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  作者: ちゅんちゅん
天使の本
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天使の本④~シグルド~

 ポールアーム山の山頂に着いた。ここに祭壇があるのか。見渡しすと左前方に石の台座があった。広葉樹林に囲まれてぽっかりと空いたその空間の中央に神の本が鎮座するそれは、とても厳かな雰囲気につつまれていて神秘的だった。

 僕はその台座に近づいていく。けれど、なかった。台座の窪みは空だった。

『神の本はどうやらまだないようね。でも一月も前に四つの本や証が揃っているにもかかわらず、なぜ神の本は出てこないのかしら。なにか理由があるのかそれともまだ条件が揃っていないのか……』

(理由?)

 考えられる理由としては一つ目、まだその時期ではないから。なにをもって時期とするかはわからないけれど、そう考えれば少しは納得もできる。もう一つあるとすれば。

 カナちゃんだ。彼女をここへ連れてきていないからだとすればどうだろう。今ここにはまだ彼女が所持者となっている悪魔の本がある。カナちゃんを連れてくれば所持者と本が揃うことになる。もしかしたらそうなのかもしれない。

 けれど今からジャグダンに戻るには遅い。そんなことをすればアキアース君と遭遇してしまうかもしれない。それだけは避けなければ。彼に会うのは神の本を入手してからでなければいけない。でなければ僕は彼に負けてしまうだけだろう。悪の彼に。

 僕が悪魔の本を持っていったとわかったとしても、ここに僕が来ていることはわからないだろう。だけどもしわかったとしても僕は強行軍でここに来た。彼が僕に追いつくのだっておそらくは数日の猶予がある。

 そして僕の天使の本の感知能力はアキアース君の剣王の本よりも広い。それが勝機に繋がるかもしれない。だがしかし、僕は身体能力が低い。一度彼の範囲に僕が入ったとすればもうそこで終了だ。なんとしてもそこに入らないようにしなければ。今僕ができることはとにかく彼から逃げることしかない。

 でももし範囲に入ったら天使の本の証をジャグダンの本神殿の自室に飛ばすのも危険だ。そうすれば僕も彼との距離が掴めなくなる。そうなれば足の速いアキアース君のことだ、数刻も経たずに僕は見つかってしまうだろう。その時点で終了だ。

 だから、僕がすることは一つ。このままここで数日神の本が降りたまで粘り、それで手に入れることができたならアキアース君から剣王の本と誘惑の本を貰う。もし神の本がない状態で僕の範囲にはいることになったら、彼の範囲に入らないように付かず離れずで逃げるしかない。

 一番いいのは前者。後者にはなってほしくない。

 けれど。

 二日間、魔法具のテントで休みつつ、ポールアーム山の山頂の神の本の祭壇の様子を見ていたけれど、神の本は一向に姿を現す気配はなかった。

 あと数日、あと数日ここに残れば姿を現すだろうか。だがもしアキアース君が僕に気づき、僕の行動に感づいて後を追ってきたとしたら、そろそろここにい続けるのもまずい。まだ数日の余裕はあるかもしれないが、どうしたらいいだろうか。

『来たわ彼。結構早くここへ登って来ている。急いで片付けて姿を隠さないと見つかってしまうわよ』

(……あと数日はかかるかと思っていたけど、それよりも早く来てしまったようだねアキアース君は。だが彼が予想をしていたとしても本当に僕が所持者かどうかはまだ知らないはずだ。かといってここで遭遇したらそれこそ怪しいし。ここは予定通り付かず離れずでいこう)

『気をつけてねシグルド。わたしも逐一彼の位置を報告するわ』

(ああ、そうしてくれると助かるよ)

 アキアース君。もし君が善ならばこのままここで君が来るのを待つこともできたんだろうけれど、残念だよ。

 僕は登ってくるアキアース君とは逆の方向に逃げることにする。僕の行く道はもう登山道ではなくなくなるけれど、逆に隠れる場所も多い。もしも僕の範囲から遠ざかるようならばその場でしばらく身を隠して戻ることもできる。

 僕は魔法具のテントを片付けて足早にポールアーム山の山頂の祭壇から立ち去った。登りよりも下りの方が早い。まだ大丈夫なはずだ。進んで行くと大きな岩場があったのでそこに一度身を隠す。

(どうだい。まだ彼は登山道を登ってきているのかな)

『ええ。そろそろ剣王の本の所持者も山頂に着いた頃ね。祭壇の辺りで留まっているようだわ』

(なら彼も神の本を手に入れるために来たということなんだろうか。今神の本が来てしまうとかなりまずい。そこまで考えてはいなかった。でも来ないかもしれない)

『というと?』

(やはりカナちゃんだよ。彼女が悪魔の本を持ってここに来なければ神の本は来ないということだよ。ただ悪魔の本を持っているだけでは駄目だったということ)

 ただ単に五冊の本を集めるだけなら簡単だ。所持者も集まってというのが難しい。それぞれ目的があって僕やアキアース君のように証になっているものもいるからね。

 やはりこうなってしまっては一度戻るしかないのだろう。だが、まだ生きているのだろうか。悪魔の本に聞ければ一番早いのだけど、今ここで聖なる箱を空けてしまっては転移で逃げられてしまうかもしれない。そうなってはもうどこに行ってしまうかは僕に知ることはできない。

 たとえばしらみつぶしにこのクススニク大陸を端から端まで旅して感知範囲に入るか探さないといけなくなる。でも見つかったとしても向こうが僕に気づいたらまたすぐに逃げられてしまうけど。やはり聖なる箱を開けるわけにはいかないな。

 カナちゃんが生きているとすれば悪魔の本はカナちゃんの元へ跳ぶんだろうけど。

 今ここでなにをすれば最善なのか。僕は考えた。

『近づいてきたわよ……聞いているのシグルド。剣王の本の所持者が近づいてきたわよ!』

(え、あ、しまった)

「天使の本の気配がするそうだが、そこに所持者がいるのかな。俺の予想じゃ優しげな感じのお兄さんなんだけど……合ってる?」

『シグルド、逃げなさい』

(だけど逃げるといってもどうすれば)

『今からわたしはジャグダンの本神殿の自室に戻るわ。だから剣王の本の所持者が感知できない間に逃げるのよ。静かに下に降りていくの。いい、わかったかしら』

(わ、わかった。静かに、だね)

 心臓が早鐘を打つ。天使の本の証、銀の十字架の首飾りが転移で消える。その時、ちっと舌打ちが聞こえた。今のうちに少しでも遠ざかろう。

 僕はそうっとそうっと大きな岩場を背にして道なき道を下っていく。なるべく足音を立てないように、落ちた枯れ枝などを踏まないように慎重に、だけどなるべく早く僕は歩く。

「逃げようったってそうはいかないぜ。証を転移で移動させたとしても人の気配には敏感なんだよ俺。わかるか、お前に逃げ場所はないんだよ。天使の本の所持者さんよ」

 あ、悪魔だ。やはり彼は人間の皮を被った悪魔なんだ。

 早く声が聞こえなくなるくらいまで逃げなければ。

 そうだ、僕には火の魔法があるじゃないか。

「火よ、火よ、我とかの者の間に炎の障壁を!」

 ごおおと炎の壁が僕とアキアース君の間を遮る。

「ちっ、火か! そうか、火の魔法使いということは、やはりあんたはジャグダンの神父だな、シグルド!」

 しまった。そうか、アキアース君はカナちゃんと共に旅をしていたんだった。ならばカナちゃんが僕に会いたがっていた理由も知っていたはず。迂闊だ。

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