第二章 花丸の思い出を
逢生くんのことを気にしつつも、私はまず案内された席へと移動する。それからステラによって他の人達へ紹介された。千尋という名前は昨晩伝えられなかったので、私は皆にもトトリと呼ばれることになった。
「――そんな訳で、三十日間限定の滞在でふけど、皆トトリをよろしくでふ!」
ステラの言葉に、皆がパチパチと拍手で迎えてくれる。転校とかしたことないけど、途中からクラスに加わるのってこんな感じなのかな?頑張って笑顔を作ってみたけど、たぶん緊張で強張っていたのがバレバレだったと思う。
それから順番に、今日初めて会った『はぐれ者』達を紹介される。
まずはクラレットさん。凄く整った顔立ちの人で、男性なのか女性なのか、見た目では判断できなかった。年齢は二十代前半。チョコレート色の髪、赤とクリーム色でショートケーキみたいに可愛いコックコート、タルトに乗った艶々なイチゴのように赤い瞳。クラレットさんは、その見た目通りパティシエをしているそうだ。
次はベルナールさん。金色のウェーブがかった髪をハーフアップにした、二十代後半くらいのお兄さんで、黒のフライトジャケットとロングブーツ。ピアスもたくさんしていてちょっと怖そう……。でもベルナールさんの傍には、常にマロンちゃんという小犬がぴったりと寄り添っている。マロンちゃんはマルチーズとシーズーをミックスしたような垂れ耳の長毛種で、最大の特徴は人の言葉を話すこと。招待状を受け取った際、ステラの魔力を強く浴びたことが原因らしい。
次はエマさん。学生だとしたら、恐らく高校生くらいの女の子。腰まで伸ばした薄桃色の髪は綿菓子みたいにふわふわと揺れていて、たくさんのフリルが装飾されたワンピースと相まって、お人形のような可愛さだ。だけどそのワンピースから覗く両足は、膝から下に金色の義足が取り付けられている。
そして最後に、私が逢生くんだと思った男の子を紹介――されるはずだった。しかし彼はステラの言葉を遮るように「ご馳走様」とだけ話し、食器を下げて立ち去ってしまった。
「あっ!待つでふ、アオイ〜!」
ステラが慌てて追いかけていく。だけど、私はその言葉だけで十分だった。『アオイ』くん。やっぱりあの子は、行方不明になっている水上逢生くんに違いない。
「行っちゃったでふ。相変わらず口数が少ない子でふね~」
とぼとぼとステラが戻ってきた。纏っている空気がしょんぼりしている。寂しがり屋と教えられたからか、アオイくんに素っ気なくされたことで拗ねているようにも見えて、なんだか可愛らしい。……中身のことは考えないようにしよう。
それからステラは気を取り直して、アオイくんについて教えてくれた。一年前に私と同じ地球から招待された十三歳の男の子。思った通りだ。アオイくんは行方不明になったとされるあの夜に、私が受け取ったのと同じ、ステラの招待状を手にしていたのだ。
「実はアオイくん、一年も経つのにあまり皆とお話してくれないのですよ~」
アカリちゃんは心配そうに、アオイくんが出ていった食堂の出入り口へ視線をやる。
「この星では人間も、魔族も、それ以外も、皆で仲良く助け合うことがルール。それさえ守ってくれるなら、お城の中で自由にしてくれて構わないのですけど~」
はぐれ星はまだまだ未開の星であるため、招待されたはぐれ者は外出をせずお城の中で過ごしているそうだ。だからきっと、アオイくんは今もこのお城のどこかにいるはずなんだけど……。
「トトリちゃん、同郷のようですし歳も近いですから、アオイくんとも仲良くしてくれたら嬉しいです~」
――うん、今そう言われる気がしてた。アカリちゃんって何だか学校の先生みたいな雰囲気があるなあ。もちろん私としても、アオイくんのことは気になる。でも招待状を受け取るための条件を考えると、彼は『居場所をなくしたはぐれ者』だったということになる。もちろんここにいる他の皆も……。それなのに、たった三十日限定の『はぐれ者もどき』である私が、アオイくんや皆と何を話せばいいのだろう?仲良くなるってどうすればいいんだろう?頭の中ではいろんな考えがぐるぐると巡っているのに、何ひとつ言葉になって外へ出てきてはくれなかった。すると、黙り込む私を気遣ったのか、テオさんが声をかけてくれた。
「まあ、ここに招待されてる時点で、皆いろいろあるからな。特にアオイくらいの年齢なら、歳の近い女の子は逆に話しにくいかもしれないだろ。だからトトリちゃんはそんなに気にしなくていいよ。全く会話にならないとか、何か問題行動があるとか、そういうんじゃないからさ」
「わ、わかりました。えっと、皆さん短い間ですが、よろしくお願いします」
言いそびれていた挨拶を終えると、フェザーさんが朝食を運んできてくれた。ベーコンとスクランブルエッグ、チーズトーストに温めたミルク。パン派の私はまたお母さんを思い出したけれど、今度は泣かずに食べ終えた。
*
朝食後、洗い物をするフェザーさんを手伝おうとキッチンへ向かった。家では毎日、お母さんの手伝いでお皿を拭いたりしていたから。キッチンは水道、コンロ、冷蔵庫……それらに似た設備が整えられていて、自分の家で見慣れた造りになっている。電気はないみたいだけどどうやって動いているんだろう?不思議そうにキョロキョロしていると、フェザーさんが教えてくれた。
「アオイも初めて見たとき同じ反応していたわ。あの子、ここへ来て一番心配していたことが電力だったの。スマホ?っていう道具を使うために必要なエネルギーなんですってね」
そういえばアオイくんは食事中もずっとスマホを眺めていた。一年も経つのに充電が切れていないなんて不思議だ。
「このお城はステラの魔力で維持されているのよ。まだまだ自給自足でまかなえるほど、整っていないから。――よし、後片付けも終わったし、答えを教えてあげるわね」
そう言ってフェザーさんが案内してくれたお部屋には、虹色に光る大きな結晶が大切に保管されていた。部屋の中央で不思議な輝きを放っている。
「これはステラの力の結晶。魔法石っていうの。ステラは三十日に一度、自分の魔力をこの魔法石に溜めて、お城の維持に必要な様々なエネルギーとして、皆で使えるようにしてくれるのよ」
「わあ……綺麗」
「なんでもかんでも叶えてくれるわけじゃないけど、望んだものをある程度与えてくれる。アオイはきっと電力をここから貰っているのね。私も綺麗な水や料理に使う食材なんかをここで調達しているわ。この力は三十日間補給されないから、大事にしないといけないけれど」
ステラの魔法は皆が生活する上で欠かせないものなんだ。魔王と呼ばれた彼の生前は、どれほど強大な力を持っていたのだろうか。
「そうだ、トトリも何か必要なものはない?欲しいと思うものをイメージして、魔法石に手を添えてみて」
「必要なもの……あ、じゃあ着替えの洋服とか」
昨晩は泣き疲れて、着ていた洋服のまま眠ってしまった。私は替えの洋服と、寝るときに着るパジャマをイメージして恐る恐る魔法石へ触れる。すると、ポンっというポップコーンが弾けたときのような音と共に、どこからともなく着替えが現れた。
「わあ!すごい!これ、家でいつも着ているパジャマと同じだ」
「ステラの力っていわゆる召喚術らしくて。だからこの着替えも、私達がイメージして与えられる他のものも、もしかしたら元いた星から届けられているのかもしれないわね」
「じゃあ今頃、家のタンスからこのパジャマ達が消えているかもしれないんだ。ふふ、ちょっと面白い」
「あら、トトリようやく笑ったわね」
「え?そ、そうでしたっけ……」
さっき頑張って笑顔を作ったつもりだったけど……やっぱり上手く笑えてなかったみたい。確かにずっと緊張と困惑で、頭の中はどうしようって考えでいっぱいになっていた。
「さっきテオも言っていたけど、何も気にしなくて大丈夫だからね。ここで過ごす三十日が、元の星へ戻った時に……トトリのこれからに寄り添ってくれるような良い思い出になっていたら、私達はきっと、それが一番嬉しい」
「フェザーさん……」
そうだ。私は三十日後この星を去る。ここで過ごした日々を、お母さんや他の誰かに話すことはきっとないだろう。これは私の内側にだけ残る、私だけの記憶になるんだ。それを私はどうしたい?このまま何もせず、時間と共に溶けて消えてしまうような、真っ白な三十日間でいいの?
「私……もっと皆と話してみたいな」
その気持ちは自然と声になって外へ飛び出していた。いつもなら頭の中で考えた後、すうっとどこかへ消えてしまう、私の本音。
「お、お別れが寂しくなるくらい、皆とたくさん思い出を作りたいです……!」
「うん、そりゃあ忙しくなるね」
フェザーさんが笑顔で私の背中をトンっと叩く。
「……でも、私友達がいなくって。どうすれば仲良くなれるんだろう」
「そうだねえ。一番大切なのは、嘘をつかないこと……かな」
「えっ?そ、それはもちろん、嘘はいけないことですよ」
「私の個人的な考えだけどね、自分の気持ちを我慢することも、嘘をつくことだと思ってるんだ。自分につく嘘だね」
「自分につく嘘……」
「そう。相手にどう思われるか、こう言ったら嫌われるかもしれない、そんな風に考えて黙り込んだり、意見を変えてしまうこと」
心当たりしかなくて、胸がきゅっとなる。
「本音を隠して相手と仲良くなれたとしても、いつか限界がきてしまう。嘘っていうのは、バレるようにできているからね。だから、最初から自分の気持ちは素直に伝えるべきなのよ。それでぶつかって喧嘩になったとしても、そうやってお互いを知って、歩み寄って、関係を築いていく……それが健全だと私は思う」
「け、喧嘩しても……?」
「そうだよ。喧嘩したことないかい?友達だけじゃなく家族相手でも同じだよ。私もテオとはよく喧嘩するわ、あの子ったら嫌いな食べ物いつも残してさ……」
「ふふ、それなら私にもある。わ、私はセロリが苦手だから……」
「そう、そうやって伝えてもいいの。そんなことで嫌われたりしないし、喧嘩したらごめんなさいで仲直りすればいい。難しく考えて何もできないことが、一番もったいないからね」
「……うん、三十日しかないんだもん。フェザーさん、私頑張ってみる」
――何もできなかった六年間は、もう繰り返したくない。
「最終日にはお別れパーティーも開催しなくちゃね。その時に全員揃うかどうかは、トトリ次第さ。食べたいものも今から考えておいて。……セロリは使わないであげるよ」
「わかりました!」
私は笑顔でそう伝える。食べたいもの、何にしようかな。家に帰ったらお母さんがクリームシチューを作っているのだから、きっとそれ以外になるだろう。
*
フェザーさんと別れ、私は自分の部屋へ着替えを置きに向かっていた。その途中でスマホを握りしめて窓の外を眺めるアオイくんを見つける。先程の決意を思い出した私は、勇気を振り絞ってアオイくんに声をかけた。
「こ、こんにちは。さっき挨拶できなかったよね。私トトリ。よろしくお願いします」
「……」
「あ、あの……?」
アオイくんは黙ってこちらをじっと見ている。黒色で少し長めの前髪に隠れた瞳からは、感情が読み取れない。自分から誰かに話しかけることが滅多にない私は、この会話をどう続ければ良いのかわからなかった。
「よろしくする必要、ないと思うけど」
――返ってきた言葉に、私は凍りついた。
「あんた三十日後に帰るんでしょ?じゃあ別に、俺はあんたと話すこととか、何もない」
どうしよう、次の言葉が出てこない。何が正解?そもそも話しかけたのって、不正解?
「……気楽でいいよね、帰る家がある人は」
そう言ってアオイくんはどこかへ行ってしまった。早くも決意が揺らぐ。――私にはやっぱり、誰かと仲良く思い出を作るなんて、無理なのかもしれない。
よたよたと重い足取りでなんとか部屋へ辿り着いた私は、そのままベッドに倒れ込んだ。他の人にはなんてことない挨拶でも、私は自分の中にあるちっぽけな勇気をかき集めて、精一杯話しかけたんだ。――だから、ショックが大きかった。
「……今日はもう、このまま眠ってしまいたい」
まだ午前中なのに、何もできる気がしなかった。
『お休みだからって、ゴロゴロしていちゃダメですからね』
頭の中でお母さんに叱られた。わかってるよ、と返事をして、起き上がる。新しい洋服に着替え、脱いだ洋服を抱えてフェザーさんに教えてもらった洗濯場へ向かった。お城の洗濯はアカリちゃんの担当で、張り切ってお城中の洗い物をかき集めていた。アカリちゃんは洗濯が大好きなんだそう。しかし、そのアカリちゃんとは対照的に洗濯を大の苦手とする人物がいた。
「いやああああああっ!」
大きな叫び声が響き渡った。私は驚きつつも、その声には聞き覚えがあった。
「ヤギさ~ん!暴れちゃダメです~!」
やっぱりステラの声だ。ステラはタライの中で泡だらけになって、必死に逃げようともがいている。
「ボク汚くないでふ!あ〜!やめてええええ〜……」
「どこがです〜!クサクサのカビカビですの〜!」
容赦なくもみ洗いをするアカリちゃん。ステラが今にも死にそうな声を出しているので――もう死んでいるんだけど――私は思わず声をかける。
「大丈夫……?」
「あ~ん!トトリ助けるでふ~!」
「我慢するですよ~!皆毎日お風呂に入るのに、ヤギさんだけほったらかしではいけませんの~!」
あ、ここお風呂もあるんだ、と私は安心した。あとで教えてもらおう。
「そんなこと言ったって、ぬいぐるみは生き物と違ってお水を全部吸い込むんでふよ!ずっしりと重くなって身動きが取れなくなる体……なんと恐ろしい!」
「はいはい~それじゃあ絞りますからね~」
慣れた手つきでステラをぎゅっと絞り、脱水するアカリちゃん。水分で重たくなり、身動きが取れないステラはされるがままだ。
「あああああ~……」
ステラを洗い終わるとアカリちゃんは他の洗濯物も洗い始めたので、私は自分の洋服を渡してそのままお手伝いを始めた。洗濯場は外にあるので、ふと視線をやるとこのお城以外に何も建物がなく、どこまでも広大な大地が広がっているのがわかり、本当に自分が別世界に来てしまったことを知る。それでも、綺麗な空気と暖かな光に包まれて心地よかった。はぐれ星は春だった。
ステラの体が乾くまでの間、私とアカリちゃんは地面に寝そべって日向ぼっこをした。空で輝き、暖かな光を地上へ届けてくれる存在。太陽と同じ役割を果たすあれは、ここでもお日様って呼ぶらしい。アカリちゃんは光の精霊だから、洗濯後にお日様を浴びるこの時間が大好きだと教えてくれた。
「光の精霊って魔族と一緒に暮らすものなの?」
自分でもびっくりするくらい、自然と口に出していた。ステラやアカリちゃんはどうもぬいぐるみ相手のように、普段の人見知りがどこかへ行ってしまう。
「実はアカリ、元々ヤギさん達とは敵対してましたの~」
「えっ」
「ヤギさん達は人間を困らせる存在だとして討伐を依頼された若者がいまして、アカリは彼と契約をして力を授けました~」
「えっじゃあ魔王を討伐した勇者って……」
「はい、アカリが力を授けた勇者……名はルーカスといいます~」
こんな話をやられた本人の前でしても大丈夫だろうか、とステラの方をちらっと見てみると、すうすうと寝息を立てている。ほっとした。……寝るんだ、魂も。
「……ヤギさんが倒されて、魔族達は人間のいる世界から一人残らずいなくなって、人間にとってはきっとハッピーエンドですね~」
そう語るアカリちゃんの横顔はなんだか複雑そうだった。
「魔族と人間……どちらが正義でどちらが悪ではなく、ただ単純に力の差がありすぎて、同じ世界で一緒に暮らせる存在じゃなかったのですよ~」
私は自分の身近な問題に置き換えて想像してみた。――例えば野生の熊が突然人里に現れたら、熊は迷子になっただけだとわかっていても、力の弱い人間側は怯えて逃げ惑い、最終的に熊を殺すだろう。だってそうするしかない。人里に熊の居場所はないのだから。
「……ステラ達は、その星に居場所がなかったんだね」
「あるいは……お互いが歩み寄る努力をする前に、人間へ魔族に対抗できる力を授けてしまったアカリのせいかもしれません~。力を持つ者はその使い方を、絶対に間違えてはいけなかったのですけど……」
「アカリちゃん……」
「うふふ、大丈夫です~!魔族と人間がお友達になれるってことは、今この星で証明してますもの~」
「友達……か」
先程のアオイくんを思い出し、胸がチクっと痛むのを感じた。歩み寄る努力……そうだ、一度そっけなくされたくらいで諦めたら、きっと何も生まれないんだ。魔族と人間も、人間と人間も。もっとお互いを知っていけば……。
「うん、やっぱり皆ともっとお話して、仲良くなりたい。お友達になりたい!」
私は立ち上がり、改めて誓う。思っていたより大きな声で宣言してしまい、隣ですやすや眠っていたステラが飛び起きた。
「……ふが?何、何?どうしたでふ?」
「えっとですね~、アカリとトトリちゃんはたった今お友達になったのです~」
「えっ……う、うん!」
「んな~!ボクが寝ている間に何してたでふ?仲間に入れてほしいでふよ!」
「うん、それじゃあ……ステラも私と友達に、なってくれる?」
「わ~い!もちろんでふ~!」
「仲良し三人組の誕生ですね~」
はぐれ星で過ごす三十日間。その一日目が過ぎようとしている。
クラスでは隅っこの机で、勉強するふりをしながら教科書で顔を隠して過ごしていた。真っ直ぐ家に帰り、どこへも遊びに行かず、お母さんを手伝ってそのまま夕食。夜はぬいぐるみ相手に『こんな風にお友達と話せたらいいのに』を実践し、明日こそと眠りにつく。けれど次の日も、結局隅っこでじっとしたまま――そんな六年間だった。
だけど今日の私は違う。たくさんお話をした。緊張もしたけどそれ以上にたくさん笑って、頬が痛むくらいだ。自分の気持ちを伝える勇気、本音をぶつけ歩み寄る努力。それは学校の勉強よりもきっと難しいけれど、最終日に花丸をもらえるように頑張りたい。だから明日も明後日も、早起きをして皆のところへ行かなくちゃ。




