綾坂と星七先輩
呆然と立ち尽くしていると、後ろから肩を叩かれたので振り返ると綾坂が居た。
ソファでの会話を聞いていたので呼ばれる前に来たようだ
このまま立っていることは許されないので、綾坂にソファを譲って自分の席に着き、握っていた100円玉を缶に入れてからタブレットのモニターを見つめる。
「ナギっちのつまんないサイン、私も見たい〜」
「これは私だけのだからダメ。自分で貰ってきな」
「えー、けち」
綾坂は納得できない様子で膨れていたが、星七先輩がポケットから新品のリップを取り出すと一気に機嫌を直して目をキラキラさせた。
「それってもしかして!」
「そ、綾坂にあげるリップ。実は持ってた」
「やったぁー!」
綾坂がバンザイしてから手を出したが、星七先輩はそれに応じず、リップの封を解く
「塗ってあげる」
「い、今はいいよ……二人っきりじゃないし」
私と麗奈先輩が同時にピクッとする。
ふ、二人きりだとしてるってこと?
百合漫画だと好感度99くらいのイベントじゃん
カメラを気にしながら綾坂は胸の前で手を振って拒否を示していたが、星七先輩の「最後だから」と言う言葉に折れて、唇を差し出す。
モニター越しに星七先輩が目を閉じた綾坂にリップを丁寧に塗っている様子を見ていると、彼女たちがキスしているような錯覚を抱く
綾坂は既に星七先輩のものなのかもしれない
胸が締め付けられる。
ここからソファまでは数歩の距離なのに綾坂が、どこか遠い所に行ってしまったかのような感覚に陥った。
「まだ目閉じてて」
リップを塗り終わった星七先輩が綾坂にそう告げてから彼女を優しく抱きしめ、自分も目を閉じる。
麗奈先輩が机を指でトントンと叩いて私に合図してくれたが、金縛りにあったかのように身体が動かない
スローモーションのようにゆっくりと二人の唇が近づき、触れる直前まで行ったが、そこで急に星七先輩が顔を上げたので、モニターに映し出されている先輩と目が合う
数秒間その状態が続いた後に星七先輩はふっと笑みを浮かべてから
キスをした。
「な、な、な、なにやってんじゃーーー!?」
「痛った!」
綾坂が星七先輩の頭にめり込むようなチョップをお見舞いする。
その様子を見て私の身体はようやく動く
「は、初めてなんですケド!?」
「明らかにキスする雰囲気だっただろ」
「感動的なハグだと思ってたし!」
「てかなんでそんな怒ってんの?私のこと好きでしょ?」
「はぁ!?なんでそうなる!?」
「御守りとかチョコくれたし」
「それはお世話になってるからあげただけだし!そんなんで勘違いしてキスすんな!」
「勘違い?サウナ行った時に「わ、わぁーーー!!」
サウナ行った時の話はダメらしく、綾坂は大声をあげてそれを遮る。
私達がカーテンを開けると彼女は麗奈先輩に訴えた。
「コイツ『禁忌』犯したんですケド!」
「もう引退してるから『禁忌』じゃないわ。星七先輩の言う通り、明らかにキスする雰囲気だったじゃない。綾坂さんがちゃんと断るべきだったわ」
「なんで私のせいになってんの!?」
綾坂が頭を抱えながら、うがーっと仰け反る
サウナで何があったかは分からないけど、一線は越えてなさそう
「そういうのはフツー告白してからするモンだから!」
「私、ガチじゃないから告白なんてしない」
「は?お、お前、何言ってんの?」
「綾坂が私のこと好きだと思ってたから記念にキスしてやった」
「ふ、ふっざけんな!私のファーストキス返せー!」
綾坂が星七先輩に抱きついてキスしようとしたので全力で止める。
「な、なにしてんの?」
「ナギっち離して!取り返せない!」
「綾坂さんからキスしたら『禁忌』になるわよ」
麗奈先輩に手伝ってもらって綾坂を星七先輩から引き剥がす。
もう一度キスしたらノーカンってどういう理屈なんだ
むしろ両想いだろ
「私も引退したら奈凪ちゃんにいっぱいちゅっちゅしてあげるね」
「刑務者の壁に好きなだけしていいですよ」
「愛の牢獄に閉じ込めてくれるの?」
「公共の牢獄に入って下さいね」
愛花先輩の就職先が決まったところで星七先輩の顔を見ると、振られたのにショックを受けている様子はない
キスする直前にカメラを見たのは私を焚き付ける為だったんだろうな
星七先輩が折角お膳立てしてくれたのに私は結婚式場に乱入して花嫁を奪うヒーローにはなれなかった。




