78. 捕らわれた者達
バッタの襲来から十一日目。たった十一日だ。けれども市民の不安は日毎に大きくなる。荒れたままの街路樹が、何もない畑が人の心に影を落とす。それは予測出来ない速さで広まり、城の門番に詰め寄る人間を増やした。
「早く街を元通りにしろ」
「精霊様を怒らせたのか?早く何とかして」
「食料はこれまで通り買えるのかしら。買えないなら、配給してよね」
この街に集団を招いた私、カーヴェル・クライネシウスは思う。なんて勝手な人達だろうと。国が崩壊し難民となる前のこの人達は、それなりの暮らしをしていた。飢える事もなく日々を過ごす。それが何時しか国内にいざこざが起き、貴族が小競り合いを始めた。
税収は重くなり人々は路頭に迷い始める。あちこちで争いが起き平穏に暮らせなくなっていた。私は旅人だったのでそのまま立ち去ろうと決意した。だが、その頃には国を出る人への制限が厳しくなっていた。私は国民ではないと言っても順番に処理をするとの一点張りだった。
ようやく街を出た後に暴動が起きたとの知らせが耳に届く。国を出た人は近隣の国を目指した。
多くの人が列をなし歩いていた。しかし暴動の知らせを受けた各国は、余所者を受け付けなかった。私も難民となった彼等と共にさ迷う羽目になった。
何処にも行けずにさ迷う人々は腹をすかし、森を目指した。近年まで何人たりとも立ち入れぬ、罪深き帰らずの森と呼ばれていた場所だ。そこに新しい国が出来、繁栄していると噂された。曰く精霊の創った奇跡の国。食料と精霊の加護を与えられるべく、深い森へと分け入った。
だが帰らずの森だけある。初めは凶悪な魔物だけだったが、奥に進むにつれ白い猿が現れた。嘗ては大国の住人であったと噂される白き民。それはたちまちに集団に混乱をもたらした。私のような魔力持ちが交代で集団を守った。深く疲労する最中、魔力で創った小鳥が遠くに人の営みを捉えた。
僅かな希望を携えて集団はそこを目指した。もう帰る場所も歩き続ける意味さえも、見失っていた人々に希望をもたらした。新しい国の国王に迎えられ、人々は平和と安寧を取り戻したのだ。
それは当たり前ではない。一方では重税を化し民を追いやった国王。その民草を一手に引き受けあまつさえ無償で食料を施した。こんな素晴らしい人物が他に居るのだろうか。精霊に愛されその傍らに霊獣を従える。恐ろしげな霊獣をまるでいとおしい者を見る目で、かの王は側に置いていた。
私は恥ずかしくも霊獣を見た途端、心の奥底から震え上がり攻撃を仕掛けた。今まで見たどんな凶悪な魔物よりも恐ろしかったのだ。私の本能が絶対に勝てない相手に、出鱈目に立ち向かうという無謀な選択をさせた。今考えても死んでいても可笑しくはなかった。
国王であるユキツネはどんな手段で霊獣を従えたのだろう。私のような強力な魔力持ちなら、あのような存在は決して受け入れられない。全身が霊獣を拒絶していた。
その国王に刃向かう国民は、一体どんな天罰が下されるのか。嘗ては精霊が築いた大国があった場所。歴史からもその名前を語ることさえ、許されずに抹消されたのだ。精霊を恐れる人の手によって。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「おっきく腕を、伸ばしてぇー」
庭に出て体操を始める俺。下の階にさえ行かなくなったら、確実に運動不足だ。うろ覚えの体操を適当にこなす。テオは庭を何回もぐるぐる回っていた。黒っぽい毛並みが外壁に沿って見え隠れする。霊獣も運動不足ってあるのかな。
「グォオオオオオオオ!!」
突然の叫び声に森がざわめく。鳥はギャアギャアと騒ぎだし、遠くではドラゴンが三匹程うろうろしだした。テオの荒ぶった声に森は混乱している。
『獣が、煩いぞ』
バッサバッサと翼をはためかせ、小さなドラゴンのお出ましだ。屋上に上がると直ぐに女の子の姿を取った。
「ユキツネ、下に降りたらどうだ。貴様は王様なのだろう」
カミルに窘められる。王様が引きこもりなのはいただけない。城の連中も心配しているそうなので、仕方なく階下へと足を向ける。
「あっ、王様出てきた。元気ないねえ、ほらおやつをあげるよ」
「本当、王様は元気なのが一番よ」
俺を見つけたメイドに励まされる。彼女達は元はスラムの住人で、幼い子供を抱え困窮していた。街の住民よりもずっと苦労していたのだ。食料が足りない位でしょげていては居られないと叱咤される。
「あたしらはずうっと酷い暮らしをしていたんだ。毎日食べて屋寝付きの暖かい寝床があるなんて夢みたいだよ。あんたのお陰で幸せさ」
メイドとは思えない口振りだが、貧民だった彼女らが畏まって喋るのは苦手なのだ。
俺を襲った連中については大体の見当が付いているらしいが、決定的な証拠も無しに他国に喧嘩を売るような真似は出来ない。そのまま留置場で拘束されている。
「ユキツネは手のかかる王様なのだな。下の者に慰められるなんて」
悔しいがカミルの言うとおりである。その後も行く先々でメイドに慰められた。情けない王様だ。テオが留置場の連中と話したいと言うので、以前に作った収容施設に向かう。兵士に軽く挨拶し牢屋へと。牢屋から見える場所に着くと魔術師は悲鳴をあげる。
「ひっつ!ば、化け物」
テオを見て怯えているようだ。他の魔術師も怯えだした。
「コイツらがユキツネに酷いことしたのか?私が懲らしめてやろうか」
「カミルは何もするな。話がややこしくなる」
テオは自分だけがこの部屋に残り尋問をしたいとのことで、最初は反対したが危害は加えないと約束して俺達は部屋を出た。現在この場所には魔術の得意なエルフ五人と兵士が控えている。万が一にも魔法を使われては困った事態になるからだ。
彼等は予め首謀者を話せない様に魔術が施されている。例え拷問を受けても話せないそうだ。
エルフと共に見張りの人員用の部屋でお茶を啜っていた。急に来たのでお茶菓子が無い事にカミルが不満を漏らす。エルフが適当に話し相手になってカミルの気をまぎらわした。少し経ってテオが現れた。
「ユキツネ、アイツら喋ったぞ」
「なに、本当か。喋れないんじゃなかったのか」
「俺が術を解いた。少し脅したら簡単に吐いた」
流石テオだよ。強いし魔法も使えるし万能ではなかろうか。おまけに癒し効果もあるんだぜこの霊獣。こんな生き物そうそういないよ。
早速エルフを伴って部屋に入ると魔術師は震えていた。
「全部だ、全部喋った。だから、その獣を近付けないでくれ」
獣人の姿のテオを見て怯えている。そんなに怖いのだろうか。思わず尻尾をぎゅっと掴めば先っぽがうなぎみたく暴れている。面白いな。
「ユッ、ユキツネ様!!霊獣様にその様な真似をなさっては…… 」
何故かエルフが焦っている。テオは魔術師を睨んでいるが何も言わない。ブラッシングの時も時々掴んでいる。まあ今は真剣な話をする場所なので尻尾を放す。
「もう一度コイツらにも聞かせろ。お前の主と企みを」
すっかり怯えて地面にひれ伏したままの彼等は、俺達の前で全てを告白した。自国の王が企てた計画を。




