第十六話
あの後、祭壇を一応調べて、でも結局なにもないまま私達はポールアーム山を降りることになった。あの時のアキアース、少し照れてた? どもってた。でも嬉しかったな、ああ言ってくれて。
私の心境も変わってきたみたい。やっと少しだけこちらの世界に来てよかったと思えるのは、アキアースに会えたから、かな。彼との距離も少し縮まった感じがする。
「ねえ、アキアース。私、請けたい依頼があるんだけど」
「なに、どんなの」
「シグサ草の採集依頼。ほら、あの商人のおばさんが話してた薬草だよ。期間は三日間で五〇束って依頼が出てるの」
私の魔法使いの証をパソコンみたく立ち上げる感じにすると、ホログラフみたいに色々見れるようになってる。今見てるカテゴリは依頼のところ。ポールアームの道具屋さんが依頼をだしてるみたい。
「いいね。達成報酬は五〇銀貨か。それ以上に採集も、引き取り可とあるね」
「でしょ。登山用品でお金使っちゃったし、そろそろなにか依頼を請けたほうがいいかと思って」
「じゃあついでにまたダグリスルの討伐依頼もいいかな。俺のほうのは今度は角じゃなくて眼球と皮なんだけど。これも道具屋なんだ」
「眼球? え、それって目だよね。目なんてどうするの」
「ダグリスルの眼球はすりつぶしてシグサ草とあわせると、解毒剤のベースになるんだよ。このベースに毒蛇なら毒蛇。毒鼠なら毒鼠の毒を入れて混ぜるんだ。するとそれにあわせた解毒剤になる。他にも入れる材料があるみたいだけど、俺が以前聞いたのはそれだけかな」
「眼球……毒……なんか、もっと悪くなりなりそうだね」
「そう?」
「う、うん」
そんな解毒剤、私、飲みたくない。どうかそんな状況になりませんように。
「よし、これで三四束目だね」
「あと十六束かあ。あ、ねえアキアース。あれ見て。ダグリスル」
「ほんとだ。じゃあ軽く狩るか」
アキアースが剣をそろっと抜いて言う。でも、私一人でできないかな。私が一人で魔物を倒したのって、あのガルムに囲まれたときだけだし。できればきちんと向き合って倒したい。いつもこぼれた魔物しか倒せていないし、少しでも対等になれるようになりたい。アキアースはもう対等だって言ってくれるだろうけど、それじゃ、私が納得できないもの。どうしても足手まといになりたくないって気持ちが強い。
「それなんだけど、私が一人でやりたい」
「一人で? 理由をきいていい?」
「私、ま、魔法の修練もしたいの。だから、本当に危なくなるまでは一人でやりたいの。これから先も旅をつづけるならそれは絶対に必要だし。お願いアキアース。お願いします」
これも本当。いつまでも洗濯機の魔法だけじゃだめだよね。火熾しの魔法や水を出す魔法に風の刃、物を浮かせて移動させる運びの魔法って、うまく使えば魔物を倒せると思う。威力だって、魔力の籠めかたで変えられるし。やっぱりこれも必要だよ。今言っててそう強く思う。
「本気みたいだね。わかった。ただし無理はしないこと。登山のときみたく限界まで頑張っては駄目だよ。危なくなったらすぐ助けるから」
「ありがとう、アキアース。私、やってみる」
アキアースが物陰に隠れるのを確認してから、私はダグリスルへとそーっと近づく。ダグリスルは気づく様子もなく草を食んでいた。
まずは……物を浮かせて移動させる運びの魔法にしよう。これなら高く高く持ち上げて、魔法を消せば叩きつけて倒すことができるかもしれない。
「浮け、浮け。ダグリスルを浮かす! ……やった。次は、えっと。上がれ、上がれ。上がれ!」
集中してダグリスルを高く高く持ち上げる。大きな木の天辺辺りについたとき、私はその魔法効果を打ち消した。すると、ダグリスルは悲鳴を上げながら一気に地面へと落下した。
「やった?」
ううん、まだ。私は続いて首めがけて風の刃を投げつけるようにした。これは私がガルムの群れを無我夢中で倒した時に使ったもので、主に包丁みたく調理の時や、農業で草を刈ったり収穫する時に使う。
あの時は本当に死に物狂いだったから血の雨になるなんて考えもせずに、ただひたすらガルムの群れを切り裂くことばかり考えてた。だって、じゃないと私が死んじゃうもの。それだけは嫌だった。死ぬのは怖い。
風の刃は数枚外れたけれど他は見事に命中。呻いていたダグリスルは首を切られて今度こそ絶命した。
「ふう。できた……よかった」
今度は狙ってやったし、数も一匹で横たわっているやつだったから血の雨は降らなかった。
「やったねカナ。綺麗な仕留めかただったよ。これなら眼球も傷ついてないし、角やその他も売れるだろうね」
「うん。私、ちゃんとやれたみたい。よかった」
そうしてその後もシグサ草を採集したら、全部で六〇束集めることができた。一〇束多いし、少しだけ報酬上がるかな。
「あ、またいる。どうする、アキアース。あれも倒したほうがいいの?」
「ん? ああ、うん。でも既に眼球は入手してるしなあ。まあ、血抜きの時間もそんなにまだやってないし、二匹目がいてもそう大差なく帰れるかな。いいよ、カナ。よろしく」
「うん」
今度は火熾しの魔法を使ってみよう。焚き火や調理で使う魔法でけど、これも魔力量を調節すればかなりの威力になると思うんだ。
「火よ、火よ。ダグリスルへ向かって飛べ!」
両手一杯の大きさにした火球を、まだこちらに気づいていないダグリスルへと向かって飛ばした。
「カナ! 外れる!」
「えっ」
だけど、私が飛ばした火球はダグリスルの脇をすり抜けて木に当たった。ダグリスルはそれに驚いて逃げてしまう。
ああ、どうしよう。木に火がついちゃった! えっと、えっと。まずは火を消さなくちゃ。
「風よ、火を吹き消せ!」
「だめだカナ。それじゃ火の勢いが強くなるだけだ!」
「ええっ!?」
洗濯機の魔法を使って火をかき消そうとしたけれど、アキアースの言うとおりに火の勢いは更に増しただけだった。だけだった、じゃないよ私、なにやってんの!
「ど、どうしよう!」
「水だ、カナ!」
「みっ水……水はえっと、洗い物や調理に洗濯機のすすぎ洗いで、掃除にも使えて……ええと、ええと」
私がもたもたしている間に、火はどんどん広がって、辺りはすでに火事のレベル。やばい、どうしよう。水、水。ええい、もうどうにでもなれ!
「水よ、水よ、全てを洗い流せ!」
その瞬間。ごおおっと大きな音がした。空から滝のように水が流れ落ちてきて私達を押し流す。手加減なしで籠められた魔法の威力は凄かった。つ、冷たっ。な、流される。ごぼごぼごば。
「カナ、こっち」
大量の水に流される私に手をさし伸ばしてくれたアキアースもびしょ濡れで、彼は片方の手で木の枝を掴んでいた。その手に捕まろうと私も手を伸ばすけど、なかなか掴むことができずに流されていく。
ああ、なんてことをしちゃったんだろう私。これじゃ災害じゃない。溺れて沈んでいく私の体を、きっとアキアースが引き上げてくれたんだと思う。黒い影が見えたところで私の意識はぷっつりと途絶えてしまった。
「気がついた、カナ」
「うーん……ア、アキアース」
ほっとした表情で私の顔を覗き込むアキアース。どうしたんだろう。なにかあったのかな。私がそんな顔をしていたら。
いたっ。でこぴんされた。
「なに、なにかあった? って顔してるの。カナのこと運ぶの大変だったんだからね。他の人にまで心配されて。お互いにずぶ濡れでひどかったんだよ」
「あ、そっか。私達、流されたんだった、水の魔法で」
やっぱり記憶がなくなる前に見たあの影はアキアースだったんだ。飛び込んで助けてくれたんだ。宿屋に戻ってきてるみたいだし、おぶってくれたのかな。
「思い出した?」
「うん。ごめんなさい。助けてくれて有難う」
しゅんとして項垂れると、アキアースは頬をかいてこう言ってきた。
「いいよ、無事なら。ずぶ濡れのお陰でいい思いもできたしね」
んん? 何のことだろう。それよりもなんかぐったりする。疲れたのかな、眠い。ベッドの中はぬくぬくと暖かい。いつのまに服乾いたんだろ、う。ねむ……い……おやすみ。
「まったく、少しは気づいてくれてもいいのにね、カナ。服、悪いけど着替えさせてもらったからね。おやすみ、カナ」
誰かがなにかを言っていたけど、なんて言っていたのかはわからなかった。
翌日、すっかり元気になった私達は依頼を達成させて、次の目的地、カンナブラの記録閲覧室へと向かうことにしたのだった。




