第15話 最初の一歩
『揉め事があったと聞いて、外に出て聞いてたんだ。……中々声を掛けるタイミングがなくて、申し訳ない』
忠司は少し気まずそうに頭をかき、ぺこりと頭を下げた。
『ちょうど今さっきから、会議室で警察や消防、市の職員とかも呼んで話をしてたところだったのよ。
……いわゆる“消えた避難民”についてね……ね? 校長?』
幸がひょっこりと顔を出す。
『……はい。ですが、一旦その話は置いといて……』
信介が一歩前に出て、整備チームの方を向いた。
『まずは、軽トラの整備お疲れ様でした。
トラクターに続いて軽トラまで復活させてしまうとは……整備チームの皆さんの技術力には感服いたします。ありがとうございました』
そう言って信介は深々と頭を下げる。
それに続いて整備チームの面々や裕太、彰宏も頭を下げ返した。
『先程の皆さんの意見も、途中からですが聞かせてもらいました。
我々としても他の避難所の事が気掛かりだったのは事実です。
しかし、裕太さんのおっしゃる通りリスクが高く、まずはこの避難所の人命や運営に関わる事を優先せざるを得ないのが実情でした。
色々とご不便や心労をかけて、誠に申し訳ございません。
ですが、皆さんのお気持ちを蔑ろにするつもりは一切ありません』
信介は落ち着いた声で、その場に集まった避難民一人一人の顔を見渡しながら呼び掛けた。
『軽トラが復活した事によって、トラクターでの物資調達よりも遥かに早く、そして遠くまで行って帰ってこられるようになると思います。
しかし、それは燃料が確保できればの話で、燃料がなければ宝の持ち腐れ……。
そしてその燃料を取りに行くには、それ相応のリスクがあると。
つまりはそういう事ですね?』
『はい……その通りです』
裕太が答える。
『なるほど。……市街地郊外への物資調達が始まって何日か経ちました。
避難民の皆さんの協力もあって、日々沢山の物資が運び込まれています。
ただ……どうしてもその中身に偏りがあるようなんです』
信介はそう言うと、忠司の方を見る。
『……校長のおっしゃる通りです。
子ども用のオムツやサニタリーをはじめ、医薬品類や生活雑貨、
それにインフラ関係の技術者さんたちが必要としている専門の物品に至るまで……
それらを近隣の民家や社屋、倉庫などから調達するには限界があります。
会議では元々、市街地中心部までの探索も視野に入れていましたが……
やはり非常に危険を伴うとして、未だ実行には至っていません』
忠司は避難所で必要とされる物と、実際に持ち帰った物資の管理を担っている。
ゆえに実情には誰よりも詳しかった。
『……幸いな事に、物資調達が始まって以降、今のところ大型の野生動物と遭遇し襲われたケースはありません。
ただし、目的地が市街地中心部となれば話は別です。
ここ近辺で獣害による被害が一番深刻だったのも市街地。
最後にラジオで流れたニュースでも、全国的に都市部や市街地といった人口密集地に被害が集中しているようでした。
そして原因は不明ですが、避難誘導後の人がいなくなった街に、野生動物たちが未だに留まっている様子が確認されている、と。
まるで……我々人間の住む土地を奪うかのように』
信介は遠く、市街地の方へ目を向けながら語る。
『しかし……いつか救助が来るその日まで、ここで自力で生き残ると決めた以上、
これ以上リスクを避けて通る事は不可能でしょう。
それではいずれ避難所の運営も立ち行かなくなり、自分で自分たちの首を絞める事になります』
『確かに、このままだと……いつかそうなる未来が来ると思います……』
裕太も同じ方向を見やり、静かにうなずいた。
『どうでしょう……これを機に、少しリスクを冒してみるというのは?』
『え……?』
裕太と彰宏は同時に顔を上げる。
『なにも今すぐ市街地に向かいましょうとは言いません。
まずは手始めに、燃料確保のために近場のスタンドへ行く、というのは?』
『そ、それって……』
彰宏の顔に、僅かながら希望の色が差す。
『これは我々、避難所運営からのお願いです。
どうか……ガソリンスタンドへの燃料確保と道中の護衛、そして周辺の避難所の安否確認を引き受けていただけませんか?』
信介がそう言うと、他の役職者もうんうんと頷いた。
二人は少しの間、お互いの顔を見合わせ、その意思を確かめるように小さく頷き合う。
『……行きます!』
裕太と彰宏の声が重なった。
『うおおおおー!』
『ついに行くかー!』
『いよいよだな!』
『気をつけるんだよ!』
歓声が湧き起こる。
『頼んだぞ? 我らがハンター様よ!』
浩平が裕太の肩に抱きつき、胸に拳を当てた。
『……ってーな! 離れろよ!』
『なんだよビビってんのかー? いつものクールなお前はどうした?』
『当たり前だろ! 何が出るか分かったもんじゃねぇ』
『安心しろ! 実は秘密兵器作ってたんだよ、こんな時のためにな』
浩平は不謹慎そうにニヤニヤ笑う。
『秘密兵器……? てゆーかお前も行くんだからな?』
『はあぁぁ!? なんで俺も行かなきゃなんねぇんだよ!』
『ドライバーがいるだろ』
『お前が運転しろよ!』
『途中で動かなくなったらどうすんだよ! そのためにお前も一緒に行くんだよ!』
『てめぇー……わざわざそんなフラグ立てんじゃねぇって!』
『ぶっ……! あっはっはっは!』
二人のくだらないやり取りに、周囲は笑いに包まれた。
ほんの少し前までの空気が嘘のように、それぞれが穏やかな表情を浮かべる。
しかし、普段よりもリスクを取る行動であることに変わりはない。
その事実を、皆が肌で感じていた。
『なになに? どうかしたんすか?』
校舎から直樹たち高校生が、小さい子どもたちを引き連れて外に出てきた。
『わあー! これパパたちが直したの? すごーい! オンボロ! あはははは!』
『こら陽莉! 危ないから外には出ちゃダメって言ってるだろ! ママに怒られるよ?』
直ったばかりの軽トラを前に、子どもたちはテンションが上がって周りを走り回り、ベタベタと触ってはしゃいでいる。
『すいません……外で皆さんが集まってるのを見つけたら、外に行きたいって聞かなくて……』
葵が申し訳なさそうに傑へ頭を下げる。
『いやいやこちらこそ面倒見てもらって……ちょっとだけだからなー?』
傑はそう言いながら陽莉を抱き上げ、軽トラの荷台に載せた。
『ずるーい!』
『わたしも載りたい!』
『はいはい、順番だよー』
陽莉が荷台に載せられたのを見て、他の子どもたちも口々に騒ぎ始める。
高校生たちは大人の邪魔にならないよう、再び遊び相手を続けた。
『はっはっはっ! 元気でよろしい!』
信介は楽しそうに子どもたちの姿を見守る。
『この子たちの未来だけは……絶対に守ってあげないとね』
幸はどこか懐かしそうな目で子どもたちを見つめながらつぶやいた。
『校長先生! ひよりたちもお外出たい! 大人ばっかりずるい!』
『こら陽莉、何言ってんの!……すいません、校長先生』
『うーーん、そうですねぇ……次の会議で子どもたちの外遊びも検討してみますか?』
信介が忠司に尋ねる。
『そうですね……子どもたちも中ばかりにいてはストレスが溜まるでしょうし、色々と条件付きで検討してみましょう』
忠司は苦笑しながら頭をかいた。
『ほんとー!? やったー! いつからいつからー?』
『まったく……すいません、皆さんありがとうございます』
傑は陽莉に手を焼きながら、役職者たちに頭を下げた。
『それで……何の話してたんですか?』
直樹が裕太に尋ねる。
『この軽トラでバイパス沿いのガソスタまで行って燃料調達して、ついでにその近くの避難所の安否確認するんだよ』
『ええぇ!? マジっすか!?』
『マジ。校長先生たちからも正式にお願いされたからな』
『うおおおほおぉぉ! すげぇー! クエストみたいじゃないすか! メインクエスト受注したんすね!』
『うるせぇ! どんだけアホなんだよ、遊びじゃねぇんだぞ』
はしゃぐ直樹の頭を、裕太が軽く小突く。
『くくく……ゲーム好きなんだね直樹くん……』
彰宏はその様子を見て、堪えきれず笑みをこぼす。
『はい! それで、誰が行くんですか?』
『俺と浩平と……彰宏さんも来ますよね?』
裕太が意思を再確認する。
『もちろん!そうと決まれば色々と準備しないとですね…水や食料も分けてあげたいし、医薬品なんかも必要か…ちょっと見てきますね!』
『あ、ちょっと彰宏さんストーップ!またそうやって先走って!』
走り出そうとする彰宏を浩平が制止する。
『いつもの悪い癖だよ。行動力は認めるけどさ…』
忠司は、またか…と言う顔で苦笑している。
『あ…すいません、つい』
彰宏も、またやってしまった…という顔で申し訳なさそうに笑って誤魔化す。
『でも確かに彰宏さんの言う通り、他の避難所の様子見に行くのに手ぶらで行くってのも…』
裕太がそう言いかけたその時、鼻先を何かが冷たく濡らした。
『あっ…』
『うわ、マジか!』
『あちゃー…』
『どうりで寒いと思ったわ』
それは一つ、また一つと空から舞い降り、何かに触れては消えていく。
避難民たちは皆、それに手をかざし、無意識に空を見上げていた。
『うわあーー! 雪だ!!』
子供たちの歓声がその場の空気を明るく揺らすが、大人たちの表情はどこか浮かない。
『…色々と急がないとなりませんね……』
そう呟いた忠司の言葉に、大人は無言で頷くしかなかった。




