天使の本③~シグルド~
エアトでカイーナと別れそのまま別の旅車に乗り換える。エアトからカンナブラ行きの旅車だ。ここまでくればもう大丈夫だろう。僕は本神殿に転移させた天使の本の証を手元に戻す。
『こうして再会できたということは、うまくことが運べたようね』
(そうだね。あのあとアキアース君に会ってね、ひやっとしたよ)
『彼は気づいた様子はまだないようよ。わたしが本神殿に戻った後も教会内を探しているようだったわ』
(それはよかった。一安心だね。これからカンナブラ行きの旅車に乗るからまた更に距離を稼げるだろうし、早くポールアーム山へ行って神の本が来ていないか確認をしないと)
そう。一刻も早く神の本を手に入れなければ。
神の本を入手すれば、僕は二冊の本の所持者となれる。
今僕は悪魔の本を持っているけれど、それはまだカナちゃんが存命だからね。だけどカナちゃんをどうにかすることはできない。もしどうにかなったら、悪魔の本は枷から外れてまた次の所持者を探しにどこかへ跳んでしまうから。悪魔の本はたとえカナちゃんがどうにかなったとしても、天使の本の所持者である僕を悪魔の本の所持者とは認めないだろうから。
アキアース君は今、剣王の本と誘惑の本の所持者になっている。
アマンダという女性が死んでも誘惑の本の証が彼の傍を離れないことがその理由だ。
天使の本が言うには誘惑の本は気まぐれらしいが本棚に戻ることには協力的らしい。だから既に剣王の本の所持者で契約者になっているアキアース君のほうが本棚に戻れる確立が高いと考えたのだろう。
たしかに剣技が剣王と言っていいほどの腕前であるアキアース君のほうが何事にも強くいられるだろう。僕も所持者だけど、僕が使えるのは火の魔法と癒しの魔法のみ。
持久戦には強いけど僕の身体能力じゃすぐにアキアース君が懐に飛び込んできてしまう。そんなことになったら僕の天使の本の証なんてあっという間に奪われてしまうだろう。こうして今、聖なる箱を持ち歩いているのだって本当は避けたいところなのに。
だから僕は神の本が必要なんだ。アキアース君から剣王の本の証と誘惑の本の証の二つを手に入れるためには、彼と同等の力が必要になる。
神の本の力。それは言霊を操ることだ。言霊を操るとは発した言葉のとおりに事が進むことを言う。話したとおりの結果になる。それはまさに神の言葉。神は発した言葉を実現する力がある。つまり神の本を手に入れることは神になったことと同義。僕は神になるんだよ。
この世の全てを僕の言葉によって支配することができるようになる。
僕は全ての悪事を許さない。
僕が神の本を手にすることができればこの世から全ての悪はなくなるだろう。
女神アステリアの悪をも許すその御心はとても崇高で尊いものだけど、僕には悪を許すことができないんだ。だから僕が神の本を手に入れた暁には、この世の全ての悪事をなくさせる。それが僕の望みなんだ。
『そのとおりだわ。シグルド、わたしは貴方を支持する。貴方の望みを叶える手助けをしたくなったわ。この世に悪事などいらない。わたしも強くそう思うもの』
(天使の本。君ならそう言ってくれると思っていたよ。そうだ。僕が神の本を手に入れることは世界が望むことなんだ)
旅車に揺られて十五日間。この間アキアース君が現れる気配はなかった。無事にカンナブラに到着し続けざまにポールアーム行きの旅車に乗り換える。もうすぐ手に入る。僕は次第に胸が高鳴ってくるのを感じていた。
やっと辿り着いたポールアームで僕は登山道具を道具屋で揃えた。これで準備は万端だ、明日のためにそろそろ宿屋へ向かうことにしよう。明け方になる前に登山道へ行かなければ。今日まで休みなしの強行軍だったけど旅車に揺られるだけでもあったからまだ大丈夫。僕はまだまだやれる。
翌日。
僕はポールアーム山の登山道の入り口にいた。周りは森に囲まれており、山頂もまだまだ森の中にある。二,〇〇〇ジレ級まではなだらかな道のりしかない。これが三,〇〇〇ジレ級にでもなるとまた山の雰囲気が変わってくる。
三,〇〇〇ジレ級の山だと平地との気温差は18度にもなり山頂には雪が積もる。二,〇〇〇ジレを越えた辺りから次第に森も減っていいき二,五〇〇ジレを越えるともうそこは高山帯。植物も広葉樹林から針葉樹林に変わり、そのうち岩肌が目立つようになり膝丈ほどの高山植物に変わる。
ここがクルスニク山脈のような雪山でなくて本当によかった。視界は悪いけど登山道は山頂まで伸びているし、それから外れなければ遭難することもないからね。
『このポールアーム山の山頂に神の本の祭壇があるのね。わたしもまだそこには行ったことはないからどんなところか楽しみだわ』
(登山なんて初めてだけれど装備も整えたから多分大丈夫だろう)
『でもシグルド、山を侮ってはいけないと言うわ。くれぐれも注意して登るようにね。魔物も出るだろうし』
(そうだね……さっそくお出ましのようだよ)
出てきた魔物は野生のグアファクだった。これならば素通りしても問題ないだろう。彼らは敵対心さえ出さなければ温厚な魔物だからね。思ったととおり、何事もなく脇を通り抜けることができた。
それから小休止を挟みつつ登ること五〇〇ジレほど。次に遭遇したのはガルムだった。ガルムの生息する高さはだいたい一,五〇〇ジレまで。そこから先はグアファクとタグリスルが多い。ここにもグアファクとタグリスルはるけれどそうは多くはないからね。
見えたのは一匹だけだった。おそらく斥候だろう。ガルムはまず斥候が獲物を見つけ、その後群れで襲う。斥候と群れとの距離はおよそ一〇〇から二〇〇ジレ。離れている距離によって群れに戦闘が気づかれるかどうかが決まるけれど、迷っている暇はない。
「火よ、かの邪なる魔物を焼き滅ぼせ」
火球をガルムに向かって飛ばすとそれはガルムに当たり毛を半焼させることができた。おそらく皮膚も焼け爛れているはず。ぎゃうんと鳴いたガルムは僕の方が強いと認識したのか後ずさり逃げようとする。だけどここで逃げられては仲間を呼びに行かれてしまうからね。みすみす逃したりはしないよ。
「炎よ、かの邪なる魔物を天の業火でもって焼き尽くせ」
ガルムの立っている足元から炎が湧き上がる。そうしてその炎に焼かれたガルムは灰となり消えていった。
これで悪しき魔物の魂をまた一つ救うことができた。できれば群れのほうもそうしてやりたいが、僕にはあいにく時間がない。神の本を無事に入手できた暁には残りの群れも天の業火で魂を浄化してあげよう。
『いつ見ても見事な炎。さすがわたしの選んだ天使の本の所持者ね』
(それは違うよ。君の力が素晴らしいからさ。僕は君の力を借りているにすぎないからね)
『それもそうだけれど、その力を使いこなせる者もそうはいないのよ。やはり貴方を選んで正解ね』
そうかな。だがそう言われるとこそばゆいね。むずむずするよ。
けれど天使の本がそう言ってくれると僕も、僕のしていることが正しいのだと実感できるんだ。やはり僕は神に選ばれた人間なんだ。神になるんだ。




