自ら檻に入る獲物
詩織さんの部屋
ベッドの端に並んで座ると、詩織さんは頭を私の肩にもたれた。
カノジョじゃん
「やはり私達は運命で結ばれていたのですね」
運命ではない
私は王様のクジがどれか分かっていた。
だから運命ではなくて私が自分で選択したことだ
夕飯前に『お姉さま』が好きだから詩織さんの部屋に行かないと決めた
でも五番のクジを握りながら私に嘆願した詩織さんの真剣な表情を見たら、もっと真摯に向き合わないといけないと思った。
「……抱きしめてくれますか?」
「うん」
詩織さんを抱きしめる。
ソファの上じゃなくてベッドの上
今の私達の間に100円は存在しないから部員と『お嬢様』の関係は成立しない
私のスマホの着信が鳴ったが、無視して抱きしめ続けた。
堕ちてるなと他人事のように感じる。
「続きをしますか?」
「続きって?」
「……奈凪さんに私の全てを見てもらいたいです」
「ま、待って」
詩織さんが脱ごうとしたので、慌てて止める。
脱ごうとする人と着せようとする人の不思議な攻防が続いたが、なんとか勝利した。
腕力で勝ったの久しぶり
「裸を見るだけでは『禁忌』に値しませんよね?」
「それはそうだけど、お風呂とベッドじゃ脱ぐ意味が違ってくるじゃん」
「どう違うのですか?」
「どうって……分かってる癖に」
暫く詩織さんは色素が薄い瞳で私を見つめていたが、思い立ったかのように手をぽんと叩いた。
「ではこうしましょう。私は電気を消した後に脱ぎます。その後に一緒にベッドに入って抱き合って寝る。これでどうですか?」
「改悪案!」
「どこが不満なんですか?」
「全部!」
そういうことをする前に電気を消すって部室に置いてある百合漫画で知ってるんだからね!
余談だけど百合漫画って表紙を見ただけでは、どこまで関係が進むのか分からないから、キスした後にスカートの下に手が伸びるとびっくりしちゃうよね!ホントに余談だね!
「裸の詩織さんと寝たら理性が持たないよ。正直に言うと、脱衣所で詩織さんの身体を見ていた時、触りたいなって思ってた。だからそんなことしたら『禁忌』を犯しちゃうよ」
監視カメラが無い空間のせいか、自然と本音が出た。
思えば詩織さんと本当の意味で二人きりになったのはこれが初めてだ
「……前から思っていたのですが、なぜボランティア部の皆さんは、そんなに『禁忌』に固執するのですか?」
「破ったら退部になるんだから守るのは当たり前じゃん」
「愛する人と想いを遂げられないくらいなら『禁忌』なんて守る必要はありません」
詩織さんの言葉はもっともだ
好きな人の前では『禁忌』なんてただのラミネートされた紙切れに過ぎない
だから私は『禁忌』を犯せない、『禁忌』を犯すことは好きな人を諦めることを意味するからだ
それを詩織さんに説明する為にこの部屋に来た。
「私の場合『禁忌』を犯したらその愛する人と会えなくなるんだ」
「……その言い方だと奈凪さんの愛する人は私ではないようですね」
詩織さんは悲しそうな顔をしたが、それでも私から目を離さない
最初に会った時はちょっと影がある子だと思ったが、実は芯が強い
「同じ部員の綾坂さんと離れたくないから『禁忌』を犯せないのですね」
「え、なんで綾坂の名前が出てくんの?」
「違うのですか?」
「うん、違う。その人のこと私は『お姉さま』って呼んでる」
「年上の愛花さんのことでしたか……指を舐めた時の奈凪さんの雰囲気に違和感を感じたのはそれだったのですね」
「ち、違うよ。なんか変な感じだったかな?そんなことないけどね」
「はっ、まさか『お姉さま』とは実のお姉さまのことでしょうか?」
「それも違うって。てか、姉がいること言ったっけ?」
「……それは置いといて、奈凪さんの愛する人とはどなたでしょう?」
「実は顔も名前も知らないんだ」
「インターネットでの恋愛は危険だと思います」
「ちょっと一旦黙っといてもらえるかな!?」
説明が全然進まない
めちゃくちゃ考察してくる
奈凪さん考察系ユーチューバーかよ。
詩織さんにしーってしてから『お姉さま』との出会いを説明する。
今度は話終わるまで黙って聞いてくれた。
「……素敵ですね」
そんな感想が出てくるとは予想してなかった。
ボランティア部に話した時はもっと違う反応だった。
肯定されたのは初めてだから嬉しくなる。
「そ、そうかな?」
「私も奈凪さんに優しくされてすぐに恋に落ちましたから気持ちは痛いほど分かります」
「詩織さんには誰でも優しくすると思うけど」
そういえば詩織さんが私なんかを好きになったきっかけってなんなんだろう?
「偽りの善意はいりません。家や学校で良くしてもらっていますが、それは私が裕福な家の者だからです。奈凪さんは打算なく話しかけてくれて、抱きしめてくれた。だから私は貴女に惹かれたのです」
それはたまたま私が部員として『お嬢様』の詩織さんを抱きしめたからだと言おうとして口を噤む
たまたま駅で抱きしめられた『お姉さま』を好きになった私に詩織さんを否定する権利はない
ううん、人を好きになった理由を否定する権利なんて誰にもない
「詩織さん」
「はい」
「私を好きになってくれてありがとう」
詩織さんに抱きしめられる
今までで一番強い抱擁だ
「振るおつもりですか?逃しませんよ」
「そんなつもりは無かったけど、いいの?」
「ええ、諦めません。奈凪さんに私のことを好きで好きで堪らなくさせてみせます。『お姉さま』には負けません」
電気を消してベッドの上で抱きしめ合う
勿論、詩織さんは服を着たままだ
「先程は申し訳なかったです」
「何のこと?」
「少し焦っていました。奈凪さんに強引に誘惑してしまいました。綾坂さんのこと批判する資格ないですね」
綾坂のこととは屋上でのやりとりを言っているのだろう
あの時の詩織さんのキスはお互いが好きで好きで堪らなくなって、言葉だけじゃ気持ちが伝えきれなくなった時にするものだ、と言う台詞を思い出した。
次にキスするとしたらそんなキスをしたい
「今でも十分、誘惑されてるけど」
「ふふっ、奈凪さんも誘惑しています。これでも耐えているんですからね」
誘惑という言葉にはっとする
月明かりに照らされた詩織さんの綺麗な顔が見えるということは彼女からも私の顔が見えている。
今の私は誘ってる顔をしているかもしれない
「……その顔嫌いです」
笑顔を作ったら、詩織さんは私から離れて背中を向いてしまった。
そういえば、ソファの上で笑顔を作ると彼女はいつも目を逸らしていた。
「私の周りはそんな顔ばかりです。作り笑いはもういらない」
「こ、これには訳があってさ」
「どんな訳があると言うのです?」
「私って誘ってる顔する時あるらしいんだよね。詩織さんがそれ見て『禁忌』犯しちゃうかもしれないから、そういう顔しないように笑顔になってるの」
「私が耐えきれなくなった時ありますか?奈凪さんが私にキスしそうになった時はありますけど、私からはありませんよね?他の女と一緒の扱いしないで下さい」
「そうだね。ごめん」
謝ったが、詩織さんの姿勢は変わらない
肩を触ってみたが振り解かれてしまった
かなり怒ってる。
「ソファの上でそれされるのはまだ理解出来ますけど、今は『お嬢様』じゃないですよね?それとも今も『お嬢様』のおつもりなのですか?」
「ホントにごめん、なんでもするから許して」
「もういいですから床で寝て下さい」
オロオロしていると一緒に掛けていた布団を奪われたので、仕方なく床に降りる。
幸いなことにフカフカなカーペットが敷かれていたのでそこに横になった。
「……なんでもすると言いましたよね?」
やっぱ寝てるんじゃなくて朝まで土下座するべきなのかなと思い始めたところでベッドの上から声が降ってきたので反射的に正座になって答えた。
「じょ、常識的な範囲で」
『禁忌』という言葉を使うと、また『お嬢様』扱いするなと怒りそうなので言葉を選んだ
「奈凪さんの初めてを下さい」
「そ、それは常識的な範囲とは言えないのでは?」
詩織さんは黙って布団を捲った
有無を言わせない圧力に屈して布団の中に入り、さっきみたいに横向きになると、彼女に肩を押されてて仰向けにされた。
「目を閉じて下さい」
言われた通りに目を瞑ると、詩織さんが私に覆い被さってきた。
ねぇ、これどっち?どっちの初めてのつもりなの?
詩織さんの顔が近づいてくる気配がした。
どうやらそっちのつもりらしいが、そっちでも『禁忌』に触れてしまう
唇が触れる間際にまたスマホが鳴ったので、詩織さんの動きが止まった。
今ならまだ間に合う
この隙に目を開けて詩織さんを離すべきだ
でも私はそれをしなかった
ぎゅっと目を瞑ったままじっとしていた。
「今日はこれで許してあげます」
詩織さんにキスされた所をそっと触る
一秒にも満たない時間だったのになんだか熱く感じた。
「奈凪さんのファーストほっぺを貰っちゃいました」
「ファーストほっぺってあるの?」
「ファーストおでこがあるのだから、ファーストほっぺもありますよ」
「そっか」
「奈凪さんのほっぺは私のものです」
「ソファの上でするつもり?」
「ソファの上ではしません」
「ならいっか」
「これから少しずつ奈凪さんの一部を貰っていって、最期には全部私のものにします」
詩織さんが悪戯っぽく笑ってから私から降りて布団を掛け直してくれた
どちらかともなく抱き合う
一部どころか一度に全部あげる覚悟が目を瞑った時にはあった。
この夜、私は気持ちの上で『禁忌』を犯した。




