第二十七話
「カナちゃん、正直に話してほしいんだけど、君は魔法の本かなにかを知っているかい。突然真っ白なページに文字が浮かんできたりする本なんだけど」
「え、どうしてそれを知っているんですか! 私誰にも話したことがないのに」
なんでシグルドさんが知っているんだろう? あ、もしかして。この本が? 私は魔法使いの証から魔法の本を取り出して見せた。そうだ、あの死の魔法まだ残ってるかな。
ぺらぺらと捲ってみたけどもう死の魔法について書かれた文章はどこにもなかった。やっぱり消えてたか。でも、シグルドさんはこの本を魔法の本だって言ってたけど、もしかして灯台下暗しってこと?
実はこの本がポールアーム山の祭壇に姿を現す魔法の本だったのかな。勝手に名づけたけど、本当に魔法の本だったとか。
「少し見せてもらってもいいかい。確かめたいことがあるんだ」
「どうぞ」
私はシグルドさんに魔法の本を手渡した。その時のシグルドさんはなんだか様子が変だってけどすぐに元に戻ったから、たぶん蝋燭台だけで灯されている部屋の暗さがそう見せているんだと思ってた。
「やはりこれが悪魔の本だったのか。ようやく見つけた」
え?
「ようやく二冊目を手に入れることができた。僕の苦労もやっと報われ始めたみたいだね」
え、どういうこと。
「ふうん。今は何もかかれてはいないか。ねえカナちゃん、これに以前文字が浮かんできたことがあったんだよね。それはどういう内容だったか話してくれるかな」
「あ、えっと。まるで私が主人公みたいにその場で起きたことが載っていたことがありました。その時は火石を作らないといけなくって、それでどうしたらいいかわからなくて、一息つけようと思って気分転換にその本を捲ったんです。そしたら試しに主人公は魔法使いだと思い込むことにしたとか、手のひらに熱い何かを感じたとか、気づいたら火石があったとか書かれていて……本当に気づいたら火石があったんです」
「なんと、それは本当なのかい。いや、本当みたいだね。ここにこう書かれている。主人公は天使の本の所持者であるシグルド・ニルコラスに本を手渡し、経緯を話したと書かれている」
え、本当に? シグルドさんが開いて見せたページには本当に言ったとおりのことが書かれていた。でも。どんどん不安が大きくなっていく。天使の本の所持者ってなに。悪魔の本ってなに。
「続きがあるね。主人公は目の前の男、シグルド・ニルコラスを不審に思い始めた。初めて聞いた言葉、天使の本の所持者。そして悪魔の本。これは魔法の本ではなかったのか、天使とか悪魔ってなに、と主人公、悪魔の本の所持者であるカワベカナは恐怖を感じながら疑問に思う。そうか僕に不審を抱き始めたのかい、いけないね」
な、なに。シグルドさんが怖い。あんなに優しそうだったのに、今じゃその微笑がすごく恐ろしく見える。なんだか泣きそう。
「泣いてはだめだよ。僕は泣き虫は嫌いだからね。泣けば事態が改善するとでも思うかい。そんなことがあるわけないだろうに。なのに、どうして泣くのかなカナちゃん」
な、泣いてなんか……そう否定しようと思ったけどできなかった。だって本当に泣いてるんだもの私。
アキアース、助けて。
「アキアース君に助けを求めても駄目だよ。彼は今、天使の本をさがしているからね。まあ、見つからないだろうけど。彼も剣王の本の所持者だったね。後で本を受け取らなくちゃいけないかな。ああ、もう既にカナちゃんとは違って証になっているんだっけ。じゃあ銀の腕輪かな。それと……銀の足環もね。
「剣王の本? 銀の腕輪に銀の足環って……それ、アキアースが身に着けている腕輪のこと? それに足環ってまさか」
「銀の足環は誘惑の本の証となった姿だよ。なんだい、そんなことも知らなかったのかい。まあ、悪魔の本と意思疎通もとれていない君じゃあ仕方ないのかもしれないけどね」
そ、そんな。銀の足環はアマンダの……じゃあアマンダは。アマンダが死んだのって……?
まさか。そんなことあるわけない! そんなこと。でも完全に否定できない自分。こんなの嫌。こんなの。こんなのってないよ!
「ああ、こんなことも書かれているね。誘惑の本の所持者であるアマンダは剣王の本の所持者であるアキアースに盗賊退治の依頼を請けた際に洞窟内で背後から一突き。そして剣を抜いた後にその剣で首筋をひと撫でされ殺された、とね。随分むごいことをするものだねアキアース君は。あんな見た目をしているのにね」
うそ。うそだ。アキアースがそんなことするわけ……するわけないの。いつだって私のこと守ってくれてた。私が失敗しても笑って許してくれた。なんでも知っているしすごく頼りになるんだよ。だからそんなことするわけ……。
「どうやらアキアース君は本を集めることを目的としているみたいだね。だから君についてきたようだ。彼にも叶えたい望みがあるんだな」
「望み?」
「ああ、君はこれも知らないのかい。じゃあせっかくだから教えてあげようかな。この世界には力のある本が五冊あってね、その本の名は、悪魔、剣王、誘惑、天使、神。この本らはクルスニク大陸のどこかに点在しているんだ。だが長い年月をかけて所持者の間を転々としていた悪魔と剣王が忽然と姿を消す。本は大陸の維持に貢献している。だから本がないと非常に困る。そのため残りの本らはポールアームの内湾にある魔の島にある本棚に戻ることを決めた。だけどそのためには協力してくれる所持者が必要なんだ。そうすることで本棚の力で悪魔と剣王の所在を掴もうとしたんだね。だが」
「悪魔の本と剣王の本はここにあります」
「そう。忽然と姿を消したはずの本が何故かここにある。その理由は僕も知らないけど、おおかた剣王の本は事態の改善のために自ら姿を現したんだと思うよ。天使がそう言っているからね」
「え、話せるんですか?」
「そりゃあね。もともと話せるんだよ本たちは。ただ、話すには所持者との意思疎通が必要になるけどね。契約も交わせば……ほら、こうして証となる」
シグルドさんがそう言って見せたのは銀の十字架の首飾り。それには白い翼がついていた。ふっと現れたそれに私は凝視した。今のって瞬間移動?
「本棚に戻す利点は二つある。まず一つ目は本らにとってだ。このクルスニク大陸を維持することができるんだよ。この大陸は女神信仰の中で大切な土地だからね。なぜ大切か話したいところだけど、今はそんな場合じゃない。また今度機会があれば話してあげようかな。二つ目の利点だけど、それは僕ら本の所持者となった者たちのだよ。本自体には特別な力があってね、その本の持つ特性を自分たちも扱うことができるんだ。カナちゃんは魔法、アキアース君は剣の腕、僕は浄化と癒しの力。アマンダさんは幻惑の術。この力を手に入れることができるんだよ。五冊の本を魔の島の本棚へと戻すとね。その上で願いが一つ叶えられるんだ」
それって、じゃあ、私が魔法を使えてるのってもしかして悪魔の本の所持者だからなの。どうして突然魔法が使えるようになったか疑問だったけど、それが理由だったなんて。
「そして、僕らがなぜ本を集めるかというと、五つの本を集めて魔の島にある本棚に全てを戻せば、その力を自分のものでできるからだよ。そのためにはこうして人を騙したり、アキアース君のように殺したりできるんだよ。恐ろしいよね」
アキアース……信じていたのに。
「魔法は使えないからねここ。悪魔封じの呪をかけてあるから。そこでゆっくり待っているといいよ僕が本を揃えて願いを叶えるまでね。アキアース君には期待しないほうがいいよ。彼は僕の持つ天使の本の証とこの悪魔の本だけだからね、興味があるのは。一応携帯食料もあるから、それで生き延びるといいよ。じゃあ、さようなら。カナちゃん」
そう言って扉をぱたんと閉めたシグルドさんは、くすくすと笑いながら足音と共に遠ざかっていった。




