魔王軍残党の襲来と、過剰な力
「ひ、ひぃぃぃっ! 助けてくれぇぇっ!」
山あいの平穏な開拓村に、悲痛な叫び声が響き渡っていた。
かつて世界を震撼させた魔王軍の生き残り――巨大な黒翼と鋭い爪を持つ高位魔族『ベルセルク』が、数頭の魔獣を従えて村を急襲していたのだ。
「フハハハ! この軟弱なバカッニアの人間どもめ! 我ら魔王軍の威光を取り戻すための血祭りとなって――」
「みんな、下がっていて!」
高笑いする魔族の前に、凛とした声を上げて躍り出た青年がいた。カインだ。
背後には剣士のライル、修道女のミリア、魔導士のセイルが控え、固唾をのんでカインの背中を見つめている。
「出たな……! 最近、噂になっている『聖剣の勇者』か!」
魔族ベルセルクが警戒を強め、禍々しい魔力を全身から滾らせる。
「カイン様、お気をつけて! あの魔族はこれまでの魔物とは格が違います!」
ライルが焦りを含んだ声で叫ぶ。
「大丈夫だよ、ライル」
カインは振り返りもせず、穏やかな声で答えた。
だが、右手に巻きつけていた布をゆっくりと引き千切ったその瞬間、カインの瞳から光が消えた。
右腕の皮膚を這う黒い紋様が脈動し、紫色の怪光を放つ。
(壊さなきゃ……。僕たちの邪魔をする奴らは、みんな……)
カインの頭の中に湧き上がったのは、仲間を守る正義感ではなく、圧倒的な存在に対する雑草を踏みにじるかのような『冷徹な破壊衝動』だった。
「死ねぇっ、勇者ぁぁっ!」
ベルセルクが音速を超える速度で肉薄し、必殺の爪をカインの首元へと振り下ろす。
ドガァァァン!!
衝撃波が巻き起こり、激しい土煙が舞い上がる。
「カイン様ーっ!?」ミリアが悲鳴を上げた。
しかし――土煙の中から現れたのは、傷一つ負っていないカインの姿だった。
魔族の鋭い爪は、カインの右手に握られた魔剣の刃によってあっさりと受け止められていた。
「な……なに……っ!?」
魔族ベルセルクの顔が恐怖に歪む。全力を込めた一撃が、微動だにしないカインの手元によって完膚なきまでに防がれていたのだ。
「……えい」
カインが、呟くように言った。
そして、ただ軽く、本当に蚊を叩き落とすかのような無造作な動作で、右手のアクションを起こした。
――次の瞬間。
ズズズズズズズズズズズズズズズッ!!!!!!
世界が激動した。
カインが振るった一撃から放たれたのは、眩い光などではなかった。空間そのものを削り取るような、漆黒の極大の衝撃波だった。
魔族ベルセルクと従えていた魔獣たちは、悲鳴を上げる隙すら与えられず、一瞬で黒い粒子となって消失した。
それだけではない。衝撃波はそのまま真っ直ぐ突き抜け、遥か彼方にあった標高数百メートルの山を、山頂から根元まで真っ二つに叩き割ってしまったのだ。
削り取られた大地から、凄まじい暴風が吹き荒れる。
「「「………………え?」」」
開拓村の住民も、助けに入ったライルたちも、あまりの光景に言葉を失い、開いた口が塞がらなかった。
山が、消えたのだ。ただの一振りで。
「ふぅ……これでみんな無事だね」
カインは爽やかな笑顔を浮かべ、仲間たちの方へと振り返った。
だが――ライルたちの顔には、歓喜や感謝の色はなかった。そこにあったのは、今までに見たこともないような『引きつった恐怖』だった。
(な、なんだ今の攻撃は……? 聖剣の光じゃない……あれはまるで……)
ライルは冷や汗をダラダラと流しながら、ガタガタと震える膝を押さえた。
(山を一撃で平然と吹き飛ばすなんて……。いくら勇者様でも、こんな力……人間を超えている……!)
セイルもミリアも、息を殺してカインを見つめることしかできない。
「どうしたのみんな? 怪我はなかった?」
カインはいつもの優しい笑みを浮かべながら歩み寄ろうとした。
――その時だった。
「……っ!?」
戦闘が終わり、使い終えた魔剣を収めようとしたカインの表情が凍りついた。
右手の力を抜き、剣を腰の鞘へ収めようとしても――柄から手が離れない。
それどころか、いつもなら戦闘が終われば少し緩むはずの吸着感が、さらに強固になっていた。柄と右手の皮膚が融合するかのようにピッタリと固着し、どれだけ引っ張っても、左手で指をこじ開けようとしても、ピクリとも動かないのだ。
(ぬ、抜けない……!? 力は入っていないのに……なんで!?)
「カ、カイン様……? 手が……」
怯えるように尋ねるミリアの声に、カインは無理やり引きつった笑顔を貼り付けた。
「あ、あはは……大丈夫だよ! ちょっと手が滑っちゃって……! さあ、次の街へ向かおうか!」
カインは必死に右手を隠しながら、前を向いて歩き出した。
背後で仲間たちが抱く違和感と恐怖。そして、いよいよ完全に「手と一体化」してしまった魔剣。
カインの心の中から、「村人としてのカイン」がゆっくりと消え去ろうとしていた。




