第四十二話
私は慣れてきたのかぐんぐんと飛翔の魔法で跳びながら、ガマテラスの攻撃を交わしつつ魔の島の中心部に向かっていた。
空から見ると、渓谷の様子がよくわかる。右前方には滝も見えてきた。下を見ると柱が中心部に向かって私を誘うように点在していて、その柱の先には、古代文明の遺跡が静かに悠久の時の流れを見守っているかのように建っていた。
「あれが古代文明の神殿」
『そうだぜ。そして俺らが作られた場所だ』
ここで五冊の本が造られたんだ。この大陸を維持するために。
(古代の人はどうやってそれを造ろうとしたんだろう。なんで造らないといけないってわかったのかな)
『ああ、佳奈には言ったことなかったか。そりゃ女神アステリアだ。昔は神々もこの星で暮らしてたんだからな』
(え、そうなの? とういうか、やっぱりこっちの世界には神様なんているんだ)
『あったりめえだろ。いなけりゃ俺らも生まれてねえんだからよ』
(そっか。そうだよね)
女神アステリアかあ、どんな人、ううん。どんな神様なんだろう。会ってみたいな。
(ねえ悪魔の本。女神アステリアってどんな神様だったの。今はどこにいるの)
『さあな。知らねえよ。俺らが生まれたときにはもう空に帰っちまってたからな。だが伝承じゃあ髪の長い女だったらしいぜ。おめえ知らねえのかよ。シグルドの野郎が旅車で話してただろうが』
え、そうだっけ。こんなことならもう少し真面目に聞いておけばよかったかな。
(忘れてた。というか、相槌だけうってただけだから聞いてないや)
『ったくこれだからお前はよ。ちなみに魔の島は魔人アルバクダルの眼球だ。火山島でもある。死活山じゃないから気をつけといたほうがいいぜ』
ごめんごめん。
そんな会話をしてたらもう古代文明の神殿は目前だった。
私は神殿の前で降り立つと、ぽっかりと大きくあいた入り口の中に吸い込まれるように中へと入っていく。
中は日の光が差し込まないためかひどく暗かった。火の魔法で辺りを灯したほうがいいかも。
「火よ、火よ。私の眼前を照らせ」
ぼうっと火の火球をだして辺りを照らせば、長くて太い柱が整然としていてどこまでもどこまでもその柱が続いていた。
この先に本棚があるのかな。
(この先にいけばいいんだよね。本棚があるんでしょう)
『ああ。たしかこのまま真っ直ぐ行った先に地下に下りる階段があったはずだぜ。その下に古代人の住居があったなあ』
(このまま真っ直ぐね)
その時。ひゅんっと私の頬をなにかが掠めた。さわるとぬるりとした感触が。後から痛みも感じてきた。
なにかいる。
私はかがんで辺りを窺うけれど、気配はすぐにすっと消えていく。いったいなんだったんだろう。
魔法使いギルドの証からシグルドさんの廃墟の隠し部屋から貰った白いナプキンを出して顔を拭う。血は少し経つと出なくなった。
よし、行こう。
しばらく歩いていくとようやく悪魔の本の言っていた地下に下りる階段を見つけることができた。古代人って地下に住んでたんだね。
なんだか帰れない場所に足を踏み込んでいくみたいに感じる。魔人アルバクダルの眼球だからかな。火山島ってのも、憤怒の炎なんだよね。うう、なんか怖くなってきた。
秋博大丈夫かな。早くきてほしい。
居住区に降り立つと、生活の跡が見受けられた。ほとんどは壷で、なかには石のテーブルと椅子もあった。そこにある台座はきっと台所なんだろうな。ここで食事をつくって食べていたんだろうか。
ひゅん。
まただ。今度は左の二の腕。マントを羽織ってたから痛みはないけど、なにかが掠めていったのはわかった。魔物かな。でももう姿は見えない。
(悪魔の本、なにかいるかわかる)
『ありゃ吸血蝙蝠だな。さっきの頬掠めてったやつと同じだろうよ。おおかた血の味でも確かめてんだろ。旨い血か、襲うに足る血かってな』
(じゃあ、もう二回目だし)
『よかったな。旨いそうだぞ』
(ちっともよくないし!)
私は駆け足で居住区を抜けることした。
はあ、はあ、はあ。走りっぱなしでいるから疲れてきた。でも時々ひゅんひゅんって音がするから吸血蝙蝠を撒くことはできてないみたいで。
どうしよう。もうこうなったら戦ったほうがいいかな。でも相手が早過ぎて、これじゃ魔法を当てられないよ。
ん? 相手が早過ぎて、か。なら……あの時のようにこうすればいいのかも。
「土よ、土よ。壁を形成せよ!」
私は天井と左右と後ろに土の壁を作る。そして、前を穴開きの壁にした。こうしたら来る方向を私が決めることができるじゃない。我ながらいいアイディアだね。
ひゅん。
吸血蝙蝠が入ってきたみたい。壁にぶつかりながら土壁でできた部屋の中を飛び回っている。
よし。私はさっとその部屋から出た。これならもう大丈夫でしょう。
狙いなんてつけなくても、部屋全体に攻撃すれば大丈夫。
「火よ、火よ。業火でもって敵を焼き尽くせ!」
私が放った業火は部屋の中をごうごうとめぐり、ぼっという音がした。おそらく吸血蝙蝠が一瞬で灰になった音なんだと思う。
これで一安心だね。次にまた出会ったら同じ方法が使えるね。
そうこうして進んでいるうちにまた地下に降りる階段を見つけた。
(ここも降りればいいの?)
『そうだぜ。この降りた先に神殿長の部屋がある。そこの隠し扉の先に本棚があるからよ。そこまで行けば終わりだぜ』
ようやくだ。ようやくこの長い旅も終わるんだ。よかった。
思えばもう四ヶ月以上こっちの世界にきてるんだよね。旅の思い出はそのほとんどが旅車で観光の記憶はあまりない。
そんな余裕がなかったっていうのもあるんだけど、もし元の世界に帰るまでに時間があるんだったらもう少しゆっくり観光したいな。でも、早く帰ってお父さんお母さんおばあちゃんに心配かけたこと謝らないといけないよね。だから、せめて今までの旅路、忘れないようにしよう。行った場所や出会った人に初めて見るもの、全部。
うん。早く帰って綺麗なお布団で寝て、お母さんのご飯食べて、学校に行ったら友達と遊ぶんだ。向こうには娯楽がたくさんあるもの。だから早く帰りたいな。
そして、秋博とも向こうの世界でまた会いたい。私が友達、ううん。彼女になりたいから、放課後デートだってしたいし、クリスマスとかイベントも一緒に過ごしたい。
だから、一緒に帰ろうね。秋博。
「ここが神殿長の部屋」
楽しいことをいっぱい考えながら歩いてたらもう神殿長の部屋についちゃった。
『たしかどこかに隠し部屋を開ける仕掛けがあったはずだぜ。ようく探してみな』
(覚えてないの?)
『さあな。だが壁が怪しかった気がするなあ』
壁、ねえ。うーん。壁には本棚、蝋燭台、絵画、食器棚があるけど。こういう仕掛けって、本棚を番号順に並べたりすると開いたりするんだよね。なにかので見たことある。よし、やってみるか。
……駄目か。そもそも綺麗に陳列されてるし。じゃあ次は食器棚? 例えばスプーンで楽器みたいに軽く叩いて音を奏でるとか。
……まあ、これで開くとは思わなかったけどさ。駄目か。じゃあ絵画。外して額縁をよく観察してみるけど、とくにこれといった変なところはなかった。違うかー。
最後にあるのは蝋燭台だけど。火を灯したりすれば開くかなあ。
駄目だ。じゃあ、次は消して……これも駄目かあ。うーん、どうすればいいかわかんないよ。まったく、なんとかしなさいよ蝋燭台。
そう頭で思いながら蝋燭台を掴むと、がこん、とレバーみたく蝋燭台が下がった。
「え、なに」
がごごごご……。
その音とともに本棚が横にずれていく。わ、正解? やった。
音がしなくなり本棚があった場所がぽっかりと大きく口を開けている。その先には。
「あった!」
そこには暗闇の中でも銀色に光る豪華な本棚が部屋の中央に置かれていた。




