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10 公爵家タウンハウス2

「お嬢様。殿下がいらっしゃいました」


 やっぱり、とエリーヌはため息をついた。

 細作からの報告で、ここ数日部屋に引きこもっていた王子が、なにを思ったのか徒歩で王城を出たという報告は受けていた。


 王城で人手が借りられないので一人でリリアナを探すつもりかもしれない、とそのまま細作に尾行させていたのだが、上級貴族のタウンハウスが立ち並ぶ区画に向かっていると聞いて、目的はこの屋敷だろうと執事に出迎えを命じていた。


 闇雲にリリアナを探しに行かなかったことは評価してもいいが、一人で王城を出たのはよろしくない。


 門番が王子が出ていくのを止めなかったと聞いて、エリーヌはある意味王の本気を見た気がした。

 第一王子として、ずっと周りに人がいる生活を送っていた彼を、こんな風に放置するなんて。

 やらかしたペナルティとして、国王は、しばらく王子をいじめるつもりかもしれない。


 もちろん陰から護衛する騎士の姿はあった。だがクラウスがその気になれば、並大抵の護衛なら振り切ってしまうだろう。

 スペックだけは無駄に高いのだ、彼は。


「お会いになられますか」


「ええ」


「ではお召替えのお手伝いを」


「いいわ」


「よろしいのですか」


 執事に念を押され、エリーヌは瞳を瞬かせてフッと笑った。

 確かにいままでのエリーヌなら、こんな簡素な装いで王子に会うなど考えられない事だったが。


「もう、いいのよ」


 婚約破棄イベントは起こってしまった。賽は投げられたのだ。

 もう『公爵令嬢』らしく振る舞うことに意味はない。どの道、そう長いことでもないだろうし。


 心配そうな執事の様子を見ると申し訳ないとも思うが、シナリオからはもう外れてしまったのだ。

 王子との関係も変わってしまうだろうし、無理に『妖艶な公爵令嬢』らしく振る舞う必要もないだろう。


 あの装いを気に入っていた王子には少し悪い気もするが、彼はいまさらエリーヌの事など気にとめないに違いない。


 簡単に身支度を整えたエリーヌが応接室へ向かうと、そこでは神妙な顔をした王子が待っていた。

 笑ってはいけないとは思うのだが、彼に神妙な様子というのは似合わなくて、エリーヌは笑いを堪えるのに苦労してしまった。




 応接室で待っていた王子は、普段とは様子が違っていた。


 まず身に着けた服装が違う。

 普段は攻撃的で派手な赤を好む彼が、今日はシックな黒やグレーでまとめられた地味な装いをしている。

 男は女に謝罪する時、手持ちの服の中でもっとも地味な服を選ぶというが、彼にもそんな繊細な一面があったのだろうか。


 身にまとう雰囲気も、普段とは異なっていた。

 普段の彼は、姉王女へのコンプレックスを隠すためにか、常に気を張っていて無駄に高飛車なのだが、今日の彼は多少の緊張はあるものの、萎れているというか力が抜けていて、どこにでもいる普通の男に見えた。


 顔とスタイルが抜群にいいので、なにを身に着けていてもモデルのように素敵だから、外見はとても普通の男には見えなかったが。

 ソファに座り長い足を組んでものうげに考え込んでいる姿は、一枚絵のようだった。


 少しの間クラウスを観察していたエリーヌは、首を傾げた。


 エリーヌに気づいたクラウスが、言葉を失っていた。なにをそんなに驚いているのだろう。

 彼女がそれを問う前に、彼は気を取り直した。


「久しぶりだな、エリーヌ。面会を許してくれた事、礼を言う」


 立ち上がってエリーヌを出迎えた彼を、エリーヌは相手に分からないようにしみじみと眺めた。

 ただの挨拶なのだが、大人しすぎて気味が悪い。

 なにか悪いものでも食べたのではないかと心配になってしまう。


「今日は随分、殊勝ですのね」


「喧嘩を売りに来た訳ではないからな。それに、お前との決闘は、それなりに堪えた」


 どうも様子がおかしいと思っていたら、決闘に負けたせいだったのか。


 腕に自信のある男ほど、エリーヌに決闘で負けるとコロッと態度を変えるのだが、まさか王子まで変な趣味に目覚めたのではないかと、エリーヌは警戒した。


 歴代の決闘相手の中でも、特におかしくなってしまったのは騎士団長だ。

 彼はエリーヌを見つけると訓練という名の決闘を迫ってくる。そしてエリーヌの魔法で徹底的に打ち倒されることに快感を覚えているようなのだ。


 彼を打ち倒す度、彼を尊敬している団員たちが涙目になっているので、エリーヌとしてはそろそろ騎士団の訓練に付き合うのは遠慮しておきたいところなのだが、王都にいる限り騎士団長から解放される日が来るとは思えなかった。


「まさか女性に負けるほど、己が不甲斐ないとは思わなかった」


 クラウスは本気で堪えているらしい。

 さっぱりとした顔で爽やかに自嘲的なことを言う彼が、エリーヌは心配になってしまった。


 この人、大丈夫かしら?


 王子が変な趣味に目覚めたのではないらしいことにホッとする一方で、高飛車だった彼の態度の変化には不安を覚えた。


 やりすぎたかもしれない。


 エリーヌは密かに反省した。


「エリーヌ? どうかしたのか」


「いえ」


 負けたことで無駄なプライドが折れたというなら彼のためになるが、あまり素直すぎるのは王子として良い事とは思えない。


 クラウスを取り巻く環境は、素直なかわいい王子が無傷でいられるほど甘いものではないのだから。


「殿下は、騎士団長に勝てますか?」


 クラウスの目を覚まさせるために、エリーヌは手札を一枚切ることにした。


 らしくない彼を見ているのはあまり嬉しくないし。

 このまま王城に返してしまって、憑き物が落ちたようにさっぱりしてしまった彼が、周囲への警戒も怠ってサクッと暗殺されてしまったら寝覚めが悪い。


 騎士団長との関係は、エリーヌにとって嬉しいものではないが、彼のプライドを回復する助けにはなるだろう。

 少なくとも、騎士団長とのことを話せば、ただの女に負けたのだと落ち込むことはなくなるはずだ。


「いや。剣は学んでいるが、騎士団長のような本物の戦士に勝てるほどの腕ではない」


「ではそれほど気にすることはありませんわ。魔法を使われれば、騎士団長でも苦戦なさるでしょう」


 もしこの場に騎士団関係者がいたら、蒼白になってふるふると首を横に振っていただろう。

 苦戦するどころではない。対戦する度に、エリーヌは騎士団長をぼこぼこにしているのだから。

 また、騎士団長が勝てない相手に喜んで対戦を望むものだから、毎回尊敬する団長がぼこぼこにされる姿を見せつけられ続ける騎士団関係者は、エリーヌを恐れていた。


 だが幸いなことに、騎士団の稽古に参加したことのないクラウスには、そんなエリーヌの噂は届いていないようだ。


「まさか」


 クラウスの目が驚きに見開かれる。

 素直に驚く彼に安心して、エリーヌはその先を続けた。


「我々の『魔法』とは、そういうものなのです」


 ルゼッタの魔法。

 エリーヌを守り、蝕んでいる『魔法』。


 驚きに言葉を失ったクラウスは、唇をそっと舐めた。


「あれは普通の魔法ではないのか」


「基本は同じです。少し、工夫をしているだけですわ」


「公爵家独自の術式ということか」


 魔法には興味のないクラウスも、騎士団長さえ苦戦させると聞いてこの話題に食いついてきた。


 少し元気がでたようだ。


 だが、餌をチラつかせるのはここまでだ。


 彼の予想は、ある意味では当たっている。そして外れてもいた。

 あれは、エリーヌだけが使える『魔法』なのだから。

 それを教えるわけにはいかないが。


「秘密です」


 誤魔化すように笑うと、クラウスは気まずそうにしたあと、話題を変えてきた。


 他家の技術について深く聞いてはいけないという不文律は、彼も知っていたらしい。


 エリーヌはホッとすると同時に、緊張を強めた。


 これから彼に『告白』をしなくてはならない。


 それを彼が信じるとはとても思えなかったが、彼女が捻じ曲げてしまった運命の先を紡ぐためには、告げなければ。




「エリーヌ。今日は、お前に話があって来た」


「わたくしもですわ」


 エリーヌは一度、運命を動かした。あの時はそれが最良の道だと信じたからだ。

 だが変わってしまった運命をそのままにしてはおけない。

 それではあまりに二人が可哀相だ。


 偽物に、運命を捻じ曲げられてしまうなんて。


 クラウスは意外そうな顔をした。


「では先にお前の話を聞こう」


 それでもレディファーストを優先するあたり、クラウスは『王子』なのだな、とエリーヌは思う。


 彼に、決闘の時のような、いや、それ以上の衝撃を与えることになるだろう言葉を告げる前に、エリーヌは一呼吸だけ置いた。


 そして、彼を見つめる。


 クラウスは戸惑うように瞳を揺らした。


「今回の事、殿下がどのように思われているかは分かりませんが、わたくしにとっては予想通りの事でした」


 なにを言われたのか分からず首を傾げるクラウスに、エリーヌは先を続けた。


「どういう意味だ」


「初めて殿下にお会いした時に、殿下が身分の低い女性を愛する未来が見えましたの」


 クラウスは呆気にとられたように口をパクパクさせたあと、唇を引き結んだ。


「馬鹿なことを」


「信じられないのも無理はありませんわ」


 荒唐無稽。その一言に尽きる。

 この世界に、未来を見る技術などないのだから。

 エリーヌは単に、それを『知って』いただけだ。


 だがそれは明かせない。それだけは。


「説明しろ」


 歩み寄りを見せるクラウスには申し訳なかったが、説明できない以上、彼を納得させることもできないとエリーヌは感じていた。

 納得させることが出来ないなら、あとは彼を混乱させて勢いで押し切るしかない。


 何故とはお聞きにならないで、と前置きをしてから、エリーヌは先を続けた。


「未来を知っていたからこそ、わたくしにとってあれは、裏切りではありませんでした」


「それが、お前が話したかった事か」


「いいえ。話はこれからです。殿下」


 エリーヌはクラウスを見つめた。エリーヌの視線に捕われて、クラウスの心がほんの少し緩む。

 その隙に、エリーヌは楔を打ち込んだ。


 これを言えば彼が混乱することはわかっていたが、言わなければ始まらない。

 きっと彼も、そのためにこの屋敷を訪れたのだろうから。


「もしリリアナ様と添い遂げたいとお望みでしたら、力を貸してさしあげますわ」


 学園で寄り添っていた二人を思い出す。『偽物』のエリーヌより、よっぽどお似合いの二人だった。




 クラウスは絶句していた。

 それでもエリーヌの言葉を捨てることなく、「何故だ」と訊ねてくる。

 彼の健気さは愛しいほどだったが、その気持ちに応えられる優しい言葉はエリーヌの中にはなかった。


 手控えれば、崖から飛び降りる思いで告げた言葉が嘘になってしまう。

 エリーヌはいつものように、心を硬い鎧で覆った。


「好きな方と一緒になれないのは、お可哀相ですもの」


「馬鹿にしてるのか」


「いいえ。殿下の事は、心からお慕いしております」


 凍らせた心でほほ笑むと、クラウスはついにエリーヌから目を逸らした。




 もう少しで落ちる。


 エリーヌは勝利を確信した。


 こんなことで勝利してもエリーヌの得にはならないのだが、勝ちにはこだわってしまうエリーヌだった。






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