【第三話】
更に次の日。
わたしは師匠と共に貴族学院に向かった。
といっても、もう今後学院に通う気はないので、制服は着てはいない。
若草色のワンピース。
耳にはエメラルド色のイヤリング。もちろんこれは師匠特製の魔法具。ポケットには再生機。
授業には出ないで、師匠と一緒に学院のカフェでのんびりお茶をする。
イチャイチャが目的なので、テーブルを挟んだ対面に座るのではなく、一人掛けの椅子をずらして横並びに座る。
「ほーらリア。口あけろー。あーん」
師匠がにっこにっこした笑顔で、フォークに挿したケーキをわたしの口元に差し出してくる。
……恥ずかしい。子どもみたいで恥ずかしいけど。これもイチャイチャ大作戦なので、わたしは「あーん」と口を開ける。でもちょっと頬が赤くなってしまうわね……。顔が熱い気がする……。
「あはははは。リア、小鳥みたいでかわいいな!」
むう! 師匠ってば楽しんでいるわね!
「タトゥムとかいう暴言ヤローと無事婚約は破棄っ! これで公然といちゃつけるってもんだ!」
周囲に聞こえるような大声で、わざと師匠は言って。
もう一度わたしの口にケーキを差し出す。
わたしは口を開けて、ケーキを食す。
もぐもぐ。
美味しい。けど、恥ずかしい。
わたしも自分のケーキを師匠の口元に差し出す。
「おお! ありがとうな、リア!」
演戯とは思えないほどの上機嫌さ。いや、演技だからわざと上機嫌増し増しなのかしら?
とにかく、カフェの他のお客さんというか生徒たちが顔をしかめるくらいに、イチャイチャしてイチャイチャしてイチャイチャしていたら……タトゥムがやってきた。
ものすごい形相で。
「リアっ!」
「……あら『元』婚約者様。ごきげんよう」
『元』をすんごく強調して言ってやる。
「何だよその男っ! 離れろよっ!」
タトゥムがわたしに手を伸ばす。腕を掴まれそうになったけど……、師匠の魔法具が発動。
パキン! という音と共に、わたしとタトゥムの間に透明な盾が生じる。
タトゥムは見えない盾の感触に驚いて、手を摩った。
「『元』婚約者の君、リアに触らないでくれるかな?」
「何だとキサマっ!」
タトゥムが師匠を睨む。
冷然と睨み返す師匠。
美形でクールな師匠に睨まれて、少しだけタトゥムが怯む。
「君の周囲から再生音がしないということは、既に婚約は破棄されたということ」
「お、俺は納得していないっ!」
「君の納得などどうでもいい。婚約は破棄された。その事実があるのみだ」
多分、両親たちが暴言の繰り返しに耐えられなかったのよね。さっさと婚約破棄手続きを取ったに違いない。よかった。ちょっと安心。
「故に、リアは自由の身だ。この私と新たな婚約を結べる程度にはね」
不敵な笑いの師匠。
うーん、演技とはいえカッコイイですね! いや、演技だからこそかな?
普段のぼさーっとした雰囲気とは違い、目つきも言葉も鋭利なナイフのよう。
「り、リアは……俺の……」
「わたしの名前を呼ばないで」
「リア……」
「呼ばないでって言ったのが聞こえないの? 『元』婚約者というだけの他人に呼び捨てにされると不愉快なの」
他人と不愉快も強調しておく。
はくはくと動くタトゥムの口。
わたしは心底嫌だという気持ちを隠さず睨む。
「わたしに近づくのなら、あなたから受けた暴言の数々、学院でも再生し続けてやるわよ」
再生機をポケットから取り出して、テーブルの上に置く。
そして、再生。
『リアのような不細工がこの俺の婚約者だとはなんという不運』
『この俺の金の髪と青の目に相応しい色合いの令嬢との婚約なら喜んでやったのに。はっ! 何だその地味な茶色の髪はっ! リア、お前、訳の分からない魔法具ばかりを作っているくらいなら、その茶色の髪の色を金色や赤色にでも変化させる魔法でも開発したらいいんじゃないか? 茶色から金に髪の色が変わったら、少しはマシになるだろうよ! ああ、それとも、髪の色が多少きらびやかになった程度では、お前の地味さ加減はどうにもならないか! はははははは! 魔法具作りしか能のない地味女っ!』
以下、延々と流される、タトゥムの暴言。
カフェの他のお客さんたちも、不快気に眉を顰める。
タトゥムが慌てて再生機に手を伸ばす。
でも……、これ、師匠の改良済みなのよね……。
そう……タトゥムが再生機に触れた瞬間。「バチッ!」と、大きな音を立て、再生機がタトゥムの手をはじく。
「ぎゃあ!」
大して強い電撃ではないはずなのだけど。タトゥムは信じられないように、再生機を見る。
そして、恐る恐るもう一度再生機に手を伸ばして……。
「ぎゃああ!」
また、電撃に手をはじかれて、叫び声を上げた。
……繰り返すとは阿呆なのかしら?
師匠も同じ感想を持ったようで「くっくっく」と笑う。
「触れれば触れるほど、電撃は強くなるぞ」
あら? そういう仕様にしたのか。
「師匠。ちなみに最大出量だとどのくらいの電撃で?」
「ん? 肉を割いて、指の骨が見える程度かな」
そうして、師匠はぐるりと周囲を見た。
「ああ、皆さん。ご不快でしょうが、この魔法具はこのまま触れませんように。そこの暴言男だけを弾くような細かい設定はしておりませんので。誰が触れても電撃で弾かれますよ」
もちろんタトゥムの暴言は、この間も延々と流れている。
『美女に叱咤激励されればこの俺だってやる気になる。だが、リアに『がんばれ』と言われても、気持ちが悪いだけだ。不細工のクセに、偉そうに『がんばれ』だと? まず、お前が頑張れよ、リア。その不細工な顔を整形しろとまでは言わないけどさ。せめて、流行の化粧くらい覚えたら? ああ、でも、ブスが化粧したくらいでどうにもならないかー。リアの場合は化粧が下手だから、ブスで不細工が加速するだけだよな? 化粧の上手い侍女でも専属で雇ったら? そんな金はない? あっはっは。だったら自分で化粧研究でもすれば? それともお得意の魔法具でなんとかするか? 美人に整形できる魔法具とか作ったら、お前の顔もちっとはマシになりそうだし、お前も大儲けするかもなー。ああ、金を儲けたら、その金目当てに、男どもが群れるかもな! でもさー、勘違いすんなよ? リアがかわいくてモテるんじゃないぜ? 金があるから不細工なリアでもモテるだけなんだよ。そこを勘違いしちゃーいけないぜ? あー、鬱陶しいから泣くなよ? 目が腫れたらますます不細工になるんだからさ!』
実に不快な発言。
目的の一つは、タトゥムに対する物理的な仕返し。
そりゃあ、わたしが胸倉掴まれたり、頬を叩かれたりっていうのには、この程度の弱い電撃じゃ足りないけど。
わたし、タトゥムなんかに一瞬でも触れたくないし。
殴ったり蹴ったりなんてできないし。
それにもう一つの目的。
タトゥムが暴言ヤロウだっていうことを、音声を再生し続ければ学院の皆に知られる。
……わたしみたいな被害者を出さないように。
タトゥムがこんな暴言ヤロウって知っていれば、婚約なんて結ぶ人、出てこないでしょ。暴言ヤロウと知って、それでも婚約するんなら……それは、まあ、自己責任だ。
わたしが関与する必要はない。
『ドレスの色が似合っていない。今日の夜会では側に居ないでくれるか? リアのようなブスをエスコートしないといけないなんて、俺の男としての格が落ちる。なあ、リアだってそう思うだろう? 俺のような美男に相応しいのは美女だって。あー、兄上が羨ましい。エスメラルダ嬢は透き通るような銀の髪と緑の瞳。実に美しい! リアがエスメラルダ嬢程度には美人だったら、この俺だって喜んでリアとデートでもするというのに。現実は、コレ程度。あーあ。なあ、それで化粧してんの? ブス度がますますひどいことになっている。そこまでブスだといっそ笑えるな! おまえさあ、毎日ちゃんと鏡とか見てんだろ? そのたびに絶望とかしない? なんでこんなに地味なんだろーってさあ。あー、自分の地味な顔見て絶望に駆られるような繊細な神経していないか。あっはっは、リアってば自分がブスだって、自分で認められないくらい目が悪いもんなー……』
……聞いていて不快な音声。これ以上わたしが聞くのも嫌だから、さっさと席を立つ。
「それでは、『元』婚約者様、永遠にサヨウナラ」
「り、リア……」
師匠が立ち上がって、タトゥムの前に立つ。
「お前がリアの名を呼ぶと、リアが不快になる」
そうして、師匠はタトゥムの頬を叩いた。ぺちっと軽く、一回だけ。
すると、タトゥムの頬に、黒い花の入れ墨のような模様が浮かび上がった。
「リアの名を一回呼べば、その入れ墨は大きくなる」
「え……?」
「呼ばなきゃ三日で消えるけどな。呼んだら何度でも浮かびあがるぞ」
「え……?」
「というわけで、今後お前はリアの前に来るんじゃねえぞ? 来たら何度でもあらゆる方法でお前に反撃してやるからな!」
師匠はタトゥムを睨んで、くるりと背を向ける。
「帰ろうぜ、リア。もう用はないだろ?」
「はい!」
テーブルの上の再生機はそのままに。それから、事情説明書と貴族学院の退学届も置いて、わたしは去る。事情説明書の中には、これまでタトゥムにされたこと、両親はわたしを守ることなく「大目に見ろ」などといったことなどを簡潔にまとめて書いてある。家出をして、もう家に帰ることはない。両親とは絶縁希望とのことも。
師匠はカフェから出る前に、店員の一人に声をかけた。
「営業妨害ですまないが、あの再生機は夜には止まるように設定してある。もちろん電撃も夜以降は、今後は出ない」
「そ、そうなのですか……?」
「ああ。明日になれば動かなくなる。だが、魔法具としてはなかなかにおもしろいものだからな。魔法道具屋に持って行けば高く売れるだろ。迷惑料として、取っておいてくれ」
事情説明書の中には、魔法具の権利委託書も書いてある。師匠の名前もちゃんと明記されていた。
カナル……っていう名前だったのね。知らなかったわ。ずっと師匠とだけ呼んでいたから。
さーって、これでもう用はない。
わたしと師匠は顔を見合わせて、にっこり笑って。
そうして、手と手を繋いでカフェから出て行った。




