【タトゥム視点】
くりくりの瞳のかわいいリア。
そんなリアを目の前にすると、どうしても俺は……照れてしまう。
照れた挙句、ぶっきらぼうに話してしまう。
だけどさ。
リアなら分かってくれるだろう?
ホントは俺がリアを好きだってことをさ。
なんて。
リアに出会えた日には、ニヤニヤが止まらなくて。
リアはさ、かわいいんだ。
特に……目尻に涙をためて、耐えているときなんかがさ。
だから、ちょっときつめに俺がリアを指導してやって。
かわいい泣き顔を堪能して。
……まあ、泣かせるだけだとアレだから、たまには褒めてやったりしてさ。
……たまに言い過ぎたかなーなんて、夜、ベッドに入った時に、毛布をかぶりながら思ったりもしたんだけど。
やっぱり、涙目で、俺を見つめてくるリアがかわいい。
他の男になんか取られないように。
俺の腕の中に隠して、隠して、隠し続けて。
他の誰も、見ないようにって。
俺だけを見ていろって。
なのに。
すごく美形の男とカフェでいちゃついて。
なんだよ、それ。
離れろよ、ソイツから。
なのに。
透明な壁にさえぎられるように、俺はリアに触れることができなかった。
魔法具を止めようとすれば、弱いとはいえ電撃が流れて。
どうしようもなく、リアが見知らぬ男と去るのを見るしかできなくて。
両親に訴えても「もう婚約はなくなったのだから」というだけ。
確かに、再生機を止めるために、婚約破棄届は貴族院に提出した。
だけど、もう一度婚約を結び直したっていいだろう?
「馬鹿を言うな。あれだけの暴言、慰謝料を請求されてもおかしくないんだぞ?」
「慰謝料⁉ なんで⁉」
「なんでとは……、お前、リア嬢にあれだけ惨いことを繰り返し言って……反省もしていないのか?」
不快なものを見る母親の目つき。
馬鹿にしたような兄の目つき。
俺が、何をした?
リアを、他の誰かに取られないようにがんばっただけじゃないか!
それにリアは泣くのをこらえている顔が一番かわいいんだ!
そのときは、俺を見つめてくれるんだ!
「……タトゥム、おまえは阿呆か」
「兄上!」
「泣くのをこらえながらタトゥムを見つめているんじゃない。ふざけるなって睨んでいたんだよ」
「は?」
兄上が深々とため息を吐く。
「……父上、これは駄目ですよ。貴族学院のカフェで、タトゥムの暴言が再生された上に、リア嬢が失踪。その原因はタトゥムとみなされている」
「うむ……」
「タトゥムに婿入り先はない。仮に文官採用試験に合格点が取れたとしても、令嬢を失踪させた原因とみなされているのだから、本採用はないでしょう」
「そうだな……」
「貴族の世界には、きっともうタトゥムの居場所はない」
淡々と告げる兄上。
いったい何を言っているんだ?
「それどころか、タトゥムをこのまま我が家にいさせれば……」
「我々も、タトゥム同様、社交界に居場所はなくなる……か」
「ええ。私とエスメラルダとの婚約もなくなるでしょうね」
は? 兄上とエスメラルダ嬢との婚約? 何の関係があるんだよ⁉
「とはいえ、タトゥムを我が家の籍から抜くのもかわいそうだが」
「父上。決断が遅れれば、我が家は……」
「わかった。……籍からはすぐに抜く。しかし、貴族学院は卒業まで通わせる。平民枠もあるからな」
「仕方がありません。そのあたりが落としどころですね……」
二人の言葉の意味が分からない。
平民?
この俺が?
どうして?
分からなくても、時間は経過する。
朝になれば、馬車に乗り貴族学院へと向かう。
先日のカフェでの出来事は、もう、学院内に噂が回っているらしかった。
いつものように登校し、いつものように授業を受けていても、誰も俺に話かけてこない。離れたところから俺を見て、何かをひそひそと話す。
……イライラする。
放課後、教師に呼ばれた。
「……父君からの連絡と手続きがあった。タトゥム、お前は貴族籍を抜け、平民となる。従って、学院でのクラスも変わる」
貴族学院には平民の枠もある。
だけど、教室の位置やカフェや食堂の使用時間も異なる。
「平民クラスに変わるから、貴族クラスと違って、定期試験は厳しいぞ。まず、八割以上の得点を取ること。百点満点の試験であれば八十点以下は補講。その補講の最終日に再度同レベルの試験を行い、そこでもまた八割未満の得点しか取れないことが、三回続けば退学だ」
平民クラス。だったら八割の得点くらい簡単に取れる。
そう思っていたのに、取れなかった。
しかも、平民クラスの奴らは恐ろしいほどに優秀だった。
皆、ほぼ満点に近い。
「あたりまえだろ? 平民なんて優秀じゃなければ貴族学院に通う資格なんてないんだから」
平民でも優秀な者を将来の文官などで採用する。
そのために、貴族学院には平民枠がある。
文官となり、出世することはほとんどなくとも……下級役人として重宝されるらしい。
「平民だろうと文官……下級役人の給金は高い。しかも勤め上げれば年金も出る。そのために、わざわざ高い金を払ってまでも平民学校じゃなくて、貴族学院で学んでいるんだ」
クラスの平民の奴らは必死になって勉強をしている。
俺は、そこまで必死になることが出来ずに……三回連続補講を受け、そして三回連続不合格となった。
……結果、退学となった。
父上と兄上には呆れられた。
「……家を追い出しても野垂れ死にする未来しか見えんな」
ため息をつきながら、それでも兄上は俺の働き先を見つけてくれた。
遠縁の更に遠縁の……隣国での仕事先。
「我が国と隣国は言葉も文字も同じだ。だから、問題ない」
「……どんな仕事なんですか?」
「あちらの国では手紙や書類の代筆業が盛んらしい。文字が書けない者も多いからな。仕事内容は相手の話を聞いて、手紙や書類を書くこと。……人の話をきちんと聞かなくてはならない仕事はお前の今後に役に立つだろう。話を聞いて、文字が書ければ務まる。代筆屋が嫌なら残されたのは、鉱山での仕事か漁師か……」
肉体的な仕事は無理だ。キツイ。
「代筆屋になるよ……」
そこで、たくさんの依頼者からの言葉を手紙に書いたり申請書に書いたりした。
婚約者からの暴言に耐えかねて訴える書状も多かった。
このまま婚約を続けなくてはならないのなら、修道院に行ったほうがマシ。
婚約破棄申請の代筆。
離縁届の代筆。
泣きながら、相手の暴言や暴力を訴える女性依頼者の姿が……リアに重なる。
「本当にひどいんです!」
「あんな男が婚約者だなんて、わたし、不幸だわ!」
「もう嫌なの!」
依頼者は、俺に代筆してもらうために、心情をあからさまに吐露する。
……すべてがリアの言葉に聞こえる。
胸が痛む。ずきずきと。
ああ……、俺の照れ隠しの言葉は、相手を、リアを、これほどまでに傷つけたのか。
ようやくわかった。
分かったからこそ、この代筆業は……酷くつらい。
つらいが、俺にできる仕事は多分ない。
俺は、後悔に苛まれながら、今日も他者の訴えを文章に書きあらわしていく。




