第二十六話
ジャグダンのお祭り雰囲気の中、カイーナさんに案内されたのは教会だった。まだジャグダンはカーニバルは準備期間だそうで、あとひと月はそれに終われるらしい。二ヶ月ごとに一度開催されるとカイーナさんが説明したくれた。
「なんだか素朴な教会ですね。私こういう雰囲気って好きだなあ」
「そう言っていただけると彼も喜びますよ。ここは彼が拠点にしている教会ですから」
案内された教会は、白い塗装のこぢんまりとした素朴な教会だった。入り口の扉は錆色の落ち着いた雰囲気で、その上には銀色の十字架が掛けられている。その十字架にはシロツメクサの花輪が飾られていてすごく可愛い。
屋根も薄い茶色からオレンジ、アイボリーなどの瓦が敷かれていて全体的に心安らぐ感じだった。ここに出入りする人たちはきっと純朴で素朴で、人当たりがいいんだろうなって思えるような。そんな教会だった。
「おや、あなたは」
三人で教会を見上げていると、ちょうど入り口の扉が開いて中から人が出てきた。その人は、なんと以前旅車で相乗りになった神父だった。優しげな風貌のお兄さん。薄茶色の柔らかそうな髪をふわふわと風でなびかせていて、黒縁の眼鏡をかけている。ひょろりとした感じは頼りなげだけど、何故か安心感があるのはこの教会から出てきたからかな。
「やあ、シグルド。久しぶりですね。ギルド仲間から戻ったと聞いていたからまだいると思っていたんですよ。よかったですいてくれて。ああ、紹介します。こちらはシグルド・ニルコラス。ここに来るまでに話していたわたしの幼馴染です。彼が浄化の得意な火の魔法使いなんですよ」
「こんにちはお嬢さんがた。初めまして、ではないよね。たしか南シーザからポールアーム行きの旅車で相席していると記憶しているんだけど、合っているかな」
「ああ。たしかに相席していたかな。カナに教会の教えを話してくれていた方ですよね。あいにく俺は疲れて眠っていましたが」
「うんうん。アキアースは神父さんの話聞いてて途中で眠っちゃったんだよね。おかげで私だけが……じゃなくて、いいお話が聞けてよかったです」
「ふふ、いいんだよ気を使ってくれなくても。僕の悪い癖なんだ。少年少女を見るとつい講釈をたれてしまうんだよ。直さなくてはと思うんだけど、なかなかうまくいかなくてね。退屈だっただろうに」
「シグルド、またやったんですか。相変わらずですね」
私ったらなに本当のこと言っちゃってんの。シグルドさんに気を使わせちゃったじゃない。でも、なんかカイーナさんのあの話しぶりだと本当みたいだけど。
うん。たしかに悪い癖だと思うな。
とりあえず私たちも改めて自己紹介をした。
「あの、俺教会の中を見てみたいんですがいいですか」
「構わないよ。せっかくだし皆で中に入ろうか」
「はい」
「残念ですがわたしはもう戻らないと。帰った頃には仕事が溜まっているはずですから。では皆さんまたいずれお会いしましょう」
そっか、残念だけど仕方ないか。でも仕事が溜まった理由って私のせいだよね。うう、ごめんなさい。
「カイーナさん、有難うございました」
「いえいえ。ではまたなにかありましたらギルドの方へお訪ねください」
そう言って去っていくカイーナさんを見送って、私たちはシグルドさんの案内で教会の中へ入っていった。
中はこげ茶色の木の長椅子が二列で整然と並んでいて、その列の間には赤色の絨毯が敷かれている。奥の一段上がったところに卓があって、蝋燭台が卓の上に左右に分かれて置いてあった。
その後ろには細長の大きなステンドグラス。この教会は女神信仰だから、描かれているのは女神アステリア。茶髪のウェーブがかかった長髪で胸の前で両手をクロスさせている。表情は慈愛溢れる微笑で下を見下ろしているのは、この世界を見守っていてくれてるためなんだとか。
青の長衣に身を包み、赤の帯で長衣を纏め、シロツメクサを蔓にして体に巻きつけている服装はとても神秘的だった。
「綺麗」
「ほんとに綺麗だね。日の光が差し込んでいるから女神に後光が差しているように見えるよ。シグルドさん、俺他にも見て回りたいので行ってもいいですか。カナはシグルドさんに聞きたいことがあるそうなので俺だけで」
「どうぞ。女神信仰に興味を持ってただけたんなら嬉しい限りだしね」
「じゃあカナ、そういうことだから。また後でね」
「うん」
アキアースがそう言って奥の扉を開けて中へと入っていった。さあ、私も聞きたいことを聞かなくちゃ。シグルドさんには悪いけど、女神信仰のために来たんじゃないもの。
「シグルドさん、アキアースが行っていたとおり聞きたいことがあってカイーナさんに紹介をお願いしてここまで来たんです。お話を聞かせてもらえますか」
「構わないよ。どんな質問でも僕に答えられることだったらなんでもお答えしようか」
「あの、シグルドさんは火の魔法使いなんですよね。その、師事された時に長距離を一瞬で移動できる魔法とか聞いたことはないですか。私、ずっとその魔法を探しているんです」
「長距離を一瞬で移動できる魔法か。たしかに聞いたことがあるかな。そうだな……ここじゃ人目があるからね、別の場所に移動しようか。なに、そんなに離れた場所ではないからね、アキアース君にも教会内を巡っているうちに出会えるだろう」
たしかにここには信者さんたちがいるもんね。込み入った話は他の人に迷惑か。私はシグルドさんに連れられるままに教会の外を出て裏側の小道を歩いていった。
そこには、随分昔から放置されたままだというのが予想できる古びた教会の廃墟。蔦がびっしり張り巡らされていて、いかにもな雰囲気を醸し出している。今は日の光で照らされてそんなことはないけど、夜になったらゾンビとか出てきそう。
こんな場所で話すのかな。少し不安になってきた。
「あの、シグルドさん、ここで話すんですか」
「もうちょっと待ってくれないかな。実はここには隠し扉があってね……ほら、ここを持ち上げると地下室への入り口になっいるんだよ。さ、行こうか」
ほんとだ。シグルドさんがずらした石畳の下に、木の隠し扉がある。それを開けたシグルドさんが私を先に通してくれる。続いて階段を下りて中へと入ってくるシグルドさんは蝋燭台を持っていてすでに火が灯されていた。
もしかして火の魔法でつけたのかな、見たかった。
廊下を辿っていくと突き当たりに扉。そこをシグルドさんが開けると中は普通の部屋だった。隠し部屋だ、すごい。アンティークな家具で統一されていてとてもシックな感じ。こんな部屋で暮らしたら気分いいだろうな、中世時代にトリップしたよでさ。もちろんこんな地下室じゃなくて、日の当たる部屋がいいけど。
「ここは僕の秘密の部屋なんだよ。よくここで思想に耽ったり仮眠を取ったりしているんだ。だから他の人には内緒だよ、いいかい」
「はい。誰にも言いません。すごく素敵な部屋ですね。私気に入りましたここ」
「そうかい、それはよかった。なんならしばらく貸してもいいけどね」
片目を瞑ってそう言うシグルドさんはどこか茶目っ気を感じる。でも、こんな素敵な部屋、自慢したくなる気持ちもわかるなあ。
「じゃあ、話の続きをしようかカナちゃん」




