第四十五話~最終話~
「本当にいいの? また長い旅になるよ? 今度はどこに誰が住んでいるのかわからないから徒歩の旅になると思うし。この大陸中を隅々まで見て回るんだよ。それでもいいの」
なんだか悪いよ。だってこれは私の事情だもの。
「いいよ。それに、佳奈は本になるんだろ。ならどうやって移動するんだよ。誰か運ぶ人がいないと駄目だろ」
「でも悪魔の本になったから、魔法は全部頭に入ったし、それに飛翔の魔法だって使えるから大丈夫だよ」
そう。私はもう悪魔の本自身。そうなった時から全ての魔法が使えるようになったの。だから一人でも動ける。
「それでも本が飛んでいたら何事かってなるだろ。危険なことに巻き込まれるかもしれない。破かれたりしたらどうするんだ」
「大丈夫だよ。新しく隠匿の魔法っていうのも使えるようになったから、隠れて飛んで行くこともできるんだよ」
隠匿の魔法を使えば姿を消して飛ぶことだってできる。そうすれば誰にも見つからずに旅することができるもの。だから、秋博がいなくても……。
「……佳奈さ、もしかして俺についてきてほしくないわけ。さっきから俺の言うこと全部大丈夫大丈夫ってさ」
「あ、いや、そういうわけなじゃいけど。ただ、私のことに巻き込んじゃうからそれが気になって。迷惑じゃないかなって思ったら」
私の事情に巻き込むのは気が引けるよ。
「迷惑なわけないだろっ」
秋博が大きな声を出して私の言葉を遮る。
「迷惑なわけないじゃないか。好きな女の子が大変な目に遭ってるっていうのになにもしないでただ見てるだけなんて、そんなのできるわけないいだろ」
「え」
それって、それって。え、じゃあ、もしかして秋博、私のこと?
「あ、いや、その。……だから、俺は佳奈が好きなんだ! だから傍に居たいし離れたくないから勝手についていくんだ! 悪いかっ」
「わ、悪くない、です」
悪くないです。うん、すごく嬉しい。にへらっと笑ったらこつんと頭を小突かれた。ふふ、なんか嬉し過ぎてもう。
「そ。なら決まり。俺と佳奈は、佳奈の後継者探しの旅に一緒に出る。そして見つかったらここに戻ってきて元の世界に帰る。これで決まりだな」
「うん、わかった」
秋博とまた一緒に旅することができるんだ。やったあ。たとえ本の姿でも嬉しいよ。しかも私のこと好きだって言ってくれて。
「私も好き。秋博のこと、大好き」
「あ、ああ。わかってるよっ」
照れてる秋博が可愛く感じる。耳が赤くなってるの初めて見た。これから旅先でもっと色々な秋博を見せてね。私も見せれるようになるから。
『話は纏まったようですね。では河辺佳奈。悪魔の本の任、よろしく頼みましたよ。今は私たち四冊の本で耐えますが、いつかそれも難しくなることでしょう。その時こそジュダーの言うとおり、魔人アルバクダルが目覚めるでしょう。そうなる前に、必ずあなたの後継者を見つけなさい。それがあなたたちが帰ることに繋がります』
「はい、女神アステリア。必ず間に合わせます。だから、待っていてください」
「剣王らも、またな」
『ここに戻れた今は、もう我の所持者ではもうないが、秋博。もう十分な強さを持っている。それはまさに剣王といっていいほどだ。その強さで佳奈を助けてやるのだぞ』
『ちゃんと守ってあげるのよ! じゃないとわたし、許さないんだからっ』
「ああ。わかってる。佳奈のことは必ず守るよ。なんとしてもね」
『佳奈、欲望のこと、ごめんね。本当はなんとなく気づいてたんだけどさ、こうなった理由も知ってるから、僕言い出せなかった。頑張ってね』
「そうだったんだ。でも、それも仕方ないことだって今はわかってるから、大丈夫だよ。有難う、頑張る」
うん。私、秋博と一緒に頑張るから、ここから皆見守っててね。
『河辺佳奈。では』
「はい」
私の体を白い煙が覆う。次に目を開けようとしたけれど、できなかった。私はもう本になっていた。悪魔の本に。
悪魔とは魔人アルバクタルの眷属のこと。だけど私は眷属じゃない。ただ名前が悪魔の本ってだけ。
欲望は古代文字でジュダー。だからこの本の本当の名前は欲望の本、なんだろうか。ジュダーはもう眠っちゃったから聞けることはないけれど、たぶん、そうなんだろうな。
いつか、元の姿に戻れる、元の世界に秋博と帰れるという希望を持って、旅しよう。
必ず二人で帰るんだ。
だから、一緒に頑張ろうね、秋博。
それから一年。
クルスニク大陸にいるという一人の魔法剣士が話題となっていた。
「おい、聞いたか。黒目黒髪の少年魔法剣士」
「ああ、聞いたぜ。なんでもキルトケンの盗賊団を一人で撃退したそうじゃないか」
「すげーよなあ。俺もどっちかでいいから才がほしかったぜ」
黒目黒髪のエキゾチックな出で立ちをした少年が、剣王の名に相応しい剣の腕を持っているが、魔法の腕もまた一流で、行く先々で困難な物事を解決しているのだと。
「たしか名前は」
彼の名はアキアース。冒険者ギルドに身を置いている冒険者だ。
「アキアース! まだ17才のガキだっていうじゃねえか。なのに剣に魔法を神のように使いこなすんだとか」
「しかも見た目もいいときたもんだ。女がほっとかねえほっとかねえ。行く先々で浮世を流してるそうじゃねえか、羨ましいぜちくしょう」
「そうか? 俺は見た目に反してすっげえ堅物で寄ってくる女をばっさりしてるって聞いたぜ。男の方がいいのかねえ、と女房がぼやいてたぜ」
彼は容姿もよいそうで、解決した困難な物事に身を置いていた女性は皆その姿に惚れ惚れしていたという。
「俺はこう聞いたぜ。やつは本を片手に会話してるんだと。薄気味悪くて見た者は近寄らないそうだ」
「本の虫だって話は聞いたことがあるな」
「ああ、それは俺もある」
彼の片手にはいつも一冊の本があった。時折その本を開き読んでは微笑んでいたらしい。
その土地によって色々な噂話に上がってくるアキアース。今日もどこかで困難な物事を解決しているのかもしれない。
それからもう一年。
「師匠! 本当にこの島にその本棚があるのですか」
「ああ。たしかにある。で、だ。ここはお前の修行の場所にもちょうどいい。俺は先に行ってるから、お前も必ず後から来るように。神殿の居住区の先、神殿長の部屋だ。そこで待っているからな」
一人の少年に向かって、もう一人の少年が師匠と呼ぶ。師匠と呼ばれた少年は先に行くと言うと、颯爽とその場から去っていった。群がるガルムとガマテラスを蹴散らしながら。
「ああっ、待ってくださいよ師匠! アキアース師匠!」
それをあたふたとしながら追いかける少年ユースは、剣でガルムを捌きながら風の魔法でガマテラスを切り刻んでいる。
「もう、先に行っちゃうんだから師匠は。でも、そこにいけば希望の本っていうのが手に入るって言ってたし、なんだかすごく嬉しそうだった。僕も本が好きだし、早くその本に会ってみたいな。ああ、僕自身が本だったらどんなに幸せなことだろう。そうだったら一日中、ううん。永遠に本と一緒にいれるのになあ」
ユースは極度の本好きであった。それはもう噂されるアキアースよりもずっと。恍惚とした表情で魔物を屠る彼を誰が止められようか。
だから、これから先彼に起きることは本望であろう。
言ったとおり、本になれるのだから。
―完―
無事に完結させることができました。
ここまで読んでくださった方々、本当に有難うございました。




