第三十八話
「次って?」
「ん? ああ、うん。次はもちろん魔の島だよ。そこの本棚に本を戻さなくちゃね。なんか世界の維持がなんとかって言ってたし」
「ああ。悪魔の本が欠けたことで世界の均衡が崩れたんだ。五冊の本の役目はクルスニク大陸の維持が役目だから。だから剣王の本は俺達の世界に渡ってきたんだよ。早くしないと魔人アルバクダルが目覚めて世界が壊されてしまうんだ」
「ええ! それってやばいじゃない」
「そ。だから五冊の本と所持者は焦ってたんだよ。もちろん自分の望みを叶えるのも理由の一つだけどさ。叶えたところで世界が壊れたんじゃ意味ないしね。その辺は佳奈の悪魔と変わらないんじゃないか」
『よくおわかりで。さっきまで泣いてたのになあ。ひひ』
「やっと口を利いてくれたと思ったら痛いとこつくなよ、俺だって恥ずかしいんだから」
「こら、悪魔の本! って、秋博、口調がすこし変わったね」
「あ、変?」
「ううん、なんかワイルドでかっこいい」
「そ、そう」
「えへへ」
な、なんか恥ずかしいこと言っちゃった。でもこっちの口調の方が素の秋博なんだよね。ならこっちのほうがいいに決まってる。そのほうが私は嬉しい。
『かあ~っ俺こういった空気でえっきれえなんだよおい! やめろやめろっ、こんな空気壊れちまえ!』
『そう言うな。秋博とて我以外にやっと素直になれたんだからな』
『僕としてはもう少し口調荒い時のほうがいいけどね』
『わたしは素直が一番いいと思うわよ』
「わ、なんか急に大賑わいになってきたなあ。えっと、誰が誰?」
急に脳内にたくさんの声がしてきてびっくりした。でもこの声って。
「我っていうのが剣王で、僕が誘惑。わたしが天使だよ」
「そうなんだ。じゃあ、改めまして剣王の本さんに誘惑の本さんに天使の本さん」
『『『よろしく(ね)』』』
うーん、本なのに大所帯。かしましくなりそうだなあ。でもこういうのも楽しいよねきっと。あれ、でももう一人、じゃない、一冊忘れてるよね。神の本は? 神の本は話さないのかな。
「ねえ、神の本はしゃべらないの?」
『神の本は話さない。話すこと。それすなわち言霊として具現化するものでな』
「具現化……じゃあ、なにか話したらそれがそのまま本当のことになっちゃうってこと?」
『そうだ。ゆえに神の本は話さない。言霊とはそれほど強大な力なのだ』
『ちなみに契約しないと言霊の力を仕えないんだよ。僕らとはそこが違うかな。本のままじゃ駄目だんだよ』
そうなんだ。せっかく話せるかもしれないのになんだか可哀想だな。でも契約して言霊操るのも大変そうだし、秋博にはそのままでいてもらおう。わたしも契約者にはなりたくないな。だってそしたら秋博とおしゃべりができなくなるもの。
「ねえ、秋博」
「わかってる。契約しなければいいんだろ。俺だって言霊使いになって碌に話せなくなるのは嫌だしな」
よかった、これで安心だね。
そうだ。あのこと忘れてた。
「ねえ、秋博。忘れてたことがあるの。人殺しって、どういった罪になるの」
聞くと秋博はぐっと喉になにか詰まったような顔をした。でもごめんね、これ聞いておかないとどうすればいいかわからないから。
「えっと、そうだな。たしか人殺しは罪人を切る以外はその身を奴隷に落とすんだったっけか」
『そのとおりだ秋博』
奴隷かあ。それだとたしか奴隷商会とかいうところに連れて行かないと駄目だなんだっけ。そうしたら私が秋博を買う前に他の人に変われちゃうかもしれないし。うーん。あ、そうだ、私あれ持ってたじゃない。
「そっか。じゃあ秋博、私の奴隷になって」
「えっ」
『ひゃはは! そりゃあいいじゃないか』
「ちゃかさないでよ。私の奴隷になっていいことをたくさんするの。元の世界に帰れるときになったら外してあげるから」
人殺しは奴隷になる決まり。本当に奴隷になられちゃ自由にするためのお金とかかかりそうだし、なら
今私が持ってるのを使っていいことすれば、いいんじゃない?
だめかなあ、いいと思うんだけど。私は魔法使いのギルドの証から首輪と手錠と足枷を出す。ほら、準備は万端だよ。なんでそんな引きつった顔をしている秋博。いいアイディアでしょ。秋博を買うお金もかからないし。
『わたしとしてはきちんと奴隷に身を落としてほしいところですが、そのようなことを言っている場合ではありませんしね。現段階ではそれが一番なのではないかしら?』
「わ、わかったよ。これをつければいいんだろ」
カチャカチャと拘束具をつける秋博。うーん、なんか変なのに目覚めそう。これで鞭でももったら……いやいや、そんなこと考えちゃだめ。私は健全なんだから。
私が色々考えている間につけ終わった秋博はなんだか所在無さ気に立っている。ああ、もうつけ終わったんだ。うん、いいね。
「じゃあその首輪に縄をつけるからじっとしててね」
「え、縄!?」
「そうだよ。じゃないと奴隷になりきれないでしょ」
「わ、わかったよ」
いいね、その従順な姿勢。奴隷に向いてるんじゃないかな。
首輪と手錠と足枷をつけた秋博はなんだかちょっと変だった。ああ、汚れてなくて綺麗な格好をしているからかな。でも私、秋博にはあまり汚れて欲しくないし。そうか、そういうプレイってことにしちゃえばいいんだ。それならそんなに違和感ないでしょう。
「秋博、これから先は誰かにその格好を聞かれたら、そういうプレイなんですって言うからね。秋博もちゃんと肯定してね」
「そ、そういうプレイって佳奈……」
うん。これで大丈夫だよね。問題なし。
「じゃあそろそろ山を降りようか。あ、秋博は魔物が出たら両手で剣を使ってね、できるでしょう」
「わかった。ちょっと動きづらいけどなんとかなると思う」
魔の島に着いたらどうしようかな。どっちが本を本棚に戻すかだよね。私は、私が戻したいな。元の世界に戻りたいならどっちが叶えてもいいと思うの。それに悪いことをした秋博の願いが叶っちゃ、アマンダさんやシグルドさんに申し訳ないとも思うし。秋博には魔の島の本棚に着いたら言おう。
私たちはポールアーム山を降りた後、ひとまず宿屋で一泊をしたあと港に向かうことにした。
港に着いた私たちは波止場に泊めてある小型の舟のところにいるおじさんに声を掛けた。
「こんにちは、おじさん。あの、魔の島に渡りたいんですが連れて行ってもらえませんか」
「魔の島? あそこは魔物の巣窟だぞお穣ちゃん」
「ええ、ですが依頼を受けていかなければならないんです。お金は払いますのでお願いします」
「そりゃ、払ってくれるってんならいいけどよ」
「よかった。有難うございます」
金貨をちらつかせておじさんに言うと、おじさんはすんなり連れてってくれると言ってくれた。やっぱり他人を動かすのはお金だよね。この世界じゃ善意で動いてくれる人は本当に極々一部なんだなあ。
それが悪いとは言わないけれど、少し寂しい気もする。
「お、お穣ちゃん……彼のそれは、外してあげないのかい。見たとところ、奴隷の刺青はしてないようだが」
「ごめんなさい、これ、そういうプレイなんです」
「そっ、そうかい。そういう……プレイ」
「はい。だからお構いなく舟を出して下さい」
「あ、ああ。わかったよ」
そんないたたまれないような顔をしないでほしいなおじさん。私だって恥ずかしいんだから。
おじさんが頬をぽりぽりとかく。
私くらいの年で首輪と手錠と足枷つけた男の子を連れてるなんて、ちょっとどころじゃなく異常だよね。でも開き直らなくちゃ駄目だ。じゃないとこれからさきずっと恥ずかしい思いをしなくちゃいけないんだし。それは私も嫌だもの。




