第四十話
「ここが、魔の島……」
『おう、やっとついたか。あと少しで本棚だな!』
「とうとうきたな。ここに本棚があるのか。大丈夫、佳奈」
「うん。秋博は?」
「いつでも」
とうとうやってきた魔の島は、断崖絶壁に囲まれた孤島だった。
来る者を阻もうとするその崖は、取り付こうものなら容赦なく荒波や魔物の鳥に食いつかれ落とされる。遠目から見える白い物体は昔は生きていたものの成れの果て。白骨だった。
「おい、お穣ちゃんたち、おれはもう帰るぜ。いいだろう? 一応半日経ったらまたくるから、な?」
「ありがとう、おじさん。助かりました」
「さんきゅ」
「ああ。お穣ちゃんたちも気をつけるんだぞ。あんな風にならないようにな。じゃあな」
そう言ったおじさんは、白骨を指しながら顔を青くしている。そりゃそうだよね。だって、数多くある白骨の中には人骨と思わしきものもあるんだもの。下手すれば自分もああなってしまうかと思うと、青くならずにはいられないんだろうね。
でも、私たちはこの中を進んで行かなくちゃならなくて。
私と秋博は、大きく深呼吸をして、意を決して舟を降りた。
魔の島の上空にはたくさんの魔物の鳥が飛んでいる。
「ねえ秋博、あの鳥はなんていうの」
「あれはガマテラス。全長三ジレほどの魔鳥だよ。酸を飛ばしてくるから気をつけてね。今のうちにマントを羽織っておこう」
「酸って、じゃあかかったらじゅわって溶けちゃうの?」
「そうだよ。大火傷負うから当たらないようにしないと」
「うわあ。気をつける」
『だけどたとえ酸を浴びても秋博は癒しの術を使えるようになったから大丈夫ね』
『進んで浴びるものでもないけどね、と僕は思う』
ガマテラス。恐ろしい鳥もいたもんだね。ぜったい当たらないようにしないと。
「すごい断崖絶壁だけどどこから登ればいいんだろう。あ、あれかな。階段があるよ」
「随分長い階段だな。あれじゃガマテラスの格好の的だ」
本当だ。二〇〇から三〇〇ジレはありそうな、すごく長い人の手で削られたような後の階段が続いている。いつ作られたんだろうってくらい風化もしていて、足を滑らせたらそのまま荒波の中に真っ逆さまだ。こんなところを登って行くの? うわあ、やばいよこれ。
でも躊躇ってなんかいられない。やるってきめたんだから、本棚にちゃんと五冊の本を戻すんだ。
「行こう、秋博」
私は先にたって歩いていく。いつでも魔法を放てるようにしておかなくちゃ。
風の魔法が一番得意だからそれにしようかな。気流を乱れさせちゃえば落ちていくかもしれないし。もし駄目だったら、水はあんまり効果なさそうだし燃やしちゃおう。
土はどうだろう。この絶壁を利用すれば……あ、いいこと思いついた。思いついたらさっそく試してみないとね。今回はちゃんと考えたから大丈夫。もういつものような失敗はしないんだから。
「やっぱりちょっと待って」
「どうしたの佳奈」
「少し思いついたことがあって。やっぱりこの階段を上って行くのは危険だと思うの」
「でもここ以外には登れそうなところはないよ。他に探すにしてもおじさんが半日で戻ってくるしさ」
「うん、それはわかってる。私が試したいのは危険なら安全にしちゃおうってことなの」
「安全に?」
「そう。私は土の魔法が使えるから思いついたんだけど、ここって断崖絶壁でしょう。土肌が見えているじゃない。それを利用しようと思ったの。ほら、こんな風に」
私は土の魔法を放つ。
「土よ、土よ。岸壁を隆起させよ!」
すると思ったとおり。隆起した土がトンネルのように階段を覆い始めた。うん、これならいける。
「すごい。なるほど、階段を覆うことでガマテラスからの攻撃を受け付けないようにしたのか。考えたね、これならいけそうだ」
「でしょ。この調子でいこう。私が先頭で進むからついてきて」
『ふむ。佳奈は魔法の扱い方を日々学んでいるのだな』
私は階段を上りながらどんどん先を隆起させてトンネルを作っていく。もちろん時折こちらにやってくるガマテラスへの牽制も忘れない。火の魔法を飛ばして邪魔をしつつ上っていった。
そんなことを続けておよそ時間。やっと頂上が見えてきた。
「もうすぐ頂上だね」
「ああ、気を抜かないでいこう」
もう少し、もう少し。あと数ジレで上りきる。私は最後のトンネルを作り上げ、それを潜り終えると見えてきたのは長年の歳月をかけて風や雨で削られた大地の彫刻。
どこまでも続く険しい谷は何人たりとも通さぬといった意志を感じるかのごとく私たちの前に立ちはだかる。
遠くにはうっすらと滝も流れており、かすかに水音も聞こえてきた。
すごい、大自然の営みをこんなに感じることが出来るなんて。
でも、悠長にしてる暇なんて私にはなかった。もしまたここに来ることができれば、その時はゆっくりと自然を肌で感じて悠久のときの流れに身を任せてみたいな。
「すごいね、秋博」
「ああ。日本じゃ見れない景色だ」
ここは火山のしまでもあって、大地は火山灰がたくさん降り積もっているからか黒い。これも魔の島といわれる所以みたい。たしかに黒い大地なんて、魔の島のイメージにぴったりだよね。
「で、本棚まではどうやっていけばいいんだろう」
「佳奈、よく見てみて。うっすらと道がある」
え、どれどれ。うーん。あ、ほんとだ。
この少し灰色になってる道筋を辿っていけばつくってことなのかな。でも誰が道を作ったんだろう?
『この道は古代文明の名残だ。二人とも見てみるといい。折れた柱が点在しているだろう。あれは古代文明に気づかれた神殿までの道筋に建てられているのだ。すなわちあの柱が道しるべとなっておる』
「なるほど~見たところあの柱は渓谷の中にまで続いてるよね。神殿かあ。そこに本棚があるの?」
『そうだ。我らが生まれた場所でもある』
「え、そうなの? じゃあ里帰りだね」
『ふふ、そうね。久しぶりの里帰りだわ』
ふーん、そっかあ。五冊の本はここで作られたのかあ。じゃあ、もしかして古代文明時代に生まれたのかな。
「なら五冊の本は古代文明時代に生まれたのか?」
『そうだぜ。俺たちは古代に封じられた魔人アルバクダルを眠りから覚まさぬために、その封印結界の礎となる役割をもっているんだよ。だがこの大陸にいる分にはどこにいてもいいからな。だから俺はこの大陸で思う存分羽目を外していたんだがよ』
「私のおじいちゃんが私の世界に転移しちゃったからそれが崩れたってこと?」
『そゆこと。ただ佳奈のおじいちゃんばかり責められないよ。悪魔が羽目を外し過ぎたから見かねて転移したんだからさ。何事もほどほどが楽しいのにね』
『うっせえ。俺は俺のやりたいようにやんのがいいんだ。ま、そのせいで引き出しに封印されてたんだがよ。ひゃは』
「なるほど。つまり悪魔の本がこの世界でやりたい放題だったのをやめさせようとしたんだな、佳奈のおじいさんは。だけどそれが世界の維持を危うくする引き金となってしまい、剣王の本が悪魔の本を迎えに来て俺と出会ったと。で、その後に佳奈が悪魔の本と出合いこちらの世界にきたと。でも剣王の本は悪魔の本を探しにきたのに先に戻ってよかったのか?」
『我まで世界から離れてはますます危うくなるからな。長い時間は秋博の世界にはいられなかったのだ』
「じゃあ私がもらった古鍵は封印を解く文字通りの鍵だったんだ。おじいちゃんはもしかしてその封印を守って欲しかったのかも。開けちゃったけど」
うーん。今更だけど開けてよかったのかな。よかったんだよね? だって、私が開けてないとこっちの世界で魔人アルバクダルが目覚めて大変なことになっちゃってただろうし。
それにしても、おじいちゃん。よかれとやったことが裏目にでるなんて、私と似てるね。いや、私がおじいちゃんに似たのか。




