誘惑の本②~アマンダ~
ある日。
「ねえ、アキアース。早く記録閲覧室に行こうよ」
「そうだね、ポールアームみたくなにか手がかりが掴めればいいね。希望を持っていこう」
『あれ、悪魔の本と剣王の本だ。一緒にいるなんてどういう風の吹き回しだろ』
(なんだと?)
『あの二人もアマンダと同じ本の所持者だよ。でもなんでだろなー、剣王って正義の塊みたいな奴なのに。ああ、そっか! あの女の子を守るためだねきっと。悪魔の奴、まだ証になってないし、なにか企んでるんだ』
(……悪魔と剣王か。お前が気づいたところ、向こうも私の存在に気づいているのか)
『剣王のほうは気づいてるね。ほら見てあれ、証。銀のピアスだよ。あの男の子、剣を差してるでしょ。あの子が剣王のほうね。で、もう一人の女の子のほうが悪魔のだよ』
カンナブラの王都、商業区で少女と少年が歩いていた。普段なら気にも留めぬ子供だが私は二人を見て目を見張った。何故ならば二人は私と同じだったからだ。本の所持者。誘惑の本が言うのだ、確かにそうなのだろう。
一人目の少女は真っ直ぐな眼差しを持つ黒目と、風に煽られさらさらと靡く癖のない黒髪。
二人目の少年は優しげな眼差しを少女へと向ける黒目に、癖があるが柔らかそうな黒髪。
一目でわかる。どちらも私とは違う日向の下で生きる人間だ。その事実を知り私の心を暗い闇が覆うのを感じる。
だが。私は左足に身に着けている銀の足環を見る。
(悪魔とは文字通り悪魔なのか。ならばあの少女、碌な死に方はしないということか。そうか、ふふ)
『アマンダ性格悪ーい。でもそのとおり! 可哀想だけど非業の死を遂げるだろうね。悪魔の本の所持者は皆ひどい死に方をしてる。あいつはそういうのを楽しむから』
(いずれにしても二冊とは運が良い。あの二人をつけて隙を見て奪うぞ)
『そうだね。あの子達に言って素直にくれるとは思えないし。だって男の子のほうは既に僕らと同じく契約しちゃってる。うーん、なら最初に接触するなら女の子のほうかな。悪魔、まだ証になってないよ。あいつは銀の指輪だから』
(ふむ。ならばそのようにしよう。証になっていないとすれば意思疎通もできてはいないだろう。あの二人、記録閲覧室へ行くと行ってたな。先回りして待つか)
本の所持者の二人を見送った後、私は裏路地を素早く抜けて先回りする。
今の私は誘惑の本の持つ能力のうちの一つ、幻惑の術でこの身を変えていた。情熱的な紅の瞳に漆黒の艶やかな髪。鮮やかな薔薇の唇に豊やかな肢体。そばかすなど一つもない絹のような肌。元の私とはかけ離れたこの容姿。有効に使おうではないか。
記録閲覧室へ入った私はまず奥へと向かう。そこで陰から二人が来るのを待つ。
『本の所持者は契約した者なら互いの居場所が近いほどわかるからね。このくらいの距離ならかろうじて大丈夫か』
(少女が一人になったときに一気に連れ出すぞ)
その数リ後、本の所持者の二人が連れ立って記録閲覧室へと入ってきた。二人は並んで端末の席へと着く。私はそのまま手近な古書を片手に様子を窺う。すると数リ後、急に立ち上がった少年が私とは反対方向へと歩いていくのが見えた。こうも容易く隙が出来るとは。今行くべきだろうか。逡巡するも私は行くことに決める。
「どこに行くのお姉さん」
私の首筋に剣の切っ先が当てられる。心臓が冷えたがそれは一瞬。私は目線を動かし隣にいる者を見た。
「お姉さん、俺らをつけてたでしょう。本を奪おうとしてるのか気になってさ」
「……なんのことだ」
「とぼける必要あるかな? お姉さんも俺と同じなのに。ねえ、誘惑の本の所持者さん。あ、声を出すのはなしね、でないと手元が狂ってさくっといっちゃいそうだ」
『相手の方が一枚上手だったみたいだね。どうしよっか。所持者同士だと幻惑の術も効かないし』
ならば、ここは話に乗っておいたほうがいいか。下手に動けばこの少年のとおり切られるだろう。私はまだ死ねないのだ。復讐という目的を果たすまでは。
「……取引がしたいだけだ。私はこのとおりなにもできない女だ。お前に捕まっている今、なにもできんのはわかるだろう」
「それはつまり、逃げれたらなにかするってことだよね。逃げられると思ってるんだお姉さん」
この少年は見た目どおりとは思わないほうがいいか。言葉の裏で会話をする。仕方ない。ここは下手に出るべきだ。いずれ隙もできよう。そう思い口を開こうとしたが先に口を開いたのは少年。
「お姉さん、俺は別に本を集めようとは思ってないよ。ただ、旅をするために必要だから所持しているだけだ。だから、俺らの目的が果たされれば本のことはどうでもいいと思っている」
「だから手を出すなというのか。私には成さねばならぬことがある」
「そうだね。でもそれって急を要することかな。だとしたら悪いけど俺にも考えがあるな」
そう言った少年が剣の切っ先を更に深く首筋に当てる。ぷつ、と剣の切っ先が入ったのだろう。つうとなにかが流れる感触がした。この少年は本気のようだ。私はすぐに目的を果たしたいが、どうやらそうもいかないようだ。
もし少年の言葉が真実ならば、いずれは私の手の内に入る二冊の本。少年の言葉に偽りを感じるかは判断できない。だがこの状況では頷かないわけにはいかないようだった。
「わかった。ならば待つかわり、私もその旅についていく。お前の話に偽りがあるかは判断できぬのでな。私の目的は本の入手をし本棚へと戻さねば出来ぬことなのだ」
「そう、ならよかった。俺も手荒なことはしたくはなかったからね。ちなみにカナ。俺のパートナーにこのことは内緒だよ。もし話したら――」
「わかっている。剣王の本の所持者に敵うとは思ってはいない。話さないと誓おう」
『うん。アマンダなんかころっと殺されちゃうだろうね。僕もせっかくの所持者に死なれるのは困るし、ここは話に乗っておいたほうがいいよ』
そうだな。せいぜい出来ることといえば毒殺くらいだろう。だがこの少年がそうそう私からのものに手を出すとは思えん。つまり、隙が出来るまでは共に行動せねばならぬということ。復讐のためならば喜んで待つ。
「お姉さんが話のわかる人でよかった。あ、俺はアキアース。これからよろしくね」
「私はアマンダだ。剣王の所持者、アキアース」
「ああそうだ。内緒の範囲だけど、剣王の本とか、誘惑の本とか。五冊の本関係の話もしないでね。カナ、まだ証になっていないのはわかるよね。悪魔の本から守りたいんだ。俺の目的はそれ。あと、カナは転移の魔法を探しているんだ。魔法の本っていうのがそれに近いみたいでその手がかりなんかも探してる。記録閲覧室へはそういう理由できてるんだ。だから探すの手伝ってねアマンダ」
「わかった。その前にそのカナとやらに紹介してくれ」
「カナ。彼女はアマンダ。これから俺たちの旅についてきてくれることになったんだ」
「へーそう。男の人って結局は美人が好きなんだね。私と恋人設定だったくせに」
『証になってない場合は幻惑の術、効いてるんだよ。だからこの子には本当の姿がわからないんだろうね。アキアースって子も見た目で判断しないみたいだけど。効いてないのに対応普通だし』
(……いずれにせよ、いつかは別れる者達だ。油断はせぬほうがいいだろう)
だが。
「いや。私は魔法の本を調べている者だ。アキアースにそういうことでついてきたわけではないから安心しろ」
紹介してもらったカナという少女はアキアースとは違い、見た目そのままの真っ直ぐな性分らしい。取り立てて可愛くも美人でもないこの少女に私は少しばかり親しみを持つ。
「そうそう。そういう意味じゃないから大丈夫」
「なにが大丈夫かさっぱり意味がわからないんですけど!」
「ふふ。痴話喧嘩をされるのも微笑ましくていいものだ。いつまでも続けているといい」
「そんなんじゃないですアマンダさん! 旅するためのただの設定なんですから!」
もし。私がこのカナのように育っていたのならば、私の現在も少しは変わってたのだろうか。屈託なく笑い、この二人と話をすることができたのだろうか。
……もはやそれは詮無きことだが。




