終焉と、残された伝承
玉座の間に、圧倒的な死の静寂が満ちていた。
右腕の魔剣に収束していく極大の黒い光球。魔王カインがそれを一振りすれば、横たわるライルたちはおろか、この魔王城ごと王都が消滅する。
「……死ね」
カインが感情の抜け落ちた声で、右腕を振り下ろそうとした――その瞬間。
『――――カイン』
頭の奥底、漆黒の暗闇の最果てから、小さな声が響いた。
それは、魔王の呪いに押し潰され、消えかけていた『村人カイン』自身の叫びだった。
(ダメだ……振り下ろしちゃダメだ……! ライル……ミリア……セイル……僕の大切な……仲間なんだ……!!)
「……くっ!? ガ……っ!?」
ピタリと、カインの右腕が空中で止まった。
縦に裂けていた魔王の紫眸が激しく揺らぎ、ほんの一瞬だけ、元の茶色の瞳へと戻る。
「カ……イン……様……?」
血の海の中で、ライルが目を見開く。
(頼む……動いてくれ僕の体……! これ以上……誰も傷つけさせない……!)
カインの残された精神が、命を削りながら魔剣の意思へと牙を剥いた。
魔王の肉体が激しく痙攣し、右腕と同化した魔剣から紫黒の雷光が狂ったように撒き散らされる。
『愚かな……! 我が肉体となりながら、抗うというのか……!!』
頭内で暴れ狂う魔王の声。
「僕は……ただの村人だ……! 世界なんか壊させない……!!」
カインは残された左手で、自らの右腕――凶悪な魔剣の柄の根本を、力任せに掴んだ。
そして、渾身の力を込めて、己の肉体ごと魔剣を深々と『自分の胸』へと突き立てた。
ドスッ……!!
「……ガッ……ハ……ッ!?」
黒い血が噴き出す。
魔剣の核を貫かれた瞬間、魔王城全体が激しく揺れ動き、カインの身体から溢れ出ていた巨大な魔力が一気に暴走を始めた。
「カイン様ぁぁぁぁぁっ!!」
ライルたちが悲鳴を上げる。
「みんな……」
血を流しながら崩れ落ちるカインの顔から、角が、黒い紋様が、魔王の威容がスッと消え去っていく。そこにあったのは、かつて村の祠を掃除していた頃の、素朴で優しい青年の顔だった。
「ごめんね……。僕のせいで……みんなを……辛い目に遭わせちゃって……」
「そんなことない! そんなことないですカイン様!!」
ミリアとセイルが泣きじゃくりながら駆け寄り、倒れるカインの身体を抱きしめる。
「本当の僕は……ただの頼りない村人だったけど……みんなと旅ができて……嬉しかったよ……」
カインは満足そうに、穏やかな笑顔を浮かべた。
右手と肉体を一体化させていた魔剣が、光の粒子となって砕け散っていく。それと同時に、カインの身体もまた、透き通るような白銀の光となって崩れていった。
「カイン様! 嫌だ、行かないでくれ!!」
ライルが折れた剣を抱え、涙を流して叫ぶ。
「ありがとう……ライル……みんな……」
最後にそう言い残し、村人カインは光の中に消えた。
核を失った魔王城が崩壊し、暗雲が去った空から、眩いばかりの澄み切った日光が降り注いだ。
* * *
数年後。
復興を遂げたバカッニア大国の、とある小さな村の小山。
建て直された古い祠の前には、手向けられた美しい花束と、一本の折れた大剣が備えられていた。
村の子供たちが、旅の途中に立ち寄った3人の騎士に尋ねる。
「お兄ちゃんたち、ここに祀られている英雄様はだれ?」
背中に大剣を背負った男――ライルは、静かに微笑み、青空を見上げた。
「……世界を救った、伝説の勇者様さ。とても強くて……誰よりも優しくて、謙虚な村人の勇者様だったんだよ」
風が吹き抜け、祠の木々が優しく揺れる。
真実を知る者は少なく、彼の名は『世界を救いし大勇者』として、後世の伝承へと語り継がれていくのだった。




