魔王城の決戦と、届かない声
かつて王都の憩いの場であった広場は、今や紫黒の瘴気が渦巻く『魔王城』の最上階へと姿を変えていた。
ギィィ……と重厚な黒鉄の扉が押し開かれ、満身創痍の3人が玉座の間へと足を踏み入れる。
「カイン様……っ!」
剣士ライル、修道女ミリア、魔導士セイル。
城内に蠢く無数の魔物を潜り抜け、命からがら辿り着いた彼らの視線の先――漆黒の玉座に腰掛けていたのは、かつての仲間であり、今は世界の敵となった新魔王カインだった。
右腕と完全に融合した魔剣。頭部から伸びる禍々しい角。そして、人間としての感情を一切感じさせない、冷たく澄み切った紫色の両眸。
「……愚かな者どもよ」
玉座から見下ろすカインの声が、重厚なホールに響き渡る。
「わざわざ自ら殺されに来たか。かつて『仲間』と呼んだ情けに免じて見逃してやったというのに」
「カイン様! 頼みます、正気に戻ってください!」
ライルが大剣を握り締め、叫ぶように訴えかけた。
「覚えていますか!? 初めて出会った時、僕たちを助けるために必死で剣を振るってくれたことを! 自分がただの村人だって、困り果てていたあの笑顔を!」
「……知らぬな」
カインは淡々と吐き捨てた。
「くだらぬ村人の記憶など、とうの昔に消え失せた。今の我は魔王。この世界を破壊し、再構築する絶対者だ」
「嘘だ!!」
ミリアが涙を溢れさせながら踏み出した。
「カイン様は……夜、一人で右手を隠しながら泣いていたじゃないですか! 誰かを傷つけるのを、あんなに恐れていたじゃないですか!!」
「喋るな」
一瞬。
カインが玉座から指先をわずかに弾いた。
――ガァァァン!!
「くあぁっ!?」
見えない衝撃波が叩きつけられ、ミリアとセイルが血を吐いて激しく壁へと打ち付けられた。
「ミリア! セイル!」
ライルが叫び、怒りに目を血走らせて地面を蹴った。
「カイン様ぁぁぁぁぁっ!!」
渾身の力で叩きつけられるライルの大剣。かつて幾多の魔物を打ち倒してきた熱き刃が、直線的にカインの首元を狙う。
――カチン。
しかし、その一撃はカインの左手の『指一本』によって、あっけなく受け止められた。
「な……っ!?」
「弱い」
カインの冷徹な眼光がライルを射抜く。
カインが右腕――一体化した魔剣を軽く振り払うと、漆黒の斬撃が弾け飛び、ライルの身体を大剣ごと切断せんばかりの勢いで吹き飛ばした。
ドガァァァン!!
瓦礫の中に埋もれ、大量の血を流すライル。大剣は半ばから叩き折れていた。
「ハァ……ハァ……っ! カ……イン……様……」
血の海の中で、ライルは必死に手を伸ばした。
届かない。自分たちの声も、叫びも、思い出も……魔剣の深い闇の中に沈んだカインの心には、何一つとして届かない。
「これで終わりだ」
カインが静かに玉座から立ち上がり、右腕の魔剣を掲げた。
世界を崩壊させるほどの過剰な魔力が、極大の黒い光球となって収束していく。




