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孤独の姫に忠誠を  作者: 奏 舞音
番外編

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12/12

少女に出会うまで:後編

 

 ――昔はね、私はとてもつまらない男だったんだよ。



 シェイン伯爵、アルヴィス・シェインが息の詰まる屋敷から飛び出したのは十八歳の頃だった。

 手っ取り早く、とにかく遠くにいきたかった。そして、遠い異国行きの船に乗った。

 勉強ばかりしていた毎日のおかげで、語学力には自信があった。会話に問題はなく、見たことのない文化や土地に触れて、心が躍った。そして知ったのだ。自分の知る世界がとてつもなく狭かったことに。


「伯爵さま、娘に会ってくださいませんか」

 世話になっている宿屋の主が、遠慮がちに声をかけてきた。アルヴィスは不思議に思いながらも、頷いた。

 案内された部屋に座っていたのは、一人の少女。まっすぐ下ろした黒い髪、ぱっちりと開いた大きな瞳。しかしその表情はかなり不機嫌なもので、アルヴィスが入るなり睨まれてしまった。

「父さま、私を縛り付けることなどできませんよ」

 ふん、と強気な言葉を吐いて、少女は立ち上がった。意味がわからないアルヴィスは、宿の主に助けを求めた。

「実は、娘の話し相手になってほしいんです。異国の方のお話ともなれば、娘は必ず興味を持ちますから……」

「あの、それはどうして」

「娘は胸を患っています。安静にしていないといけないのに、いつも部屋から抜け出して困っています……伯爵さまが話し相手になってくだされば、部屋で大人しくしてくれるかと」

 申し訳なさそうに告げられた事情に、アルヴィスは納得した。宿の主にはよくしてもらっている。病がちな娘の話し相手なら、自分にもできるだろう。アルヴィスは了承した。

「私は海の向こうのビラード王国からやってきた、アルヴィス・シェインと申します。この国のこと、どうか私に教えてくれませんか?」

 貴族として身に着けた優雅な所作で、アルヴィスは少女の前に跪いた。その行動に驚いたのか、彼女は目を見開き、アルヴィスを大きな瞳で凝視した。しかし、その直後にかわいらしい唇から飛び出したのは想像もしない言葉だった。

「あなたみたいに面白味のない人、興味ありません!」

 そう叫んで、彼女はアルヴィスの頭上を越えて部屋を飛び出した。


 彼女の名は、蘭璃(らんり)

 身体が弱いくせに活動的で、奇抜なものが好き。お淑やかに生きる人生なんてまっぴらだと身体全身で表現しているような少女だった。

 アルヴィンは、そんな女性を初めて見た。衝撃だった。自分の前で声も立てずに微笑むだけの女性とはまったく違っていた。はじめて女性に興味を持ち、近づきたいと思った。アルヴィスは、彼女が求める世界を共有したくて後をつけたり、調べたりした。知れば知るほど、蘭璃はおもしろい娘だった。感情を隠しもせず、言いたいことは言う。黙っていれば深窓の令嬢であるのに、その言動はアルヴィスの常識を覆した。面白そうなものを見つけては近づいて、困っている人を見かけたら助けて、いつも外では明るく笑っていた。本当に病気なのか疑いたくなるほどに、蘭璃は活発だった。

 しかしある時、子ども達と追いかけっこをしていた蘭璃は胸をおさえて急に苦しみ出した。気を失った蘭璃をアルヴィンが屋敷へ運び、医者に診せた。この時はじめて、アルヴィスは彼女の身体があまりに軽く、弱々しいことを知ったのだ。


「あたしはね、命は短くても、明るくみんなを照らす存在になりたかったの。真っ暗な夜空にぱっと輝く花火たいに……」

 彼女にしては珍しい、か細い声だった。大きな音と共に、夜空に咲く花は、アルヴィスも何度かこの国で見たことがあった。

「私は、夜空に咲く花火よりも、蘭璃に心を奪われてしまったよ。君があまりにも、花火よりも強烈に輝いて、あまりに眩しかったから」

 蘭璃と落ち着いてゆっくりと話したのはこの時がはじめてだった。そして、自分の本心を嘘偽りなく伝えたのも。

「どうすれば、私は君に近づけるのかな」

「アルヴィス様、初めて会った時あなたを面白味のない人だと言ったけれど、訂正させて。あなたは、とても変わっているわ。あたしのような女に興味を持つなんて、本当に変わってる」

 くすり、と力なく笑った蘭璃がどうしようもなく愛おしくて、アルヴィスはその頬にキスを落とした。抵抗する力さえ失っていた彼女は、それでも眉間にしわを寄せてアルヴィスを睨んだ。その頬は、かわいく桃色に染まっていた。

 それからは、アルヴィスは蘭璃とともに外へよく遊びに行った。二人で手品を覚えたり、下町で売り子をしてみたり、人助けに精を出したり、珍しい何かを探して回ったり。とても楽しい日々だった。しかし、着実に蘭璃の身体は弱っていた。


 旅に出て一年半後、アルヴィスの元に実家の伯爵家から手紙が届いた。その内容は、父が事故に遭い、仕事ができなくなったため、伯爵家の跡取として屋敷に戻って来いというものだった。それは、拒否が許されない命令だった。

「あたしは大丈夫ですから、国に帰ってください。一年半、とても楽しかったですわ」

 アルヴィスの心を奪った相手は、あっさりと別れの言葉を口にした。

「私は蘭璃と一緒にいたいんだ。国になんか帰らない!」

「馬鹿なことを言わないで。あたしはただの宿屋の娘。あなたは偉い貴族さまなのでしょう? 今がおかしかったの。これは一瞬の夢だったのよ」

「……本当に、君は花火のようだね。私の心を奪っておきながら、一瞬で散っていく」

 眩しい光はまだ目にも心にも焼き付いているのに、それは一瞬の夢だと言う。すぐに夜空にはいつも通りの星が輝いて、花火の余韻は残してくれない。引き止められない。

 アルヴィスの存在は、彼女の心に残っているだろうか。

 自分も、花火のように彼女を一瞬でも照らせていたならいい。

 そう願いながら、アルヴィスはビラード王国に向かう船に乗った。

 最後に見た蘭璃の表情は、彼女には不釣合な大人しい笑みだった。





「伯爵位を継いで、はじめの数か月は真面目に執務をしていたんだけれどね、蘭璃と過ごした日々が忘れられなくて、いつしか領地に下りて楽しいことばかりを探していたよ。そうしていれば、蘭璃と一緒にいるような気がしてね。変わり者だと言われ始めた時は、本当に嬉しかったなあ。ま、周囲の目は厳しかったけれどね」

 数本目のワインを開け、上機嫌でシェイン伯爵が笑う。

「もう、その蘭璃さんには会わなかったのですか」

 デビットが尋ねると、シェイン伯爵がグラスをテーブルに置いた。


「今日が、彼女の命日なんだ」

 唐突に告げられた言葉に、デビットは息を呑んだ。

「ちょうど五年前かな。蘭璃が遺していた日記の一部が届けられたんだ」

 五年前、といえばデビットがシェイン伯爵と出会った頃だ。

「彼女はね、同じように私を愛してくれていたらしい。だからこそ、私との将来を選ばなかった……病弱な自分が側にいていい身分の人ではないと諦めていたようなんだ。ましてや私は異国人だから。少しでも、自分の存在が私の心に残っていればいい、なんて健気なことまで書いていたよ。そんな素振り、まったく見せなかったのにね。十分すぎるほどに、蘭璃のことは私の心に残っているのに」

 昔を懐かしむように、愛おしむように、シェイン伯爵は目を細めた。その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 公爵令嬢のアレグレットに近づこうとシェイン伯爵に頭を下げたデビットを見て、彼は何を思っただろう。身分差や立場を気にして想いを伝えなかった蘭璃。そんな彼女に気付かずに、彼女の言うままに離れてしまったシェイン伯爵。

もう少し、彼女の心に踏み込んでいれば。本気で側にいたいのだと強く想いをぶつけていれば。

 一瞬で夜空に散る花火ではなく、ずっと側で咲く花を手に入れられたかもしれない。たとえ一緒にはなれなくても、心を通わせることはできたかもしれない。

彼女のことを諦めて、貴族であることを優先させた。どこかで、身体の弱い彼女を本当に支えられるのか、不安に思っていた部分もあるのかもしれない。だから、蘭璃の本心を聞くことから逃げていたのかもしれない。

 そして、結局は彼女のことを忘れられずに時は過ぎ、彼女はこの世から本当にいなくなってしまった。


「デビット」


 名を呼ばれ、デビットは顔を上げた。


「君には、私のように後悔してほしくない。だから、君の愛するアレグレット嬢に想いを隠す必要はないよ。おもいきり、ぶつけるんだ。我慢なんかしなくていい。してはいけないよ」


 シェイン伯爵から、はじめて受け取る重い言葉に、デビットは力強く頷いた。

 デビットは、アレグレットを側で見守れればそれでいいと思っていた。だからこそ、彼女に自分の気持ちを伝えることはしない、と決めていた。しかし、シェイン伯爵はそれをするなと言ってくれた。デビットに自身を重ねて応援してくれている。


「僕は、必ずアレグレット様の侍従になってこの想いをぶつけてきますっ!」


 デビットは涙ぐみながら、大声で宣言した。





 この五年後、デビットはメーデル公爵家の門をくぐり、宣言通りアレグレットに想いの丈をすべてぶつけ、ドン引きされながらも晴れて恋人同士になる。


 二人の結婚の一番の功労者は、実はシェイン伯爵なのかもしれない。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

どうか皆様の心にも花火のような光が残っていますように。


ありがとうございました!


奏 舞音

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