第8話 加速する違和感と広がる歪
「あら? どうされたのでしょうか?」
額から汗を流したまま固まる冬夜を見たヒイロが、笑みを浮かべて問いかける。
「い、いえ……何でもありませんよ」
指摘を受けた冬夜が平静を装いつつ、声を絞り出すように答える。
(落ち着け……まだ何も聞いていないし、聞かれていない。だけど、すべてを見透かされているような錯覚に陥るのはなぜだ?)
「ふふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。私に聞きたいこともあるでしょうし」
こわばった表情で固まる冬夜に対し、優しく語りかけるヒイロ。表情と口調は優しく見えるが、彼を見つめる瞳は一切笑っていなかった。ヘビに睨まれた蛙のように体が硬直し始めた時、彼の右手に温かい感触が伝わった。
(え? なんだろう……この安心するような暖かさは)
手に伝わる感触で我に返った冬夜が隣を見ると、笑顔で手を握るメイの姿が目に入る。その様子を見て思わず口を開きそうになると、彼女は小さく顔を左右に振る。
(……ありがとう)
心の中で呟いて目を閉じると、小さく深呼吸をする冬夜。気持ちが落ち着いたところでゆっくり目を開くと、まっすぐこちらを見るヒイロに問いかける。
「そうですね……では、いくつか質問させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、大丈夫ですよ。何からお答えいたしましょうか?」
まるで待ち望んでいたと言わんばかりにヒイロは目を細め、鋭い眼光を冬夜に向ける。
(……相手のペースに飲まれるな。一つ一つ整理していくんだ)
突き刺さる視線に怯むことなく、まっすぐヒイロを見つめ返すと一呼吸おいて口を開く冬夜。
「ヒイロさんは母の友人とお聞きしましたが、どのようなご関係だったのでしょうか?」
「どこから話したら良いのか悩みますが……順を追ってお話いたしましょう」
冬夜の問いかけを聞いたヒイロは少し寂しそうな表情を浮かべ、俯きながら話し始める。
「ルナと出会ったのはまだ幼かった頃……複雑な家庭の問題を抱えていて、行く宛てもなく街を彷徨っていた時に手を差し伸べてくれました……」
「そうだったのですね……」
「ええ、どこの誰かもわからない私を保護してくれて……短い間でしたが、彼女の家で一緒に幸せな時間を過ごしておりました」
懐かしむように遠くを見つめながら話すヒイロを見て、冬夜の脳裏にある疑問が浮かび上がる。
(あれ? 以前レアさんから、幼少期に一緒に過ごしていたような気がするが……どういうことだ?)
眉間にシワを寄せて考え込む冬夜のことなど気に留めることもなく、ヒイロは話を続ける。
「人を信じることができなくなっていた私に対し、とても優しく接してくれました。時には思いっきり怒られたこともありましたが」
「なるほど……幼少期の母さんはそんなに面倒見が良かったのですか?」
話を聞いていた冬夜が何気なく問いかけると、ヒイロは少し困ったような表情を浮かべる。
「うーん……一緒にいたときのルナは明るくて、お姉さんみたいな性格でした。おそらく私がかなり人間不信に陥っていたのもあり、自分がしっかりしなきゃと張り切っていたのもあるかもしれませんね」
(ちょっと待て……レアさんから聞いていた話と、ずいぶん違うぞ?)
冬夜の脳裏に蘇ったのは、出会った時は完全に心を閉ざし、会話もままならなかった――と語っていたレアの話だった。
(どれが本当の話なんだ……)
わけがわからなくなった冬夜が、意を決して声を上げる。
「お話の途中ですいません。どうしても引っかかることが多くて……ヒイロサさんが仰られるような活発で好奇心旺盛な明るい性格で間違いありませんか?」
話を遮って食い気味に問いかける冬夜に対し、驚いたような表情になるヒイロ。
「え、あ、そうですね。ルナはとても明るい性格をしてました。何かおかしな点でもあったのでしょうか?」
「おかしな点と言うか、自分が聞いていた母さんとずいぶん食い違いがありまして……実は俺には母の記憶がほぼ無いんです。物心つく前に病気で亡くなってしまいまして……」
困惑した様子で聞き返す冬夜の様子を見て、ヒイロが顎に右手を当てて考え込む。
(ルナが病気で亡くなったですって? そんなことがあるわけが無い……だって、彼女は……)
難しそうな顔で考え込むヒイロに対し、冬夜が恐る恐る問いかける。
「ヒイロさん、どうされたのでしょうか……俺、なにかおかしなことを言いましたか?」
「……いえ、ちょっと引っかかることが多くて……私の方から聞きたいのですが、ルナは本当に病気で亡くなったのでしょうか?」
「親父とじいちゃんたちからそう聞いてます。あと、主治医だった同級生の方からも聞いたので間違いないと思います」
冬夜の話を聞いたヒイロが無言で俯くと、再び考えを巡らせ始める。
(彼が嘘を言っているとは思えない……だけど、私の考えが正しければ、誰かが真実を隠している。でも、何のために?)
眉間にシワを寄せているヒイロに対し、少し困ったような表情で問いかける冬夜。
「あの……何かおかしなことを言っちゃいましたか?」
問いかけられた言葉を聞いて、我に返ったヒイロが慌てた様子で口を開く。
「いえ、何でもありませんよ。ちょっと自分の記憶とは違う点がいくつかあったので、考え事をしていただけですから」
何かを隠すように笑顔を無理やり作り、誤魔化そうとするヒイロ。
この直後、冬夜が放った一言により、室内の空気が一変することになろうとは……
最後に――【神崎からのお願い】
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