集まる仲間と、広がる「伝説」
「勇者カイン様! お願いです、僕たちを貴方様のお供に加えてください!」
魔物の群れを一瞬で吹き飛ばした翌朝。街道沿いの小さな宿場町にある宿屋の食堂で、カインは深々と頭を下げる3人の若者に囲まれていた。
昨日助けた冒険者たち――熱血漢の剣士ライル、回復魔法を使う修道女ミリア、そして知識豊富な魔導士の少女セイルだ。
「だーかーらー! 何度も言ってる通り、僕は勇者じゃなくてただの村人カインなんですってば! この剣だって、変な呪いで手から抜けなくなっちゃっただけで……!」
カインは頭を抱えながら、布を巻き直した右手を差し出してみせる。しかし、ライルたちは感動に目を潤ませ、揃って深く首を縦に振るだけだった。
「はい! 承知しております! 『己の偉大な力に奢ることなく、どこまでも一人の村人として謙虚であり続ける』……まさに真の英雄の鑑です!」
「ええ、カイン様のその高潔なお心、私たち感銘を受けました。この剣も『世界を救うまで手から離れぬ誓いの聖剣』なのですね……!」
「話を聞いてー!?」
カインの必死の抗議は、彼らの熱烈な「勇者信仰」の前には虚しく通り過ぎていくばかりだった。
結局、押し切られる形で3人を連れて旅をすることになってしまった。
* * *
数日後、カイン一行は大国の交易都市バザールへと到達した。
「おい、見たか? あの御方が……!」
「ああ、街道で魔物の大群をたった一撃で蒸発させたという『伝承の勇者カイン様』だ……!」
街を歩くだけで、周囲から羨望と敬意の視線が突き刺さる。
ライルたちが街に着くやいなや「僕たちの命を救ってくださった素晴らしい勇者様だ!」と触れ回ったおかげで、カインの「伝説」はあっという間に尾ひれがついて広まってしまっていた。
宿屋に泊まれば「勇者様からお代などいただけません!」と上等な部屋を無料で提供され、街の人々からは「助けていただきありがとうございます!」と獲れたての野菜や果物を次々と手渡される。
(うぅ……みんなすごく親切にしてくれるけど、嘘をついてるみたいで胸が痛いよ……)
カインは罪悪感に押し潰されそうになりながらも、差し出されたリンゴをかじった。甘くて美味しいはずのリンゴが、どこかほろ苦く感じる。
「ねえ、ライル。やっぱり僕、みんなに本当のことを言った方が――」
「カイン様!」
ミリアが感極まった様子でカインの手を握りしめてきた。
「ご安心ください! カイン様が正体を隠したいお気持ちは分かっています! 私たちが命に代えても、カイン様の素性を周囲の野次馬からお守りしますから!」
「いや、そういうことじゃなくてね!?」
空回りし続けるやり取り。
しかし、人々の温かい笑顔や仲間たちの信頼に触れるうち、カインの心の中にほんの少しだけ、「このままでも良いのかもしれない」という甘い考えが芽生え始めていた。
(みんなが喜んでくれてるし、誰も傷ついてない……。手が元に戻るまでの間なら、少しだけ『勇者』の振りをしていても良いのかな……)
感謝される喜び。英雄として扱われる快感。
素朴で真面目だった村人カインの防壁が、ほんの少しだけ緩んだ――その瞬間だった。
じわっ。
(……ん?)
右手に、妙な「温かさ」を感じた。
怪我をした時に血が滲むような、不快で生暖かい感覚。
その夜。仲間たちが静かな寝息を立てる中、カインはこっそりと右手に巻きつけた布を解いた。
「っ……!?」
月明かりの下で自分の手を見たカインは、息をのんだ。
剣の柄と己の皮膚が接している境界線から、ミミズのような不気味な黒い脈動が伸び、手首の皮膚へと侵入していた。まるで黒い毒が、ゆっくりと血管を伝って身体へと這い登り始めているかのように。
『――そうさ……それでいいのだ、我が主よ――』
頭の奥底で、あの祠で聞いたはずの低く重々しい声が、かすかに、けれどはっきりと囁いた。
『――力を享受せよ……世界はお前のものだ……――』
「ひっ……!」
カインは恐怖に震えながら、慌てて布をきつく巻き直した。
冷や汗が額を伝い落ちる。
人々の賞賛と仲間たちの笑顔。その裏側で、手から離れない魔剣は静かに、けれど確実に、カインの肉体と心を侵食し始めていたのだった。




