#20 ショタとピエロ—弐—
達海たちはカフェ陰陽の二階にある春明の部屋へ入った。
「ショタの様子はどうだ?」
「今はもう落ち着いているよ。でも……」
春明の問いにアクタが答える。彼の視線の先には、虚な目でぐったりとしたショタが座り込んでいた。
「とりあえず、簡易的な結界をこの部屋に張る。陰陽師の力を持つ者以外は解除できない結界だ」
春明が呪符を部屋の壁に貼り付けた。
「結界!? ここに来るのも遅かったし、一体何があったんだよ」
アクタが驚いた表情で聞いた。達海はアクタとマッチョに、先ほど庭園で起こったことを話した。彼らはその話を真剣な表情で聞いた。
「今日と明日からの三日間、ショタをこの部屋から出すな。見張も最低一人はつける。結界も一日しか持たないから毎日張り直す。皆でショタを守るぞ」
「はい」
「ああ」
「うん」
「了解した!」
「わかりましたわ」
春明の言葉にそれぞれが返事をした。
「少し、ショタと二人きりで話してもいいですか?」
「……ああ、いいぞ」
達海からのお願いに春明は承諾した。春明と幽霊たちが部屋を出ていく。達海とショタは部屋に二人きりとなった。
「ショタ……。何があったのか教えてくれないか」
「…………」
達海からの質問にショタは何も答えない。
達海が部屋の壁に目をやると、剥き出しのままの写真が数枚飾ってあった。その中の一枚には、達海と春明と明宏、そしてカフェ陰陽の幽霊たちがぼんやりと写っていた。
「写真撮影?」
「そう、写真撮影。陰陽に新しい仲間がやってきた時には毎回撮っているんだよ」
達海が聞くとレイが楽しそうに答える。続けてお嬢が達海に言う。
「アクタさんが陰陽に来た時に何故か始めた風習ですわ。心霊写真を撮るなんて。なんでこんなことをするのかしら」
「いいじゃない、記念になるんだから。ほらほら、みんなカウンターの前に二列に並んで並んで」
アクタがお嬢を手で押して早く並ぶようにと催促する。前列には右からショタ、レイ、達海、お嬢が並び、後列には右から明宏、マッチョ、フォト、アクタが並んだ。
「みんな並んだかー。それじゃ、撮影するぞー」
春明が三脚に取り付けられたカメラのシャッターを押すと、急いで後方の列に加わった。
「ハイっ チーズ‼︎」
カシャ!
写真を撮影したのは達海が初めて陰陽に来てから間もない頃だった。達海はもう懐かしく感じるな、と思いながら写真を眺めた。そして優しい顔で話しを始める。
「俺はさ、両親から虐待を受けていたんだよ」
ショタがピクッと反応する。達海は話し続けた。
「あんまり記憶にはないんだけどさ。父親が碌でもない奴だったみたいなんだ。仕事から帰っては酒ばかりを飲んで怒鳴り散らかす。ひどい時には母親や俺にも手をあげたんだ。それでも酔いが醒めると人が変わったように優しくなったんだよ。母親も優しい父親を信じてさ。俺が少しでも粗相をすると、『そんなことするとお父さんに怒られるわよ』って俺のことをぶつんだ。その時の母親の顔だけはよく覚えている。ああ、あと父親にタバコを当てられた時も……結構きつかったな」
達海は左手を脇の下に通し、右の肩甲骨の辺りをさすった。
「五歳の頃に両親が事故に遭ってからは叔父さんに育てられてさ。叔父さんは俺の父親のことをボロクソに言っていたよ。出来の悪い弟だったって。叔父さんはとても優しかった。でもさ、俺も幼かったから、あんな両親でも亡くしたのがすごく悲しくて、叔父さんと関わるのがすごく怖くて、それで今までほとんど誰とも関わらずに生きてきた。でもさ、陰陽に来てさ、最初はちょっと怖かったけど、すごく優しくしてもらってさ、毎日楽しく過ごしてさ、家族ってこんな感じなのかなって」
達海は写真を眺め続けた。
「……達海も大変だったんだな」
ショタが口を開いた。達海はショタの隣へ移動して、そこに座った。
「達海は凄いよ。きっと君は根が優しいんだ。俺はそうじゃないからさ」
ショタは鼻を少し掻いてみせる。彼は続けて話した。
「母親と父親に裏切られたことを思い出したんだよ。両親は俺を捨てたんだ。ピエロは両親を見つけ出して殺してしまえと唆してきた」
「でもお前は悪霊になってない」
達海の言葉にショタは少し驚いたような表情をした。
「もし未練が両親への復讐なら、お前はとっくに悪霊になっているはずだろ。きっと本当の未練は母親に何かを伝えたいんじゃないのか? 前に母親に会いたいって言ってただろ」
達海は真剣な顔つきでそう言った後、レイの真似をしてニッと笑顔を見せた。
「そっか、ありがとう……」
ショタは顔を伏せながら言った。
「それじゃあ、そろそろ行くよ。話せてよかった」
達海は立ち上がり、部屋を出た。部屋を出ると、すぐそこに明宏が待っていた。
「変わる。わしが見張っとくから任せておけ」
「……よろしくお願いします」
達海は明宏に別れの挨拶をすると、他の幽霊たちがいる部屋にも行って別れの挨拶をしてから階段を下りた。店内には春明と数名のお客さんがいた。春明が達海に話しかける。
「どうだった?」
「やっぱり、ピエロに両親を殺すように唆されていたようです。ショタは両親に捨てられたことを思い出したと話してくれました。……でも、悪霊にはなっていないから未練は恨みではないかもしれません」
「そうか、わかった。ありがとな天池」
「……明日は大学を休んでここに来ます」
達海は春明の目を真っ直ぐに見て言った。
すると春明は、
「いや、あんたの本分は学業だ。今回のことは祖父さんにももう話した。午前は俺らに任せて、しっかり勉強して来い。夕方待ってっから」
と自分の胸に拳を当てて見せた。達海はその回答を受け、少しだけ目線を真下にそらした後、すぐに春明の目を見つめ返した。
「お願いします」
達海はそう言ってカフェ陰陽を後にした。




