勘違いの勇者と、最初の衝撃波
手に離れない魔剣に布を幾重にも巻きつけ、カインは生まれ育った村を後にした。
目的地があるわけではない。ただ、賢者から「誰にも見せるな」と言われた以上、狭い村に留まっていれば、いつか誰かに怪しまれる。それに、旅に出て街の大きな図書館や腕利きの鍛治職人を訪ねれば、この手を離れない呪いを解く手がかりが見つかるかもしれない――そんな淡い期待を抱いていた。
「はぁ……。なんで僕がこんな目に……」
街道を歩きながら、カインは包帯のように布をぐるぐる巻きにした右手をため息交じりに見つめた。
見た目はまるで重症を負った怪我人だ。握りしめた柄の冷たさは、包帯越しにもじわじわと体温を奪っていくように不気味だった。
――ガァァァァン!!
――キャアアアアッ!
「っ!? なんだ……!?」
突然、前方の林の奥から、激しい金属音と悲鳴が風に乗って響いてきた。
カインが慌てて声のする方へ駆け出すと、開けた街道の中央で、3人の若き冒険者たちが包囲されている光景が目に入った。
(魔物……!? こんな街道の近くに!?)
バカッニア大国は平和な国だ。現れる魔物といえば、精々体長数十センチの角ウサギや、小さなスライム程度のはずだった。
しかし、目の前に立ちふさがっているのは違った。
体長二メートルを超える、漆黒の皮膚に覆われた二足歩行の蜥蜴のような魔物――『ダークリザード』の群れだ。それも、十匹近く居る。
「くそっ! なんだこいつらの硬さは! 攻撃が全然通らないぞ!」
前衛の剣士の青年が必死に大剣を振り下ろすが、魔物の硬質な鱗に弾かれ、カンッと甲高い音を立てて火花が散るだけだった。
「ライル、ダメです! 私の攻撃魔法も弾かれました!」
「癒しの光よ……っ! くっ、回復が追いつきません……!」
後方の魔導士の少女と修道女の少女も、青ざめた顔で杖を構えている。彼らはまだ駆け出しの冒険者パーティのようだった。じわじわと追い詰められ、背後の岩場に追い込まれていく。
(やばい……! あのままだとみんな殺されちゃう!)
カインの頭に真っ先に浮かんだのは、恐怖ではなく焦燥だった。根が真面目で頼み事を断れないお人好しのカインにとって、目の前で人が襲われているのを黙って見過ごすことなどできるはずもなかった。
「おい! やめろーーっ!」
気づけば、カインは叫びながら飛び出していた。
「え……!? ダメです、来ないで! この魔物は強い――」
剣士の青年が叫び返そうとした瞬間、一匹のダークリザードがカインの存在に気づき、鋭い爪を振り上げて襲いかかってきた。巨大な顎が開かれ、生臭い息がカインの顔を叩く。
(ひっ……!?)
死の恐怖が全身を駆け抜ける。
逃げ場はない。カインは半ば反射的に、右手に巻きつけていた布を力任せに引き千切った。
露わになる、神聖なまでに美しい銀色の刃。
「うあああああああっ!」
カインは目を瞑り、ただ必死に、手に吸い付いたままの剣を正面に向かってがむしゃらに振り下ろした。
――その瞬間。
ズドォォォォォォォォォン!!!!
世界から音が消えた。
カインが振り下ろした剣の軌跡から、眩いばかりの純白の閃光が弾け飛んだ。
それは単なる剣圧などではない。天を穿ち、地を割るほどの、凄まじいエネルギーの衝撃波だった。
「な……っ!?」
襲いかかってきていたダークリザードの巨体が、衝撃波に触れた瞬間にまるで紙くずのように吹き飛び、そのまま光の中で影も形もなく蒸発した。
それだけに留まらない。光の波は街道を突き抜け、背後の林を数百メートルにわたって削り取り、突風となって周囲の木々を根こそぎ吹き飛ばした。
暴風が収まり、パラパラと土煙が舞い落ちる。
「……え?」
カインは恐る恐る目を開けた。
目の前に広域に広がっていたはずのダークリザードの群れは、一匹残らず消滅していた。それどころか、街道の先には巨大な直線状のクレーターが出来上がっている。
静寂が支配する現場で、カインはポカンと口を開けたまま、自分の右手にある剣を見つめた。
(え……? いまの、僕がやったの……? ただ振り下ろしただけなのに……?)
あまりの破壊力に、カイン自身が絶句し、膝をガクガクと震わせる。
ふと視線を向けると、助かったはずの冒険者3人が、地面に腰を抜かしたまま、目を見開いてカインを見つめていた。その瞳には、恐怖と、それ以上の絶大な『畏怖』が宿っていた。
「あ、あの……大丈夫ですか……?」
カインが声をかけると、剣士の青年ライルが弾かれたように飛び起き、その場に深く膝をついた。続いて魔導士と修道女の少女も、祈るような手つきでひれ伏す。
「あ、貴方は……! 貴方は、伝説の勇者様ですか……!?」
「……はい!?」
思ってもみない単語が飛び出し、カインはすっとんきょうな声を上げた。
「違います! 全然違います! 僕はただの村人ですよ!?」
「そんなはずはありません!」
ライルは熱く燃える瞳でカインを見上げた。
「あの圧倒的な魔物の群れを、たった一振りの閃光で消滅させるなど……! その神々しい輝きを放つ剣、そしてそのお力……どう見ても伝承に伝わる『伝説の勇者様』です!」
「いや、本当にただの村人のカインなんですってば! この剣も、なんか急に手から離れなくなっちゃって――」
「なんというお方だ……!」
修道女の少女が涙ぐみながら胸の前で手を組んだ。
「これほどの御力をお持ちでありながら、名声に奢ることなく『ただの村人』と名乗られるとは……なんて謙虚で高潔な精神をお持ちなのでしょう……!」
「話聞いて聞いてー!?」
カインの必死の弁明は、命を救われた興奮冷めやらぬ冒険者たちにとって、「功績を誇らない真の英雄の奥ゆかしさ」として完璧に変換されていた。
誇らしげにカインを仰ぎ見る冒険者たち。
カインは手に吸い付いたままの魔剣を見つめ、引きつった笑顔を浮かべることしかできなかった。
(どうしよう……全然信じてもらえない……!)
こうして、村人カインの意図とは裏腹に、「正体を隠した最強の勇者」という誤解が、世界へと踏み出す第一歩となってしまったのだった。




