#21 ショタとピエロ—参—
夜になった。カフェ陰陽の入り口には『closed』の札が掛けられている。店内のテーブル席には、春明、レイ、アクタ、お嬢、フォト、マッチョの六人が集まっていた。
「あと数時間後には、ピエロの言うゲームが始まるはずだ。奴はどこから仕掛けてくるかわからない。今のうちに作戦を立てるぞ」
春明が真剣な表情で話し始めた。
「まずはショタが居る部屋についてだが、とりあえず今は幽霊が外側から内側に入ってくることは出来ない簡易的な結界を張ってある」
「内側から外側に出ることは出来るんですの? それでは心許ないんじゃなくて?」
お嬢は眉を八の字にさせながら春明に問いかけた。その不安そうな表情に春明は優しい顔をする。
「安心しろ。今、祖父さんが内側からも通り抜けることが出来ない強力な結界を張ってくれているはずだ」
「春明は結界を張るのが苦手だからね」
「うるせぇ、アクタ。まあ、このゲームの間、念のため部屋の前に常に見張りを付けておくことにする。結界が破られることはないと思うが、異変が何かあったらすぐに連絡してくれ。この役目はお嬢、フォト、あんたらに頼む」
「任せてくださいですわ。あなたが小学生の頃から私はあなた方の術を見ていますのよ。異変が起きたらすぐにお知らせしますわ」
「ショタくんが大変な時に、私、お出かけしちゃっててそばに居られなかったからね。今度こそ、ショタくんを守るよ!」
お嬢とフォトは頼もしい顔つきで答えた。
「ありがとう。それからレイ、アクタ、マッチョ。あんたらには陰陽の周りを見張ってもらう。本当はこんなことはやらせたくないんだが、あんたらは貴重な戦力だ。やってくれるな」
「もちろんだよ。ショタのために頑張るよ」
「大切な仲間だからね。何がなんでも守ってみせるさ」
「ワタクシのスーパーパワーで悪霊なんて返り討ちだ!」
レイ、アクタ、マッチョもやる気に満ちた真剣な顔つきで答えた。
「頼んだぞ。陰陽の入り口付近は俺と祖父さんが交代で見張る。アクタとマッチョは建物横を見張ってくれ。レイは庭園側を頼む。達海には大学から帰ってきたら、レイと一緒に見張ってもらう」
「作戦はこんなところかしらね。こんなこと初めてでなんだか緊張しますわね」
お嬢が少し不安そうな顔をして言った。
「大丈夫だよ。きっと大丈夫」
レイが周りの緊張をほぐすために、そして自分に言い聞かせるように言った。
「相手は悪霊の亜種だ。正直、どんな手を使ってくるのか底が知れない。まずは、自分の生存を第一に。襲撃があったら大声ですぐに仲間を呼ぶんだ。いいな」
作戦会議が終わった。明宏は三日間保つことができる結界を張り終わり、カフェ陰陽の一階に戻ってきた。そして春明から作戦の内容を聞くと、自分の見張りの番に備えてすぐに床に就いた。
張り詰めた緊張感の中、誰もその場を動かずに一刻一刻と時間が過ぎていった。時刻は二十三時五十五分、ゲーム開始の五分前となる。
「それじゃあみんな、持ち場に着け。何かあれば絶対に大声で知らせるんだぞ。わかったな」
幽霊たちはそれぞれが返事をすると自分の持ち場へと向かっていた。春明も椅子から立ち上がり、入り口へと向かう。スライドドアを開け、外に出るとゆっくりと深呼吸をした。
「どっからでもかかってきやがれ。クソ野郎」
翌朝になった。ピエロからの襲撃は未だにない。空は灰色の雲に覆われており、ポツポツと雨が降ってきていた。
春明はワイドパンツのポケットに手を突っ込み入り口の脇に寄りかかっていた。するとドアからスッとフォトが現れた。
「うおっ、フォトか。びっくりさせんなよ」
春明は頭を掻きながら言った。
「ごめんね、春明くん。明宏さんが朝、ショタの様子を見に来てくれたんだけど、壁際に座って落ち着いてはいたみたい。あと明宏さん、いつでも見張りを変わるから春明くんに伝えてくれって」
「おう、サンキューな。あと、一時間ぐらいしたら変わってもらうから。祖父さんに言っておいてくれ」
「りょーかい。春明くんもあまり無理しないようにね」
「おう」
そこから何事もなく時間は過ぎ、気づけば夕方となっていた。
大学の講義を終えた達海が傘を差してカフェ陰陽へとやって来た。雨の強さは朝よりも少し強くなっていた。達海は入り口に居た明宏に挨拶をすると、春明からのメールで聞いていた作戦の内容をもう一度確認し、裏手の庭園に移動した。
縁側で強張りながらも辺りをキョロキョロとするレイを視界に入れると、達海は彼女に向かって軽く手を振り、駆け寄った。
「レイ、今の状況は?」
「あっ達海! 今のところはまだ何も起きてないよ。ショタも落ち着いてる」
「そっか、よかった。でも油断は出来ないな」
達海はレイの隣に腰掛けた。レイは少し震えていた。無理もない。仲間が狙われているという緊張感を十数時間も続けているのだ。達海はレイの緊張感を少しでも紛らわそうと話しかけた。
「レイは、ショタのことどう思ってるんだ?」
「……どう思ってるか? 大好きに決まってるじゃん。もう十二年以上一緒にいるんだよ」
レイは少しムスッとしたように口を尖らせる。
「あっ、そうだよな。……ごめん」
完全に話題作りに失敗してしまった達海は言葉を詰まらせ、俯いた。この緊張感で長年拗らせてきたコミュ障を発揮してしまったと達海は心の中で反省した。
「でもさ……」
レイの言葉に達海が顔を上げる。
「でもさ、私、ショタのこと殆どわからないんだよ。十二年も一緒にいるのに」
レイは目に涙を浮かべながら言った。そんな彼女の悲しそうな顔を目にした達海は、自然に口を動かし、言葉を発し始めていた。
「当たり前だよ、人間誰もが知られたくないことがある。自分ですら自分のことがわからない時もある。わからないなんて、当たり前なんだよ。ショタはあまり喋る方じゃないから特にそうだ。俺だってそうだ。でも……強い絆で結ばれているのは確かなんじゃないのか?」
達海は話しながら、ふと自分の叔父さんのことを思い起こしていた。自分と叔父はあまり言葉を交わさなかったが、十三年間もの間、同じ屋根の下で暮らした。果たして叔父との間に絆はあっただろうか。久しぶりに会って話をしてみたい。達海はそう思った。
「そうだよね。ありがとう。ちょっと元気出たよ」
レイがようやく笑顔を見せてくれた。
「ちょっとかよ」
「達海が最初に変なこと聞くからでしょ」
「それは本当に、悪かったよ」
——それから、ピエロが現れぬまま、ゲームは最終日の三日目となった。天気はどんどん酷くなっており、雨がバシャバシャと轟音を立てながら降り続けている。
達海はこの日、大学での講義が無かったため朝からカフェ陰陽に来ていた。明宏と見張りを変わる前の春明が庭園に居る達海たちの元へと顔を出した。
「来ないですね、ピエロ」
「そうだな、もしかしたらピエロは最初からゲームなんてするつもり無かったんじゃないか。今も何処かでこの状況を見て嘲笑っているのかもしれないな」
春明はこの状況に相当参ってしまっているようだった。目の下にはクマが出来ている。きっと気が張って全然眠れていないのだ。幽霊たちだってきっと集中力も下がってしまっているだろう。
「ゲームの三日目。ピエロの宣言通りならば、今日、奴は来ます。今が精神的にも体力的にも一番危ない時です。身を引き締めましょう」
「そうだよ、春明。引き締めて!」
「ああ、悪い。しっかりしないとだな」
春明は頭をガシガシと掻いた。
「それじゃあ、祖父さんと見張り変わってくるわ」
陰陽の二階では部屋の前でお嬢とフォトが見張りを続けている。
「特に何も起きませんわね」
「そうだねー。このまま何も起きないといいのだけど」
お嬢とフォトが話していると明宏がやって来た。
「部屋の……様子を見に来た」
明宏の声は少しかすれていた。結界を張り続け、そして長い間気を張っていることもあり、相当疲れていることだろう。
「明宏さん、あまり無理はしないでくださいまし」
「大丈夫だ。あんたらが頑張っているのにわしだけ休む訳にはいかないよ。心配ありがとうな、お嬢」
同時刻、部屋の中では、隅で座るショタが笑っていた。
「アハハハハ! アハハハハはハハハハハ!」
部屋の床からゆっくりとピエロが現れていく。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
ショタは笑い続けた。
外では雷がけたたましい音を立てていた。
ケタケタケタ。




