【リアの母親視点】
リアはわたくしによく似た顔立ちのかわいい子。
決して美人ではない。
だけどくりくりとした瞳で、まるで仔リスのような感じの顔つき。
……きりっとした完璧な顔の造作の薔薇の花のようだと称えられる美人よりも、小動物系の顔形をしている令嬢の方が若い令息からのウケは良い。
これはわたくしの経験から思うこと。
事実、わたくしはそうだった。
婚約者が居ても、たくさんの令息たちからあれこれと言葉を投げかけられたものだ。
「どうしてボクと出会う前に、君の親は君の婚約者を決めてしまったのかなあ。ボクは君の両親を恨むよ」
「あなたは私の心を掴んだというのに、あなたは私の手を取らない。こんなにひどい話があるかい?」
「ひどいなあ。俺が思うほどに、君は俺を思ってくれない」
若い令息というのはこういう話し方をするものだ。少なくともわたくし若い頃の周りの令息たちはそうだった。
わたくしは少しだけ気分を良くしながら、それでも控えめに笑って「気持ちは嬉しいわ。でも、婚約者に不義理はしないつもりなの」と返事をしたものだった。
若い頃の、懐かしい思い出。というよりも単なる社交上の言葉。令息たちだって、本気でわたくしを婚約者から奪おうとは思っていない。
だって、彼らにだって婚約者は居たのだもの。
恋愛を匂わせるような、貴族同士の言葉のやり取り。
だから、お互いに相手の名前は言葉にしない。「君」「あなた」とだけ言う。
「ひどい」と言いながら、本当は別に「ひどい」なんて思ってはいない。
若い頃の話し方なんて、昔も今もそういうモノでしょう?
だから、リアが「タトゥムがひどいことを言うの」と言ってきたときも、ああ、そういう言い方をしているだけなのね……と思った。
どう見てもタトゥムはリアが好き。
でもリアはそこまでタトゥムのことは好きではないみたい。
まあ、女は愛されたほうがしあわせになれると言うし、タトゥムはリアが好きすぎて、素直に気持ちを表せないんでしょ……と。
令息というのは「かわいい」とか「きれいだ」とか、心の中では思っているくせに、そんなことは言葉にはできずに逆のことを言うものだ……と、リアを諭して。
わたくしの夫だって、リアやタトゥムと同じ年代の時はわたくしを貶したものだわ。
「君にはそんな色のネックレスは似合わないよ。形もそうだが、色が特に駄目だ」
わたくしのお気に入りのアクセサリーを貶す。そして。
「……こっちの色のほうが似合うだろ。買ってやるからつけろよ」
ぶっきらぼうな言い方で、夫は……当時は婚約者だったけど……夫の瞳の色の宝石が付いたネックレスをわたくしに買ってくれた。
ふふふ。言えないのよねえ。「自分の瞳の色のネックレスをしてくれ」なーんて。
そういうモノなのよ、男って。
だから、リアも。もう少し大人になれば、タトゥムのぶっきらぼうな言葉の裏にある本当の気持ちが理解できて、しあわせになるわ。
そう思っていたのに。
魔法具から何度も繰り返し発せられるタトゥムの暴言。
さすがの夫も顔をしかめていた。
「……婚約は、無しにしましょう」
「そうだな。この暴言の繰り返し再生を止めねばな……」
貴族院に婚約破棄の届を出すまで、タトゥムの暴言の繰り返しは止まらないと、リアは言って出て行った。
タトゥムは婚約破棄は嫌だと叫んでいたけど……。さすがに無理。ここまで何度も繰り返されると、正直気分が悪い。
必要最低限の言葉だけを交わして、さっさと書類を整え、そのまま貴族院に向かう。
そして、わたくしは夫と共に家に帰った。
きっとリアは、自室で籠っているだろう。
慰めて……、それから、ちょっとだけ謝らないとね。
大丈夫よ、次はもっとマシな婚約者を選んであげる。
そう思ったのに。
部屋の中に、リアは居なかった。
わたくしたちより先に帰宅したハズなのに。
使用人たちに聞いてみたら、やっぱり帰宅はしていたとのこと。
「お部屋にいらっしゃいませんか?」
部屋から出ていないはずのリアがいない。
夜になっても帰ってこない。
居なくなった。
どうして?
分からないまま。
招かれた気乗りのしないお茶会に参加したときに、リアがずいぶんときれいな男の人を伴って、貴族学院のカフェにあらわれたと聞いた。
「とっても美形だったそうよ? ウチの娘がまるで物語の王子様のようだって言っていたもの」
「ええ。我が家の息子も見たようですわ。仲睦まじく、その……ケーキをフォークで口元に持っていって……。前の婚約者はちょっとお言葉がお悪い方でしたけど。新しい婚約者の方との仲はよろしいようね」
きれいな男?
仲睦まじい?
知らないわ……。
リアには……もしかして恋人がいたの? まさか……。
呆然と、した。
しばらく経ったら貴族学院から連絡が来た。
タトゥムの暴言の再生機。それと共に、事情説明書や退学届も、カフェのテーブルの上に置かれていたと。
夫と共に、その事情説明書を読ませてもらった。
……書かれていたのは、タトゥムから受けた惨い仕打ちのこと。
暴力まで受けていたなんて、知らなかった。
言ってくれたらよかったのに……。
読み進める。
更に書かれていたのは、親に相談しても『思春期の男にはよくあること』『タトゥムは照れているだけ』『心とは反対のことを言ってしまうんだ』『広い心で許してあげなさい』と取り合ってくれないということ。
事実。確かに、そう言った。
説明書に書かれているのは事実の羅列。
わたくしたちを責める言葉はない。
ないけれど……文字と文字の間、文章と文章の間から……リアの怒りと諦めが見えるようだった。
『タトゥムから受けた暴言や暴力を……お父様にもお母様にも相談したところで無駄でしょう?』
そんな声が、聞こえてくるようだった。
ああ……。気が付かなかった。知らなかった。いいえ、知ろうともしなかった。リアの気持ちを慮ろうともしなかった。
リアが、暴力を受けていた。それをわたくしたちに相談しなかったのは……わたくしたちに言っても「そういうモノよ」と流されると思ったからなのだ。
『二度とわたしの前に来ないでくださいね』
リアのあの言葉は……タトゥムに向けられた言葉ではなく……わたくしや夫にも……なのだ。
怒りと諦め。そして……拒絶。
だから、リアは、居ない。
多分、きっと……、もうリアはわたくしたちの元には戻らない。
でも……、どこに行ったの? 行く場所なんてあるの? 貴族学院のカフェにリアと一緒にあらわれたという男の人は誰? 何年か経った後なら、怒りも薄れて帰ってきてくれるのではないのかしら? だって娘と親だもの。ちょっとの諍いがあっても、きっといつか。リアは優しい子だもの。いつか、そのうち、きっと帰って来て、わたくしたちを許してくれる……。
だけど。
月日だけが経過する。
なんの変化もないまま。
わたくしと夫は時折、リアのことを話す。
「そろそろリアの誕生日ね。今年は帰って来るのではないのかしら」
「そうだな。帰ってきたら……、謝ろうか」
いつかの再会に、希望を持って。
そうして十年後、一通の手紙が届いた。
『リアは今しあわせに暮らしている。そちらのことなど思い出すことはない』
リアの字ではない。書き手はきっと男性。角ばった文字。
思い出すことはない。
タトゥムのことだけではなく……わたくしたちのことも。
わたくしは、夫と共に泣いた。
忘れたのだ、リアは。
しあわせなのだ、リアは。
……わたくしたち、親のことなど忘れて。思い出しもせずに、勝手にしあわせになった。
わたくしたちは、愛していたはずの娘から忘れられた親。
その事実だけが、もう、永遠に、消えない。




