【第二話】
お父様とお母様をタトゥムの屋敷に残したまま、わたしは勝手に我が家の馬車を使い、先に帰る。
御者や馬には申し訳ないけれど、後でもう一回迎えに行ってもらえばいい。
自分の部屋に戻って、着替えもせずに、そのまま用意していたトランクを取り出す。
服や売るためのアクセサリー、その他師匠にもらった大事な本なんかは既にトランクに詰めてある。
それを手に、わたしは壁に掛かっている姿見の前に立つ。
これ、実は、魔法の鏡なのよね。
その鏡の表面を、特別な叩き方で、歌うようにノックする。
コン、ココン、コココンコン!
すると……鏡の表面がぐにゃりと歪む。
「じゃあ、行きますかっ!」
鏡の中の通路を通って、師匠の下へ。
本当はずっと遠くの森の中の一軒家。
わずかに数歩歩いただけで、師匠の家にたどり着く。魔法ってすごい。
「よーお、リア。仕返ししてきたか?」
「師匠」
わたしにニカッと笑ったのは……外見からすると三十歳くらいでぼさぼさの赤い髪と無精ひげ、よれよれのシャツを着た魔法使い。
わたしに魔法具の作り方を教えてくれた人。
名前は知らない。
ただ、師匠とだけ、わたしは呼んでいる。
以前わたしが家出をしたときに、出会った魔法使い。
師匠のおかげでこれまで耐えてきた。
「音声はリピート再生してきましたけど」
「殴らなかったのか?」
「……殴ったら手が痛むじゃないですか」
それにタトゥムなんかに一瞬でも触れたくないし。殴ったら手にタトゥムの感触が残る。嫌。
「別に直接手で殴らなくても、ドレス姿なんだしご令嬢なら扇とか常に持ってるだろ? 足で蹴っ飛ばしても……」
「スカートの中、見られたら嫌」
「あっはっは。そりゃそーだ」
とりあえずお疲れさんと言って、師匠がお茶を用意してくれたから、わたしはトランクを下ろして椅子に座る。
お茶のあたたかさにほっとする。
覚悟をして、タトゥムの家に行ったけど、それなりに緊張していたらしい。
しばらくボケっとしていたけど。お茶を一杯飲み終わった頃に、師匠が聞いてきた。
「で、リア。今後どうする? トランクを持ってきたってことは……」
「はい、家出します」
師匠にいろいろ習って、魔法具をいくつも作れるようになってきた。
それを売れば、一人で生きていくことくらいできそうだと思っている。
「家出は良いんだけどなあ……。逃げ切れればいいんだけどなあ……。この森も、最近は人間、近くまでやってくるようになったし」
「師匠?」
「リアの親はともかく……。タトゥムとかいう男、話を聞いているだけでもかなりの粘着気質っぽいから……、何十年経ってもリアを探したり……」
「嫌っ!」
「うん……。だから、きっぱりさっぱりがっつり縁を切るっていうか、ぶん殴って、へこませるくらいはしないと……。将来、忘れたころにやってくる天災みたいに襲い掛かってきたら……」
う、ううううう……。怖すぎる。
「……暴言、繰り返し再生したくらいじゃダメですかね」
「……リアの親とかは、ダメージ喰らうだろうけど。タトゥムとかいう男は……どうかな?」
たとえば十年後とかにうっかり出会ってしまって……また、暴言を吐かれてたり、まとわりつかれたり?
嫌すぎる。
「……今スグにでも、ガッツリ縁切りしたいです」
でも……あとは殴るくらいしか思いつかないし。殴っても駄目だったらどうしよう。
うーうー、唸りながら頭を抱えたわたし。師匠は、そんなわたしの頭をガシガシ撫でてくれた。
「仕方がねーから、この師匠様が手を貸してやる。髪を整えて髭を剃るからちょっと待て」
「へ?」
師匠は立ち上がって、洗面所の方へと向かった。
待つことしばし。
髪を短く切って、整えて。髭も剃って……、パリッとした服に着替えた師匠は……。
「うっそ! 師匠ってそんなに美形だったんですか⁉」
「あー……、この女顔、嫌いなんだよなー……」
キラッキラの超美形。
絵本の中の王子様みたい。
まず目立つのが、長くてしっかりと上向きにカールされているまつ毛。
スーッと通った鼻筋。
薄いめでクールな印象の唇。口紅も塗っていないはずなのに艶々している。
うわーうわーうわー……。
「びっくり美形」
「うっせ!」
「もしかして師匠ってお若いんですか? 十代に見えますけど……」
お肌もキレイだし。
「……半分妖精の血が入っているからな。これでも五十は超えている」
「びっくり五十歳!」
うわーうわーうわー……。
「あー、妖精の血が入っているから、そんなにも美形なのかー」
「……ま、そゆこと」
「でも……どうして身なりを整えたんですか?」
「この姿で、リアをエスコートしてタトゥムとかいう男の前に立つ」
「はい?」
「そんでもってイチャイチャする」
「い、いちゃいちゃ???」
「タトゥムとかいう男が嫉妬して、あれこれ言ったらぶん殴る」
「わー……」
「たとえば……。『俺の女に手を出すなら覚悟はできてんだろうな』とか……」
「セリフと外見があっていませんが……」
外見がキラキラの王子様なのに。
雑な言葉は似合わない。
「じゃあ……。『暴言男は黙り給え。リアはこの私が貰っていく』とかか?」
「師匠カッコイイです! 冷たくクールなセリフがサイコーです!」
「惚れる?」
「いえ、惚れはしませんが。どちらかと言うといつものぼさぼさ髪のほうが好きですね!」
師匠は苦笑して「そーか」と笑った。
目尻が垂れてちょっとかわいいかもとわたしは思った。




