誘惑の本①~アマンダ~
今宵も私のために宴が開かれる。私が主役の美しく艶やかなひと時。私と共にそのひと時を過ごしたいという男達が集まり、私をおだて、口説き、独占しようと輪を作る。
私はその男達を扇情的な踊りで誘惑し、極上の調べをこの歌声で奏で陥落させる。
この、甘く、切なく、甘美な響きを宴に流す私の名はアマンダ。優美な、という意味の名を持つ。とても相応しい名。私のためだけに存在を許されるその名。けれど私はその名を嫌っていた。
この、私に群がる、蝿のような男共のように。
「おお、アマンダ。漆黒の艶やかな髪、煌く星々を天に抱く今宵のように美しい」
「ああ、アマンダ。まるで俺の情熱を映し出したかのように紅い貴方のその瞳は、俺の心をただ真っ直ぐに打ち抜いていく」
「愛しいアマンダ。僕のためにさらけ出しているその絹のような白い肌。口付け華を咲かせたらどんなに君を彩るだろうか」
「アマンダ。その可愛らしい鈴のような声は、愛らしく囀る小鳥よりも軽やかに歌い、俺を夢の淵へと誘っていく」
「アマンダ」
「おおアマンダ」
「愛しいアマンダ」
口々に私を口説いていく蝿共を、悪魔の微笑みのような極上の笑みで誘う。私に落ちた者はもう誰も他の女を愛すことなどできない。
私のために貢ぎ、心を砕き、私のためにその命を散らせ。
本当の私のことなど誰も知らない愚かな蝿共に慈悲などくれてやるものか。
本当の私の姿など誰も知らない。憎らしいこの張りぼての顔と体。
本当の私はそばかすが顔を多い、しわがれ、髪の艶もなくしみずぼらしい貧相な体つきをもつ醜女だった。
二四年前、この世に生を受けた私は男爵家の生みの親に、醜いからと、ただそれだけで捨てられた。しかし、その親、いや、ごみ虫は家のためにというだけで私を孤児院から連れ戻し、伯爵家の次男と無理やり結婚させたのだ。だがその結婚も私はただの第二夫人。名ばかりのただの下働きであった。
第一夫人の靴を磨き、第一夫人の歩く床を磨き、第一夫人の毒見をする。毒見? ただの伯爵家が? 笑わせるな。お前らになどは爵位だけついてるただの極潰しと同じだ。私を散々貶めておいて何が慈悲深い第一夫人。それを愛おしそうにして私を見下す伯爵家の次男共々、もはや憎しみしかなかった。
私を人として扱わない者どもに天罰を。ただの塵芥だが許せぬ愚か共に死を。
それを決意したあくる日、とうとう私は自由を手に入れたのだ。
身内だけの茶会などという茶番を繰り広げた第一夫人は、私の親だというごみ虫を招待した。どうせ公衆の面前で私を虐げるための演出にでも使われるのだろう。それはそのとおりだった。
慈悲深い第一夫人は私にも茶会に参加させ、その場で毒見をさせる。
しかし私はこの日のために体に微量の毒を仕込んでいたのだ。もちろん体に毒を慣れさせるために。その目的はもちろん毒殺するためだ。あらかじめ毒を仕込んでいたお陰で私は嘔吐のみですんだ。だが、あいつらは違かった。
聞くに堪えぬ叫び声、呻き声を辺りに響かせる塵芥共。まさに阿鼻叫喚だが、それを見ている私の心はこれから先の自由に心躍らせた。このような聞くに堪えぬ声だが、今の私にはクラシカルな四重奏。その醜き声で私を地獄の果てから見送るがいい。天に羽ばたくこの私を。
私にたいする仕打ちに自ら罰を与えてやったこと、その優しさに歓喜するがいい。
貴族街を抜け出た先。乞食共がたむろする路地裏で、私は一時の休息を得ていた。
いずれ私のみがいないことに気づくであろう騎士配下の兵士が、私を捕まえるために追ってくるだろう。だがやっと手に入れた自由を逃すつもりはない。
私はここへ来る前に邸から持ってきた服飾を数点売りさばいた。もちろんこれからの資金にするためだ。およそ金貨一〇〇枚。これで少しは時間が稼げるはず。売りさばいた古物屋で手切れ金を渡し、そこで一時逃れるための服を買い着替える。これでどこからどうみてもみすぼらしい乞食女。
そしてさらしを巻いて残りの服飾を隠し、太ももにも巻きつける。スカートが少し盛り上がっているが注意して見ない限りは大丈夫だろう。そうして出たところで兵士に出くわした。
まさかもうここまで来るとは。
「こいつか?」
「いや、貴族の娘だ。こんなみずぼらしい女ではあるまい」
「そうだな。いくら化けていてもこれはないだろう。よし、行くぞ」
私の全身を見下した目つきで見た兵士らはそう言うと去っていく。ふん、節穴め。そのみずぼらしい女が貴族の娘だとは思えずか。やはり男は見た目で判断する。私があの第一夫人のような容姿ならば、すぐに捕まっていたのだろうな。
どうせ私の容姿はそばかすだらけの目は離れ鼻は曲がりのしわがれた醜女。この格好はお似合いだろうよ。
私は裏路地を身を隠すようにして進む。そして思う。私を馬鹿にする者共、この世の男共に復讐をと。
その時。
『ならば僕と契約しないかい? するならば絶世の美女になれ、復讐し放題さ』
「……なんだ」
『ほら聞こえているんでしょ。僕はここだよ、ここ。樽の上を見てごらんよ。一冊の本が見えるだろう、それがこの僕』
怪しい声が聞こえた。その声の通りに右の路地に置いてある樽を見ると、その上には一冊の古びた本がある。
『見つけてくれたようだね。僕を持って逃げて。この先を行くと袋小路がある。そこだと滅多なことでは見つからないから、そこへひとまず』
「本当にお前が話しているのか。本だぞ。私を謀っているのならば人間よ出て来い」
『君を騙す理由があると思う? 僕はただ君の望みを叶えたいだけ。その前に、僕の望みを叶えてくれれば、だけど』
声は頭に響くようにしていた。ならば私に話しかけているのはやはり人ではない何か、なのだろう。追われている今、仕方なくその声の通りに本を抱き上げ路地を行く。
『ここならほら大丈夫。君は今僕に感謝しなきゃね』
「……感謝する。で、私に呼びかけた理由はなんだ。お前の望みとは」
『僕はね、家へ帰りたいんだ。魔の島にある本棚へね。ほら、僕、変わった本でしょう? 名前は誘惑の本っていうんだけど、その名の通り、僕の所持者は周りを幻惑の術で誘惑することが出来るようになるんだ』
「誘惑か、いいなそれは。私の復讐にはもってこいの効果だ」
『でしょ! でね、僕のほかにも本がまだいるんだけど、その本は全部で五冊。その本を全て集めて本棚へ戻すと、君は幻惑の術の力を手に入れることができるんだ。僕なしでね。いいでしょ! それがお礼』
「なるほど。ではお前のいうとおりに本を集めれば私の復讐は生涯続けることができるのだな。ならばいいだろう、その話受けよう」
『ほんとに? やった! やっぱりなしは駄目だよ。じゃあ僕は証に変わるから、それを身に着けててね。ちなみに一度身につけると本棚に入れるか、君が死ぬまで外れないから』
おかしな本との出会い。これが私にとって吉とでるか凶とでるかはまだわからぬが、たとえ凶であったとしても、復讐さえできればこの身、どうなろうと構わぬ。
それが私の生きる意味なのだから。




