第四十三話
『この時を待っていたぜ』
(うん。ようやく本棚に五冊の本を納めることができるね。長かったなあ)
隠し部屋に入った私はしみじみそう思った。これでようやく長かった旅が終わるんだもの、感慨深くもなるよね。
『ひゃははっはは』
(嬉しいのはわかるけど、どうしたの)
悪魔の本も嬉しいのかな。なにかおかしそうに笑っているけどなんだろう。
『笑っちまうぜ佳奈。今おめえはここに俺と二人きり。これがどういうことかわかるか』
(え、どういうことって、なにを言っているの)
どういうこと? 別に不思議じゃないよね。だって二人というか、一人と一冊でここまで来たんだもの。わかるかって言われても。
『これでようやく俺の念願だったことが叶う! さあ佳奈。五冊を本棚に戻すんだ』
(う、うん。そりゃ戻すよ。そのために来たんだからさ)
でも、なんか悪魔の本の様子が変。気になるけど、今は悪魔の本の言うとおり五冊の本を本棚に戻すほうが先だよね。
(うん。だけどさあ、なんで他の本話さなくなっちゃったの?)
そういえばいつの間にか、秋博と別れた頃からかな、急に皆話さなくなったよね。なんでだろ。
私は本棚に近づいて一冊一冊本棚に戻していく。
一冊目に剣王の本。二冊目に天使の本。3冊目……誘惑の本。四冊目に……。
『そりゃおめえ、残りの剣王、誘惑、天使、神の今の所持者が秋博だぜ。その秋博が傍にいないんだ。本はあっても声が聞けるはずないだろうよ。逆に秋博は本はなくとも声は聞こえてるぜ。おそらく今はぴーちくぱーちく喚いてるんじゃないか。四冊の本と秋博がよ』
(そうなんだ。でもなんで喚くの? なにかあったのかな)
あ、そっか。じゃあ本の所持者が傍にいないと駄目なんだ。秋博のところは今は賑やかなんだろうな。でも、私は悪魔の本を手にしながら問いかけた。
『なにか? ひゃは! そいつはこれから起るんだぜ佳奈!』
(え、なに?)
その時、ごうんと大きな真っ黒い煙が私の目の前を覆う。
私は目を開けていられなくて瞑って黒い煙をやり過ごす。それから少し後。
「ひゃっは! やっと出れたぜえ!」
悪魔の本が耳から聞こえてきた。その違和感に私は目を開けてみると、目の前に現れた姿は人の形をしている誰かだった。
頭には山羊の角を生やした青くて長い髪、浅黒い肌の長身の高い男性。耳は鋭く尖っていて金の長いピアスがゆらゆらとゆれていて。目は金色だった。
真っ黒い服に身を包んだこの人ってもしかして。
「なに、なんなの? 誰? ……もしかして悪魔の本」
「そうだぜ! 忌々しい女神アステリアに封じられし魔人アルバクタルの眷属、ジュダーとは俺のことだ!」
「魔人アルバクダルの眷属って、つまり配下ってことだよね。え、なんで。」
どうして悪魔の本が眷属なの。だって、世界の維持のために必要なんじゃ。それがどうして封じられたってことになっているの。なにを言っているのかわからないよ。
「俺はな佳奈。女神アステリアに無理やり本の中へと閉じ込められ、世界の維持のために必要とされている欲望を司るものへと変えられたんだよ。俺は元々、魔人アルバクダルの眷属だ。元から本から出るためにこの魔の島へ来て、我が君を復活させ女神アステリアへ報復させることが目的なのさ」
「なにそれ、騙したの」
「騙されるほうが悪いんだぜ。そもそも俺は悪魔だ。おめえは馬鹿正直でやりやすかったなあ。ひゃはは」
なにそれ。じゃあ私はこいつ、ジュダーだっけ。ジュダーを本から出す手助けをしちゃったってこと?
こいつを本意戻すにはどうしたらいいんだろう。悪魔の本はあの黒い煙のあと見当たらないし、きっと燃えちゃったんだ。どうしよう。
「さあて、と。佳奈、おめえをどうすればいいかな。魔界の炎で焼くもよし、雷で打ち砕くもよし。好きなほうを選ばせてやるぜ。一応俺の所持者だったからなあ」
私はジュダーが話している間に右手を後ろへ隠す。そして炎を纏わせた。
「そんなの、どっちもいやに決まってるでしょ!」
ごおお、とすごい勢いで飛び出す火球。ジュダーに当たったのか、じゅわっていう音がして白い煙がでたけど。それはただの水蒸気だった。
「けっ、味なことしやがるじゃねえかよ。だがなあ、それは元々俺の力なんだぜ、佳奈ちゃんよお。それが俺に効くと思ってんのか……よっ」
おかえしにとジュダーも火球を私に投げつけてきた。だけど、私は倒れこむようにして何とか避けることができた。こんなところで戦う羽目になるなんて。剣とかの武器持ってればよかった。杖しかないもの。
「ジュダー、本はどこ? 悪魔の本に戻りなさい!」
風を操り切り裂きの魔法をジュだーに飛ばしながら言う。
「断る! それに本なんてねえよ! もう燃やしちまった」
やっぱりあの黒い煙は本が燃えたために出たものだったんだ。だからといってこいつを本棚へ入れるなんてできないし。物理的に無理。
ジュダーが出して私の方に飛んできた風の刃を、こちらも風の刃を出して相殺させる。もう、魔法使い同士の一騎打ちなんて、なんでこんなことに。
「私はあんたを本棚に戻して元の世界に帰るんだから邪魔しないで!」
「けっ、そんなの知ったことかよ。俺は俺の目的のためだけに動く。ここでこうして遊んでいるのもこれで終わりだ」
ジュダーが両手を前でクロスさせ黒い炎を纏わせた。そして、私が瞬きをした後、目の前にはジュダー。気づいたときには私はもうお腹に強い衝撃を受けて壁に吹き飛ばされていた。
「いった、あ」
骨、大丈夫かな、すごく痛い。あまりの痛さに蹲る私。だけどジュダーは待ってはくれない。こつこつと近づいてくる足音に恐怖を感じたけど、そこである魔法を思い出した。
死の魔法、キリト。
誰にも使わないと決めた魔法だけど、もうここで使うしか私が助かる道はない。元は悪魔の本に教えてもらった魔法だから効くかはわからないけど、死の概念が悪魔にもあるんならきっと効果はあるはず。
私はぶつぶつとその呪文を唱えだした。
そしてその時左手にもつ神の本が静かに淡く輝きだしていた。
「私は私の目の前にいる彼のもの、ジュダーの命の灯火を打ち消すものなり。冥府より出でし地獄の業火よ、彼のものの魂を絡めとりその動きを封ぜよ」
「ちっ、その魔法は! ……があっ」
焦ったようにジュダーが言う。この反応ならもしかして効くかもしれない。続けよう。私の言うとおりに地獄の業火がジュダーの魂を絡めとリ焼いていく。
「そして冥府の王への供物とせよ。私の動きを邪魔する者は何人たりとも許されず、それをするものは愚かなり」
「やめ、ろお……っ」
「今、ここで朽ち果てよ……キリト!」
叫んだ瞬間、すさまじい風が私の後方から吹く。
その風はうねりながらジュダー目掛けて飛んでいった。ジュダーの体を包み込むようにして燃え盛る地獄の業火と共に、次第に地面へと滲みこむようにじわじわと下がっていく。
「ぐああぁ……おのれ佳奈っ、俺に死の魔法だと。そんなもの効くわけが……があ、あ」
「効いてもらわないと困るの。私はあんたを倒して本棚に入れて、そして、元の世界に帰るんだからっ」
そう強く願うように言ったその時、ぱああ、と神の本が強く光りだした。




