綾坂視点:偽りの恋人
中学二年の時、放課後に男子に呼び出された。
告白かと思ったが、夜凪の連絡先を教えて欲しいという内容だった。
このパターンは初めてでは無い
いつも通りに「ナギっちはそういうの興味ないから」と突き返してその場を後にする。
夜凪というのはナギっちの苗字
彼女は黙ってればクールに見えるから話しかけづらくて私に頼んできたのだろう
正直、話しかける勇気もないくせに、お近づきになりたいなんて虫が良すぎると思う
このまま帰ってもむしゃくしゃした気持ちは収まりそうにないから、時間を潰してからテニスコートに向かった。
今日はナギっちと帰ろ
ナギっちのせいで気分が悪くなったから責任を取って一緒に帰るべきだ
テニス部の部室の前で部員が楽しそうにわいわい騒いでいたが、ナギっちの姿は見当たらない
ナギっちは案の定、まだテニスコートに居た
フォームが気になるのか素振りを繰り返している
……なんか他の部員と浮いてるなぁ
そんな真面目にやってるのナギっちだけだよ
「綾坂?」
「やっほ」
「まだ帰ってなかったの?」
「うん、一緒に帰ろ」
「もうちょい待って」
ナギっちのフォーム探しの旅は続く
ベンチに座ってぼんやりとそれを眺めていたら「ちょっと練習に付き合って」と言われた
「え、テニスなんかした時ないよ」
走ったりするのは得意なんだけど、球技は苦手
ナギっちがテニス部に入るって言った時は一緒に入ろうかと思ったが、かっこ悪いところを見せるのは嫌なので結局止めた。
「トスしてくれれば良いから」
「後でジュース奢れヨー」
カゴに入ってたテニスボールをナギっちに放り投げるとお腹に直撃した。
「ぐえっ」
「どしたー?次いくよー」
「いや……ワンバンさせてよ」
どうやら目の前でワンバウンドさせるらしい
初めからそう言ってよ
今度は言われた通りにすると、ナギっちはスナップを効かせてボールを打ち返した。
これ、私に当たりそうで怖いんだけど…
「どうだった?」
「なにが?」
「男子に呼び出されんでしょ?」
10球目にナギっちが衝撃的なことを聞いてくるから手が滑ってまたお腹に当ててしまった。
「私の腹になんの恨みが……」
「なんでそれ知ってんの?」
「クラスの子が話してるの聞こえた」
「そうなんだ」
「告白されたの?」
「……気になる?」
ナギっちがそういうの興味がないと言ったのは断る為の嘘だけど、あながち嘘ではないと思ってた。
小さい時から一緒に居たけど、そういう話題になったことは一度も無いからだ
でも告白されたのか聞いてきたってことは恋愛に興味はあるのかもしれない
胸がきゅっとなってボールを握りしめた
「気にはなるかな」
「なんで?」
「……綾坂が誰かのものになるのはちょっと寂しい」
ラケットで顔を隠して恥ずかしそうに答えたナギっち
今度は反対の意味で胸がきゅっとなった。
「それどういう意味?」
「それ聞くんだ」
「答えて」
「綾坂が彼氏に夢中になって私にちょっかいかけてこなくなるのはやだって言ってんの!」
ネットを乗り越えて抱きしめたくなったが、ぐっと抑える。
ナギっちは恋愛的な意味で言ってない
これは親愛的な嫉妬だ
踏み込み過ぎてこの関係が崩れるのは嫌だ
でもこの心地よい関係をずっと続けるつもりもない
だから嘘をついた。
「告られたよ」
「……部活終わるまで待っててくれたのは恋人が出来たことを伝える為?」
「ううん、断った」
「そ、そうなんだ」
明らかにほっとした顔をされる。
ここまで想ってくれてるとは思わなかった。
嘘をついた癖に多幸感に酔いしれ、更に嘘を重ねる。
「告られる度に思うんだけど、断るのすっごい気力使うからしんどい」
「そんなに告白されてるんだ」
「ま、まぁね」
「綾坂は可愛いから仕方ないよ」
「か、可愛い!?」
「やっぱ可愛くない」
「訂正は認めないよーだ」
ほっぺに指を刺して密かに練習してた可愛いポーズを取る。
可愛いって思ってくれてたんだ
これはもしかするかもと思ったが、慎重で狡猾な私はもう一つ嘘をついた。
「たまにめちゃくちゃしつこい奴とかもいるからね」
「ええ、大丈夫なの?」
「心配なら守ってよ」
「いいよ。今度呼び出されたら私も着いてくよ」
「そうじゃなくて……」
ネットを潜って抜け、ナギっちの側に寄り、手を後ろ手に組んで顔を近づけた。
「恋人になって」
暗くなってきたのでナギっちの表情は良く見えない
臆病な私は拒絶されないうちに早口で捲し立てた。
「ナギっちが私の恋人になってくれれば告白されないじゃん。告白される度にボディガードとして着いてくるより楽っしょ?」
「恋人のフリするってこと?」
「う、うんそういうこと」
「いいよ」
「うぇっ!?」
案外あっさり了承してくれたので、変な声が出た
どういう表情をしているのか気になってもっと顔を近づける。
「近いんだけど」
「恋人なんだからいいじゃん」
「恋人のフリでしょ」
「ふふっ遠くから見たらキスしてるように見えるかもね」
「綾坂のばか」
「二人っきりの時は結衣って呼んで」
「なんで?」
「恋人だから」
嬉しさのあまり身体が自然と左右に揺れる
結衣と言うのは私の名前だ
私を下の名で呼ぶのは家族しかいない
大切な人にしか呼ばせたくないから、ナギっちにすら名前呼びは許さなかったが、本当の恋人になる過程として許可してやる
「ゆ、結衣」
「ナギっち」
「あ、私の呼び方はそのままなんだ」
「ナギっちはナギっちのままでいーの!」
ナギっちと呼ぶのは私だけだから、他の人と同じ呼び方はしたくない
だってナギっちは私のトクベツだから
そんなこんなで私とナギっちの擬似恋人生活が始まった。
今まで以上に一緒に居て、なるべく恋人同士に見えるように振る舞っていると、クラスの子から「付き合ってたりするの?」と冗談混じりに聞かれたから唇に指を当てて「ひみつ」と答えた。
放課後のテニスコート
ベンチに腰掛けてラケットのテープを変えているナギっちの横に座る。
二人でここでまったりするのはいつしか習慣になっていた
「結衣もなにか部活やれば?」
「えーやだ」
「毎回、部活終わるまで待っててもらうの悪いよ」
「もう三年になるし、今から入ってもナー」
「それはそっか」
テープを巻き終えたナギっちは、古いテープをポッケに入れようとしたが、思わぬ乱入者が現れてそれは阻まれた。
「それどうするんすか?」
「捨てるけど」
「じゃあ欲しいっす」
「もう使えないよ」
「それでも欲しいっす」
ナギっちが古いテープを渡すと、乱入者の後輩は嬉しそうにそれを受け取った。
アイツ、私のナギっちに気がありそう
目でどっかいけと合図したが、後輩はきょとんとしていて伝わらない
ナギっちが「暗くならない内に帰りなよ」と声を掛けてようやく去って行った。
「テープ欲しがるとかキモくない?」
「そう?」
ナギっちは全く気にして無さそうだ
なんでキモいか説明するのは嫌なので、話題を変えることにした。
「今日さ、クラスの子にナギっちと付き合ってるの?って聞かれたよ」
「なんて答えたの?」
「ひみつって言った」
「それだとホントに付き合ってるみたいじゃん」
「嫌?」
「私はいいけど、結衣は大丈夫なの?」
「と、言いますと?」
「変な噂になるかもしれないよ」
「今更何言ってんの?そうなるのが目的で付き合ってんじゃん」
ナギっちの腕を組む
擬似恋人関係になってから何度もやってきた動作だ
あの後輩の前でやれば良かったな
「そうだけど、本当に好きな人にも告白されないよ?」
「そんな心配しなくていい」
ナギっちの肩に頭を乗せる。
確かにその懸念点はある
このまま偽りの恋人のままじゃ本当の恋人になれない
ここで満足しないで本当の恋人になるんだ
三年の春
ついに私はもう一歩踏み込んだ
いつものテニスコートで平然を装って切り出す。
「もうすっかり恋人同士だと思われてるよ」
「そっか」
「女同士だから変に言われるかと思ったけど、意外とそんなでもないね。多様性の時代だからかな?」
「さぁ」
「……ナギっちは女と恋愛出来る?」
「女に興味ない」
景色がぐにゃりと曲がり、空が落ちてきた。
ナギっちは私の様子に気づかず立ち上がって散らばったボールを片付け始めた。
三年の夏
性別という抗い難い理由で失恋した私に更に追い討ちがかかる。
「好きな人が出来た」
「……そっか、じゃあ別れよっか」
「ごめん」
「なに、マジな顔してんの?元々付き合ってないじゃーん!」
「…うん」
「これからも友達でいてよ。恋人出来たら教えてよねー」
「ありがと、綾坂」
苗字呼びが胸に突き刺さったが、顔に出さずにナギっちの肩をぽんと叩いてから背を向けて涙が頬を伝わらないように走り出した。
前兆はあった。
三年の春からナギっちの様子が変わった。
明確に何かあったわけじゃないのにそっけなくなった
好きな人が出来て私の存在が煩わしくなったのかもしれない
それから二人は疎遠になって綾坂結衣ちゃんの初恋は完全に終わりましたとさ
めでたしめでたし
自室のベットの上で回想を終えた私はナギっちが今日の気分転換で行ったゲームセンターで取ってくれたウサギのぬいぐるみを抱きしめた。
早速着ているモコモコパジャマと同じ淡いピンクだからウサちゃんと私が姉妹みたいだ
今思えば、好きな人って『お姉さま』のことだったんだな
女に興味ないって言ってたじゃんばか
でも『お姉さま』に出逢ったのが夏なら、なんで春に私にそっけなくなったんだろう?
とにかく私の初恋は終わってなかった。
それどころか今日で成就されると思ったが、それは浅はかな勘違いだった。
告白されると勘違いしたのは悪いけど、ナギっちも悪くない?
恋愛ドラマで恋人のフリから本当の恋人になるのは定番じゃん
ちょっとくらい私に気があるのかな?って思わないもんかね?
屋上でキスしそうになったり色々やってんだから少しくらい気づいてよ!
「……好きっ、ナギっちのことが大好き」
ウサちゃんに向けて、今日伝えられなかった言葉を呟いてから部屋の電気を消してほろ苦くて微かに甘い誕生日を終えた。
綾坂結衣の初恋はまだ終わらない




