くようになっていた。学校が休みの日には動物園や遊園地にも行った。桃子は何か珍しいものや美しい風景を見つける度に、首から下げた一眼レフのファインダーを覗き込んではシャッターを切っていた。俺は桃子のそんな姿がとても好きだった。
「なあ、俺たちって付き合ってるのか?」
ある日、桃子の部屋で一緒にテレビを見ていた時に聞いてみた。
「えー、どうなんだろ。私は大ちゃんのこと……好きだよ。大ちゃんは?」
「……大好きだよ。けっ……結婚したいくらいに」
「っぷ、けっ、結婚ってまだ早いよぉー大ちゃん」
「笑うなよ。しょーがないだろ……好きなんだから」
「嬉しい。ありがと。それじゃあ、大ちゃんが十八歳になってそれでも私のこと好きでいてくれたら……私、待ってるからね」
「お、おう」
桃子は頬を赤らめていた。きっと俺の顔も真っ赤になっていたのだろう。俺はこの時、改めて将来のことについてしっかりと考えないといけないと思った。
俺は髪を黒く染めて、飲食店でアルバイトを始めた。母からもらうお金になるべく頼らずに自分で稼ぎたいと思ったからだ。初めての給料で、俺は桃子にカメラのネックストラップをプレゼントした。花柄の可愛いやつを。桃子はそれをとても喜んでくれた。
俺は高校三年生になった。桃子は大学を卒業して都内にある老舗の写真館へ就職した。
十八歳の誕生日を迎えた俺は、桃子と出会ったあの高台に彼女を呼び出した。春の風が心地いい日だったことをよく覚えている。
「やっぱり、ここからの景色は綺麗だね」
カメラを構える桃子に俺は勇気を振り絞って問いかけた。
「前に話したこと覚えてるか?」
「ん? なになに?」
「その……俺が十八歳になったら結婚って話……」
俺はポケットから安物の指輪を取り出すと桃子の前に跪いて、それを前に差し出した。安物とは言え、一所懸命に貯めた金で買った物だ。
「おっ、俺と結婚してください! 必ずお前のことを幸せにしてみせるから」
「はっ、はいっ! 喜んで……」
この時の桃子の驚きと喜びの表情は生涯忘れないだろう。俺は涙を流す桃子の薬指にそっと指輪をはめた。
後日、桃子は俺が渡した指輪と同じものを購入し、俺の指にはめてくれた。
俺が社会人になったらもっと立派なものを買ってやるからと言うと、桃子はうちの専業主夫になってくれてもいいんだよ、と言ってきた。それでも俺は、社会に出ることも大切だ、と言うと、大ちゃんなら立派な会社に就職できるよ、と微笑みかけてきた。
桃子の両親に挨拶をしにも行った。初めは、桃子の父親から大反対されたが誠実な態度を貫き通してなんとか許しをもらうことが出来た。
結婚式は夏に小規模なものを行うことにした。
「大ちゃん、あれ見て! あれ!」
「おおーもふもふで可愛いな」
テーマパークに訪れた俺たちは様々なキャラクターたちと写真を撮ったり、アトラクションを楽しんでいた。
「あ、桃子、あんなところでピエロが踊ってるぞ」
「え、どこどこ?」
「ほら、あそこ!」
「ピエロなんて居ないよ」
やってしまったと思った。あれはこの世のものではない存在だったのだ。
「あれ、もうどっか行っちゃったみたいだな」
「えー、見たかったなー」
俺は、咄嗟に誤魔化した。幼い頃、気味悪がられたトラウマが蘇ってくる。桃子がこんなことで俺を嫌いになるとは思わなかったが、幽霊が見えるということを俺は隠し続けた。
「スカウト?」
「ああ、警察から就職しないかって」
ある日、俺の元になぜか警察から就職の案内がきた。
「えー、すごいじゃん。でも警察って警察学校に行かないとなれないんじゃないの?」
「だよな。一応説明を聞きに行ってきたんだけど、なんかよく分からない危ない仕事みたいでさ、断ってきたよ」
「そっか。危ない仕事だったら辞めておいた方がいいよ」
説明会では着物を着た胡散臭い男が幽霊退治だなんだのと話していた。どうやら幽霊が見える特殊な人を集めて組織を作っているらしい。どうやって俺が幽霊のことを見える奴だと知ったのだろう。給料は良さそうだったが、危ない仕事みたいだったので断った。
結婚式の日が近づいてきた。桃子のドレスを選んだり、結婚式で話すスピーチを考えたり、とても楽しい時間だった。
アルバイトからの帰り道、桃子の部屋に行く前に閉店間際のケーキ屋に寄って桃子が好きなミルフィーユを購入した。驚かしてやろう、きっと喜ぶぞ。
桃子の住むアパートへの道を進みながら考える。今日はなにをしようか。
親や知り合いに出す結婚式の招待状も作らなきゃだな。
結婚式当日の荷物も準備しないと。
桃子の部屋の前に着き、合鍵を鍵穴に差し込み、そっと回してドアを開いた。
「もも……こ?」
ドアを開いてすぐにあるキッチンの側で、桃子は倒れていた。腹部には彼女が自ら握りしめている包丁が刺さっている。その患部からは真っ赤な血が静かに流れ出て彼女が着ているティーシャツを滲ませていた。
「桃子! なんで! なんで!」
左手に持っていたケーキの箱を投げて桃子のことを抱き上げると、彼女はまだ微かに息をしていた。
「桃子! 救急車……救急車呼ばないと」
ポケットからスマホを取り出して百十九番にかけようとすると、桃子が何かを訴えるように声を出した。
「大ちゃん……あそこ……あそこにピエロが居たんだよ」
桃子が指さす方を見たが、そこにはなにも居なかった。
「いいから、もうしゃべるな!」
「大ちゃん……私……大ちゃんと結婚式……挙げたかった……な……」
それが桃子の最後の言葉だった。腕の中で冷たくなっていく桃子を感じながら俺は声を出して泣いた。
警察の調べで桃子の死は自殺だと断定された。俺は、部屋にピエロが居たという桃子の言葉を警察に訴えたが、不審な人物が部屋に居た痕跡は何もなく、あっという間に捜査は打ち切られた。俺は遊園地に居たピエロの幽霊が桃子を死に追いやったのだと確信した。絶対に許せない。
それから程なくして高校を中退した俺は、幽霊退治の仕事をすることにした。あの着物を着た胡散臭い男に意向を伝えるとあっさりと許可が出たのだ。
建前上、国家公務員採用試験と奇妙な武器を使った訓練を受けた俺は、幽霊対策局というところに配属された。
ここで俺は幽霊を退治する。桃子の仇を取ってやる。
GHの仕事はやはり過酷だった。同僚との人間関係で頭を悩ませることも多い。最近、一緒に行動するカモクちゃんはなにも喋らないから、なに考えているのかわかんねーし。
「やっぱり、ここから景色を眺めている時は落ち着くな」
「こんなとこでなにしてーんの」
横から懐かしい声が聞こえてくる。
「もっ……」
そこには屈託のない笑顔をこちらに向けてくる女性が立っていた。俺がプレゼントしたネックストラップに繋がれた一眼レフを首からぶら下げた。初めは幻覚かとも思った。
それが桃子との——フォトとの出会いだった。
「大輝くん、あの時ものすごくあたふたしていて面白かったなー」
フォトが大輝のことを見つめて話す。
「……なんだよ。命乞いでもしてるつもりか?」
「っぷ、命乞いなんかじゃないよ。私にとってこの場所はいろんな思い出が詰まっているからさー。ちょっとくらい浸らせてよ」
彼女の少し寂しげな笑顔を見ていると決心が鈍ってしまう。そう思った大輝は刀の形の神器を顕現させた。
「御託はもういい。それじゃあ、いくぞ」
刀を構えた大輝はフォトの懐へと走り込んだ。
「いいよ、大ちゃんになら」
「————」
「はあ、はあ、はあ」
達海は、フォトのカメラに映っていた景色を見ることができる高台を探して走り回った。
きっとそこにフォトが居る。早く迎えに行かなければならない。なぜだかはわからないが、そんな気がした。
春明からフォトを見つけたという連絡はまだない。
ここに居なければもう、陰陽に帰っているかもしれないな。達海は木々に囲まれた小道を駆け上った。
「はあ、はあ、はあ」
開けた場所に出ると、薄明るい街頭に照らされた大男の影が一つ。
長距離を走り、流石に疲れを感じていた達海は膝に手をついた。体に当たって溶けていく小さな雪の粒が異様に冷たく感じる。
「はあ、はあ、大輝、フォトは…………!」
達海は目を見開いた。
俯いて立っている大輝の手には、霊魂の入ったカプセルが握りしめられていた。




