誘惑の本③~アマンダ~
「アマンダさん、魔法の本を探してるって、研究者さんなんですか」
「そうだ。たいしたことは知らないが、私も時々ポールアーム山へ登り様子を見てはいる」
記録閲覧室の一角に陣取った私達。カナが興味津々といった様子で身を乗り出して私に問いかけてくる。
魔法の本を探していることはカナに紹介される前にアキアースに聞いた。誘惑の本にも聞いたが、返事はよくわからない、だった。
『だって僕、幻惑の術を考えることばっかしてたから、正直この世界のこともよく知らないんだよね。剣王は真面目だから違うみたいだけど』
が、なにも知らなくとも、カナとアキアースの旅についてく理由としてはこれ以上ないだろう。カナに怪しまれずについていけることが重要だ。話ならばいかようにも作ることができる。
「で、で。どうだったんですか? 魔法の本はありましたか」
「いや。ここ数ヶ月のうち数回登ってはいるが、毎回、祭壇へは痕跡すらなにもない。私もポールアームの記録閲覧室で魔法の本のことを知ったのだ。お前達と知っている内容はほぼ同じと思ってくれていい」
「……そうなんですか」
「がっかりさせてすまぬ」
「いえ、いいんです。簡単に手がかりが見つかるとは思ってませんから。一緒に頑張りましょう」
「またいずれ私はポールアーム山へ行くつもりだ。カナも共に来ればよい」
カナという娘はよほど素直なのだろう。私の話を疑いもせずに信じている。
魔法の本の研究者といってはいるが、私の本来の職業は娼婦だ。
元はみすぼらしい貧相な凹凸のない体つきだが、幻惑の術で豊やか肢体にさせている。この術で男共を夢の淵へと誘い、金銀を巻き上げていた。そして食いつないだ今はかなりの額を所持している。
復讐の一歩は馬鹿な男共からの金銀の巻上げ。そして次は私を巡り争わさせて互いに相打ちをさせる。最後は死をもって償いとさせるのだ。男共の親類も同じ目に遭わせる。そうしてこの国、いや、世界の人間を残らず滅することこと私の望み。ただし、私と同じ境遇の者には慈悲を与えてやろう。
この望みのうち、慈悲にカナとアキアースは入るだろうか。カナはかろうじて入れてやっても構わぬが、アキアースは無理か。私は顔のよい男は特に信じることなどできぬ。本を奪えば見逃してやろうかとも思うが、それはカナだけにしよう。
だが、今の私にはなにもできない。幻惑の術はアキアースには効かず、唯一できる毒殺も今はまだ無理。やはり油断されるところまでもっていくのが最善か。
此度の旅。五冊の本関係を黙っているとするならば、魔物との戦いで幻惑の術を使うこともできぬ。ということは、自らの身を守ることもできぬ。まずは護身術を身に着けることだな。
カナとアキアースが滞在しているという宿屋へ着いた私達。私はさっそくアキアースへ話しかけることにした。
「結局手がかり見つからなかったね」
「そうだね、でもカナ」
「うん。わかってるよ、諦めない」
「その意気」
記録閲覧室では結局手がかりは見つからず。それでもカナは諦めずにいた。
「アキアース。私に護身術を教えてはくれぬか。いつもは護衛を雇いポールアーム山へ登っているのだが、もうそういうわけにはいかぬ。これから先、護身術の一つでも身に着けぬ限り、お前達の旅についていくことは難しいだろう。ひとつよろしく頼む」
習うのにうってつけの者がここにいる。アキアースだ。なぜならこの少年は剣王の本の所持者。体術にも精通していなければ剣を碌に扱うことはできぬ。これ以上の師はいないだろう。
「そうだね。俺の体術は基本、対人間だけど剣を扱えば魔物にも通用するだろうし、いいよ。教えるよ。アマンダは女性だし、剣といっても短剣がいいかな細身の短剣ならばしっかり心臓も一突きできるし」
「心臓も一突き!? そんなこと……でもできないと駄目なのか……アマンダさんの身を守るためだもんね」
話をすれば快く引き受けてくれるアキアースにまずは安堵する。礼に、その教えてもらった護身術でいつか剣王の本を奪ってやろう。
「カナもよく聞いていてね」
「うん。わかった」
「まず相手が正面から掴みかかってきたとするよね、その時は左腕を掴んできたとする。するとこうなるでしょ。そうしたらアマンダは肘を相手に突き出すようにして、勢いよく掴まれた手を上へと上げるんだ……そう、そんな感じだと、ほら、掴まれていた手が外れた。まずはこでが第一段階ね」
アキアースの言葉のとおりにすると、掴まれていた腕が外れた。カナも見よう見真似で私のしたように肘を前へ突き出している。その様子を見ていたアキアースは頷くと、次の段階を話し始める。
「で、次に右手で拳を作って相手の顎を強打する。本気を出してやれば、これで相手はうまくいけば脳震盪を起こす。その隙に逃げるのがいいね。あ、今は殴らなくていいから!」
ふむ。それは残念だ。本気で殴ろうかと思っていたのだが。その顔を見ていると殴りたくなるのは、アキアースの顔がよいことの表れ。私の復讐の一人に加えられることを感謝するがいい。
「なるほど。では魔物の場合はどうするのだ」
「魔物の場合はそうだね、噛み付いてついてくるんだから口だ。そうすると噛まれるとなかなか外れることはない。だから避けることに重点をおくんだ。例えば右から飛び掛ってきたとする。すると左に逃げればそのまま餌食だ。だから右へ避ける。そして、短剣で魔物の首筋、狙えなければどこでもいいから切りつける。心臓を狙うこともできればいいんだけどね。そうすれば一旦は警戒して身構えるだろう。そうしてまたきたら同じように、左なら左。右なら右、というようにして同じ行動をするんだ」
アキアースが私とカナにわかりやすいように実演する。そこへ生徒よろしくカナが挙手をして尋ねた。
「ふーん。じゃあさ、正面からきたらどうするの? 後ろに逃げたらそのまま飛び掛ってくるよね……あ、そっか。自分も正面から向かっていけばいいんだ」
「正解。その時は下から上へ強く両手で押し上げるように魔物を持ち上げるんだ。それができない大きさなら魔物の股を潜ってそのまま逃げる。もしそれほどでもない大きさで短剣があれば、押し上げる時にその短剣で突き刺せばいい。できるだけ深く。回数もこなせればそれだけ生存率が高まるよ。相手が死ぬからね」
だが、アキアースが言うのはどれも単体。これが複数いるならばどうなるのか。
「ふむ。だが、人間にしても、魔物にしても、複数で来た場合はどうするというのだ。複数相手ではたとえ一人を対処出来たとしてもどうにもならぬだろう」
「そう。だから複数で来た場合は、その一人の対処をしたらその脇をすり抜けてとにかく逃げる。魔物も同じだよ。一人で相手しようなんて考えちゃ駄目だ。そんなことしたらせっかく助かる命も助からないからね」
なるほどな。アキアースの言うことは正しいのだろう。どれも行動の理にかなっている。
その後も私とかカナはアキアースの指導のもと、いくつかの対処法を教えてもらうことができた。これから先、私は魔物との戦いが増えるだろう。その時にこの護身術が使えればいい。そして、アキアースから剣王の本を奪う時にもできれば容易に奪うことができるだろう。
早くそのときが来ればいいものだ。




