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11 リリアナの行方1

 限界だった。

 エリーヌを疑うのはやめようと決めていたクラウスだが、物事には限度というものがある。


 彼女がなにを言っているのか、さっぱり分からない。


 未来が見えたという言葉もさることながら、こんな作り物のような顔で愛を告げられて、騙される男がどこにいるというのだ。


 ここにいる。クラウスの胸はドキドキと高鳴っていた。


 騙されそうになってクラウスは、喉の奥で悲鳴を噛み殺した。


 なんという恐ろしい女だ。

 裏切りを許さず、決闘で男を叩きのめしただけではあきたらず、今度はクラウスの心を弄ぼうというのだろうか。


 酷い。酷すぎる。男心は女が思うより繊細なのだ。


 そして愚かでもある。エリーヌの言葉を聞いて、心のどこかがザワザワする。


 本当はどこかなどという曖昧なものではなかったが、クラウスは必死にそこから目を背けた。




「お前の力など、いらん」


「本当に?」


「当たり前だ!」


「では、なぜ我が家をお訪ねになったのですか?」


「それは…」




 クラウスは言葉に詰まる。

 予想に反してここまで和やかに話が進んでいたので、こんな風に追い詰められるとは思わなかった。


 公爵家を訪れた理由。単純なことだ。


 だが。

 話していいのか。いま、この流れで。


 確かに彼女には話があった。とても大切な。

 だがこの流れで話していいのか。


 男として、それでいいのか。


 葛藤するクラウスを、エリーヌはさらに追い詰める。


「それは?」


 蛇ににらまれた蛙のように動けず、クラウスの口から意味のない音がもれた。


「あ、」


「?」と訝し気にエリーヌの眉が顰められる。


「謝ろうと、思って」


 息をすべて吐き出して、なんとかクラウスはその言葉を絞り出した。

 額からダラダラと汗が流れ落ちる。


「いくらリリアナをいじめられたからといっても、あれはやりすぎだった。もっと穏便な方法があったはずなのに、お前を懲らしめてやりたくて短絡的な方法をとり、お前に恥をかかせたこと、申し訳ないと思う」


「どちらかというと、恥をかかれたのは殿下の方では?」


「それは…!」


 図星をさされてクラウスは真っ赤になった。


 狼狽し汗だくになった顔をエリーヌに見られているかと思うと、自分が滑稽すぎて言葉が出てこない。


「ふふふ。よろしいですわ」


 楽しそうなエリーヌの言葉の意味をはかりかねて、クラウスはまじまじと彼女を見た。




「殿下の可愛らしさに免じて、許してさしあげます」




 絶句した。

 生まれ落ちてからいままで、女性に『可愛らしい』などと言われた事などない。


 男としては屈辱もののはずだったが、不思議と反発するほどの怒りは沸いてこなかった。

 エリーヌの楽し気な様子が可愛かったからかもしれない。


「またお前は。どうしてそう、人の神経を逆なでするような事ばかり言うんだ」


 だからホッとして気が緩み、気安い態度になってしまった。


「仕方ありません。これが、わたくしですから」


「疲れないか」


 彼女は驚いたように目を見開いた。


「どうでしょう。そんな風に考えたことはありませんわ」


「なら、一度考えてみろ。お前は美人だし、なにもそんなに肩肘張らなくても、人生思い通りになるだろ」


 彼女は口元を綻ばせた。


「なんだ」


「いいえ。殿下らしいと、思いまして。この国は、それほど女性の地位は高くありませんのよ」


「尊敬される貴婦人などいくらでもいるだろう」


「そうですわね」


 寂しそうに笑う彼女を見て、クラウスは罪悪感を感じた。言ってはいけないことを言ってしまったらしい。

 だが謝るというのもおかしな気がする。

 困っていると、エリーヌの方から話題を変えてくれた。


「殿下。よろしければ夕食でもいかがですか」


「もうそんな時間か。すまない。長居しすぎたな」


「いいえ。久しぶりにゆっくりとお話しする事が出来て楽しかったですわ」


「そうか」


 クラウスはからかわれただけのような気がするので、微妙な気持ちになったが、エリーヌの楽しげな様子を見せてもらったので許してやる事にした。


 あまり男をからかうな、とは言いたいが。




 エリーヌに夕食に誘われたことを、クラウスは社交辞令ととらえた。そろそろ退散する潮時らしい。

 今日は思いもかけないエリーヌの姿をたくさん見れた。クラウスの彼女に対する印象も、少し変わった。あらゆる意味で。

 目的の半分は果たしたといえる。退散するにやぶさかではない。


 だがその前に、どうしても一つだけ知りたいことがあった。


「リリアナの居所を知っているか」


 引きこもっている間にリリアナの姿は王都から消えていた。帰郷したのかもしれないが、あいにく彼女の実家がどこにあるのか、クラウスは知らなかった。

 もちろん、学園に行き彼女の親しいものに話を聞ければ別だったのだが、クラウスの立場としてそれは不味いというのはわかっていた。

 そして彼の代わりに欲しい情報を手に入れてくれる信用できる相手を、クラウスは失っていた。


「教えて欲しいですか?」


 彼女の冷徹な美貌には似合わない悪戯っぽい笑みが浮かんだ。


「だから、なんでお前はそういつも意地悪な物言いをするんだ」


「あら。意地悪でしたかしら」


「大分な。今更意地を張ってもしかたないから言うが、俺には彼女の居所は掴めなかった」


 引きこもっている間に時間を無駄にしたせいでもあるが、リーンを失ったのがなによりも痛い。

 派閥争いから距離を置くため、クラウスは宮廷に情報の手蔓を持っていなかった。

 生徒会メンバーには会わす顔がなく、後継者争いから外れかけている王子としては、宮廷で情報を得るのは難しかった。

 もちろん幼い頃から信頼している大人なら何人か心当たりがあったが、父の側近にリリアナの居場所を聞くのはさすがに不味い。

 愚挙の影響が地味に効いていて、クラウスはへこんだ。


「彼女の居所が分かったら、どうなさいます」


「わからない。だが、彼女にも迷惑をかけた。俺がもっと上手くやれば、彼女の立場も悪くはならなかったはずだ。彼女にも、謝らなければ」


 クラウスがそう告げると、エリーヌは驚いたような、微妙な顔をした。


「殿下は、なんだか変わられましたね」


 クラウスが変わったことが嬉しいような、寂しいような、なんとも言えない顔を、彼女はしていた。




「全てを失ったからな」


 いまさら取り繕っても仕方ない。クラウスは正直にいまの心境を語った。


「あら」


 エリーヌが意外そうな顔をした。

 この人、何を言っているんだろう、というような。


「まだ、ですわよ。リリアナ様と添い遂げたいと思うなら、まだ足りません。全てを投げ出さなくては」


 クラウスは言葉を失った。

 継承権の順位を落とし、王城に居場所を亡くし、地方に追いやられたというのに、これ以上何を捨てろというのか。




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