第四十一話
地層が灰色と黒の縞々の渓谷を進んで行く。縦に大きく亀裂の入った渓谷は鋭利な刃物のようで、まるで私たちを拒絶しているかのようだった。
「わあ、近くまで来ると圧巻だね。いつくもの大きな台地が無造作に置かれていて、でもそれがすごく大自然の力って感じで力強いし」
「それがこの古代文明に建てられた柱と妙に合っていて」
「うん。古代の人ってそこまで計算して造ってたのかな、柱」
「どうだろうね。その辺どうなの」
『そうだ。古代の人々は柱の背景になる渓谷の位置も計算していたようだ。だからこそこれだけの美しさがあるのだろう』
「ふーん。やっぱり古代の人はすごいんだね。会えたらよかったのに」
「まあ、これから行く神殿やここの景色で古代人の意識を知ることはできるだろうね」
すごい。古代人。
あれ、あの空に見える黒い点々って……ガマテラスだ。小さい点々が次第に大きくなってって、わ、こっちにくるよ!
「秋博っ」
「わかってる。佳奈、酸にはくれぐれも気をつけるんだ」
ぐんぐんすごいスピードで近づいてくるガマテラスは全部で六羽。私たちの頭上をぐるぐると旋回してる。囲まれたみたい。
「くるよっ。……風よ、風よ。ガマテラスを切り刻め!」
急降下してくるガマテラスを風の魔法でかまいたちを作り切り刻む。でも仕留めれたのは一羽でまだあと五羽残ってる。とにかく魔法とを思っていたら、二羽が秋博に襲い掛かった。
「やられるかよ」
手錠と足枷をしているのに、秋博はそれをなんともなしに剣を両手で持って、襲い掛かったてきたガマテラスを一刀両断。二羽目を横凪ぎにしてななんなく倒す。やっぱり秋博は強いな。
そう思ってたら私のところに残りの三羽がくる。今度は洗濯機の魔法で。
『おいおい、いつまで第一章で戦ってんだ。第二章の魔法知らねえのかよ』
(え? 知るわけないじゃない。あんたが第一章までしか載せてなかったんでしょ)
『いんや。俺は載せてたね。佳奈が寝てるときだったがな』
(じゃあ見れるわけないでしょ。というか今忙しいんだから後にしてよっ)
「風よ、風よ。ガマテラスを吹き飛ばせ!」
ごおおと竜巻が起り三羽まとめてその中へと引きずり込む。ガマテラスはぐあぐあと鳴きながら体勢を立て直そうとするけれど、私の風ほほうが強いからかうまくいかないようだ。続けて火の魔法を。
「火よ、火よ。風に乗れ。そしてガマテラスを焼き尽くせ!」
風圧で焦げた匂いがこちらまで届く。ぎゃあと断末魔を上げたガマテラスは、そのまま灰となって消えていった。
ガマテラスの核を器用に取り出している秋博の元に行くと、数匹のガルムが遠くに見えた。あ、これはくるな。
「ここって魔物多いね」
『魔人アルバクダルの死体、眼球の上だからな。魔に連なるものは多くなるのも道理』
「これじゃきりがないな。一度どこかに身を潜ませたほうがいいかもしれない」
「て言っても柱くらいしかないよ。渓谷まではまだ少し距離があるし。あそこまで走れるんならそうしたいけど」
「着いたら走りつかれて襲われるだけだな」
「だよねえ」
『そこで俺様の出番だな。佳奈よお、さっき言ってた第二章の魔法を教えてやるぜ。見な』
「そういえば言ってたね」
そう言って悪魔の本が本の形を取る。どれどれ。え、飛翔の魔法? なにそれ。空飛べるの?
飛翔の魔法。風魔法の上位版。対象の周りに風を纏わせ気流でもって浮かせ、自在に操ることのできる魔法。飛距離、浮く高低、速さは籠める魔力量によって異なる。
「こんなのがあったんだ……これならガルムから逃げながらいけるね。でもガマテラスから逃げるのはちょっと難しいかも。だってこれやるとしたってぶっつけ本番でしょ、飛ぶことに長けてる魔鳥相手じゃ襲われちゃうよ」
「それに佳奈一人ならともかく、俺もいるしね。初めてで二人はちょっと厳しいんじゃないか」
『なにいってるんだ。佳奈なんてぶっつけ本番ばっかだったじぇねえか。今更だぜ』
「そう言われると、そうだけどさあ」
でも空を飛べるってこと、ちょっとわくわくするよね。どうしよう。土の魔法もぶっつけだったし、これもできるかもしれない。やってみようかな。
「佳奈、もしかしてやる気?」
「うん。駄目?」
「い、いや駄目じゃないけどさ。落ちたら死ぬんだぜ。ほんとにいいのか」
「……秋博、もしかしてさ。高所恐怖症なの」
「ちっ違う。なんで俺がそんなの、あるわけないじゃん!」
怪し過ぎる。
「じゃあ秋博実験台になってよ。まずは何かを浮かせないと感覚つかめないし。いいでしょ?」
「じ、実験って、その辺の石を浮かせればいいだろっ」
「それじゃ飛んだ感想が聞けないじゃない。人じゃないと駄目だよ」
そう言うと秋博は恨めしそうな目で私を見てきた。こいつわかってて言ってるだろうって。ちょっと蒼白になって涙目になってるような気がするんだけど。ちょっと苛め過ぎたかな。
「仕方ないなあ、じゃあ私がやるよ。ちょっと見ててね」
「ええっ」
「風よ、風よ。身に纏いし風でもって私を浮かせ! ……うわっ」
ふわってなった。重力を感じなくってふわふわ漂ってる。地面がないのってこんなに不安になるものなんだ。わたわた動けば仰向けになったりうつ伏せになったり忙しい。これは、やみつきになりそう。
面白いよこれ。
「あははっ楽しいこれ。秋博もやってみなよ。ほら!」
「うわあっ」
私は秋博の手を掴んで魔力量を増した。すると地面から秋博の足が離れる。
「うわ、うわっちょっと待ってこれ」
「大丈夫大丈夫。面白いから」
「そんなこと言ったって、うわっ」
ぐいっと秋博に引っ張られる。わ、そんなに引っ張られるとこっちのバランスも保てなくなるよ。わ、わ。
こうなったらもう駄目で、二人共もつれてもみくちゃになりながらぐーるぐる。なんとか体勢を立て直そうとするけれど、秋博がぐいぐい引っ張るからすぐにごろんごろん。
ごめん秋博。こうなったら。
「ぶべっ」
よかった。秋博落っことしたらなんとかバランスをまた保てるようになったみたい。
「ふう」
「ふう、じゃねえよ!」
「ごめんごめん。でも秋博、運動神経いいのになんでちゃんと浮けないの」
ふよふよと浮きながら私は秋博に尋ねる。
「そんなん知るか」
ちょっとむっとした様子で言う秋博。なんか子供みたい。まあ私も秋博もまだ大人にはなりきれてない子供だけどね。高校生って難しい年頃だ。
『ちょっとあなたたち。遊びよりもしなければいけないことがあるんじゃないかしら。きたわよ』
え。あ。忘れてた。
ガルムの群れがいつの間にか私たちのすぐ目の前まで来てた。これちょっとやばいかも。
そう思ったら。
「佳奈、先に行くんだ」
「え、でもそうしたら秋博が」
なに言ってるの。そんなことしたらこの群れだよ。空にはガマテラスだっているのに。
「大丈夫だ。いいからいけ!」
「でもっ、秋博の枷つけたままだし!」
「こんなの枷でもなんでもない。それとも佳奈は俺が負けると思っているのか」
「そんなことないけど……」
秋博が銀の腕輪と足環に首飾りを外して私に渡してくる。でもこれ外したらどうなるの。あ、大丈夫か。私も悪魔の本がない時に魔法使ってた。
「なら行くんだ! そして五冊の本を本棚に埋めるんだ!」
「……わかった。死なないでね秋博」
秋博は強い。だから、きっと大丈夫。
私は秋博を残して飛翔の魔法でそのままぐんぐん中心部へと向かっていった。




