天使の本②~シグルド~
カナちゃんに悪の手が及ばないように隔離した後、僕はアキアース君の魔の手から逃れることだけに注意した。まずはこの入手した悪魔の本を隠さなければならない。予め用意しておいた聖なる箱に入れれば、アキアース君にも悪魔の本がどこにあるかは感知できないはずだ。
アキアース君にはまだ僕が天使の本の所持者だということを知られていないし、カナちゃんの悪魔の本を貰ったことも知られていない。今こうして外を歩いていることでアキアース君と遭遇してしまう確立が増えたけど、まだ彼は教会内を見回っているはず。今のうちにこの教会内での自室から聖なる箱を取ってこなければならないね。
僕はひとまず悪魔の本を木の幹に開いた穴に隠し、急いで自室に戻ることにした。
『アキアース。あの者は剣王の本の所持者とは思える所業をするのね。清く正しくが剣王の信条なのに』
(彼には十分注意したほうがよさそうだ)
『そうね。どうやら剣王の所持者とは思えないほど狡猾ですし。悪魔の本と剣王の本の所持者は実は逆なんじゃないかしら』
(ふふ、かもしれないね)
教会の裏口から内部へと入る。ここは一般信者は立入り禁止区域。教会に仕える者しか入ることこのできない場所だ。そこから中へと入るとしんと静まり返るいつもの空間だった。だけれど今は心なしか緊迫した雰囲気が漂っているようにみえる。
立入り禁止区域内を進み階段を上がり突き当たりにある部屋が僕の部屋だ。鍵を開けて机の上にある聖なる箱を持って来た道を戻る。
この聖なる箱は浄化の炎と癒しの力を混合させた魔力を籠めた箱。悪魔などの悪しきものを封じ込めるにはうってつけの箱だ。
僕は悪魔の本を隠した木の幹に近づき本を取り出す。そうして聖なる箱へと悪魔の本を入れようとするけれど、激しく動いて入れられないようにと悪魔の本が動いた。
『おいお前! 俺様をどうする気だ! それに入れるのか、その箱に。虫唾が走るその箱に! お前、天使の本の所持者! 楽には殺さんぞ!』
『そんなことはわたしがさせないわ悪魔の本。やっと口を開いたかと思えばなんということを言うのかしら。なぜ女神アステリアは貴方のような悪魔まで本にしたのかしら』
『知るか天使! 俺を放せっ。俺はまだあの女の死を見ていないんだ! 俺の唯一の楽しみを奪えばどうなるかわかっているのか!』
『どうなるのかしら悪魔。シグルド、これは気にせずに聖なる箱へと早く入れなさいな。うるさくて敵わないわ』
(そのようだね。それがよさそうだ)
一悶着あったけれど、抵抗にあい手こずりつつもなんとか入れることができて蓋を閉じた。これで一安心だ。あとは本神殿の自室へこれを持っていけばもう安全だろう。
あとは僕の天使の本の証も別の場所へと移動させなければ。本神殿の自室に転移させておけば大丈夫だろう。証単体ならば今すぐにでも転移させることができるからね。
『これで悪魔の本の所在はアキアースには掴めないはず。あとはわたしね。本神殿の部屋で待っているから、気をつけなさい』
(十分気をつけるよ)
なぜ僕が聖なる箱を用意していたかというと、それは天使の本のおかげだった。天使の本の所持者になってから僕は所持者の所在を他よりも広く掴むことができたからだ。そのおかげでこの教会に近づく所持者二名を感知することができた。そのうちの一つが悪魔の本と気づくとすぐに聖なる箱を作ることを天使の本が提案してくれたんだ。
これが逆だったら悪魔の本が悪魔の箱を用意して天使の本を奪われ入れられていたかもしれないと思うとぞっとするよ。
だた、善なはずの剣王の本がどうして悪に染まったのかはわからないけれど。そうでなければ共に魔の島を目指すこともできただろうに。
証を転移させた僕はふうと一息をつく。
ひとまずはアキアース君は放っておいて、最後の本である神の本を入手しなければと考える。そこで背後から声がした。
「あれ、シグルドさん、カナとはもう分かれたんですか」
「そうだよ。今頃カナちゃんも教会内を見回っているんじゃないかな。僕も一緒に探そうか?」
「いえ、いいです。カナのいる場所なら大体は想像つきますから」
「そうかい。じゃあ僕はおつとめがあるからこれで失礼するよ。カナちゃんには有意義な時間を過ごせたことを感謝していると伝えてくれないかな」
「わかりました。では俺はこれで失礼しますね」
心臓がひやっとした。アキアース君の笑顔が凍って見えたのは気のせいだと思いたい。まだ気づかれてはいないはずだから。
だけど、用心したほうがいいかもしれないね。
本神殿の部屋に置いた後にポールアーム山に向かい神の本を入手しようと思ったけれど、先にポールアーム山に行ったほうがよさそうだ。本神殿はこのジャグダン。ここにいつまでもいればいずれ僕にアキアース君はたどり着く。それは避けなければいけないことだからね。
こうして四つの本が集まりだした今、魔法の本の祭壇に神の本が姿を現す確立は高いはずだ。なんとしてでも神の本を入手しなければ。
神の本は四つの本が集まった時にだけ姿を現す。逆にいうと四つの本が近くに集まらない限りは姿を現さない。だけど、こうして一度集まればおそらくは現れるはず。
僕は急ぎ足で教会を後にするとジャグダンからエアト行きの旅車の発着場へと向かった。まだ夕方の旅車には間に合うはず。今日を逃せばあと三日は待たなくてはならない。それは大きな痛手だからね。
エアト行きの旅車の発着場へつくと、そこにはカイーナがいた。そうか、彼はまだここにいたのか。昼の旅車には間に合わなかったみたいだな。
「カイーナ。また会ったね」
「おや、シグルドではないですか。カナさんとアキアースくんはどうしたんですか。てっきりまだ一緒かと思っていましたよ」
「二人はまだ教会じゃないかな。僕との話は終わったから、僕は予定通り布教活動の旅を始めるところだよ」
「そうでしたか。彼女は火の魔法使いに聞きたいことがあると言っていました。なにかためになることは話せたのですか」
「それはもう。それと女神信仰についてももう一度話してきたところさ」
「また君は……まあいいでしょう。それで今回はどこまで行くんです」
「前回はポールアームを省いたからね、そこへ行くつもりさ。そのあとはキルトケンかな」
カイーナと旅車の発車までゆったりと話す。こうして彼とゆったりするのは久しぶりだ。相変わらずの僕にカイーナは呆れ顔をするけれど、君だってそのお人好しは治っていないだろうに。
でもそのお人好しのおかげで今回は助かったよ。君がいるおかげでもし今ここでアキアース君にみつかっても隠れ蓑的になってくれるだろうからね。
「そういう君も二人をわざわざ忙しい中連れてくるなんてね。君の方がよっぽどだよ」
「そうですか。ああみえても彼らは剣舞のアキアース、風火のカナという二つ名があるんですよ。それをつけたのはわたしですが」
「そうなのかい。意外と実力者だったんだね」
それにしてはカナちゃんはたいした抵抗もなしてあっけなくあの部屋に収まったけれど。まあ、僕が彼女にとって驚くような事をたくさん言ったからかもしれないけどね。




