第十五話
翌日。まだ朝日が昇る前に起きた私とアキアースは、装備の点検をもう一度だけしてポールアーム山の登山道へ向かうことにした。標高二,一〇七ジレ。こちらの世界では、ミリ、センチ、メートル、キロが、ナジレ、ルジレ、ジレ、レジレの順になってるみたい。名前が変わると覚えにくいからなあ、なるべく早く慣れたいところだな。
「じゃ、ここからは靴を履き替えていくよ」
「うん。マントはまだいいの?」
「そうだな、マントは夕方くらいになったらにしようか。あとは天候次第かな。杖も指輪から出して持ってね」
「わかった」
アキアースが言うには、登山の仕方はゆっくり歩幅を狭めて歩くこと、らしい。だいたい三〇ルジレの歩幅でゆっくり歩くといいみたい。そして、その時はあまり足を高く上げないことがポイントなんだって。疲れにくくするためみたい。たしかにそうだよね、元気良く足を高く上げて大幅で歩いたらすぐに疲れるだろうし。
呼吸の方法もあるみたいで、ゆっくり深呼吸しながらがいいそうだ。その時はお腹を使うそうで、つまり腹式呼吸。うーん、これしながら体をねじりつつ歩いたらお腹痩せにちょうどいいかも。でも疲れるかな。大体半日歩くって言ってたしそんなことしてる余裕はないか。息を吐くときはすっかりと吐くことも大事なんだそうだ。
「じゃあ軽く体操しておこうか。体をほぐしておかないとね」
いっちに、さんし、にいに、さんし。本当はラジオ体操に使用かと思ったけど、ちょっと恥ずかしかったから、高校の体育の授業でしてたストレッチにした。アキアースも似たようなのをしていて、世界は違えどもすることは似てるんだなって思った。
そうしてやっと登り始めて三〇分。あ、こっちの世界だと三〇リか。経ったところで最初の休憩がきた。
「このくらいならまだ大丈夫みたいだね」
「うん。イングスから王都まで一週間は歩いたし。あっちはほとんど平坦な道だったからかもしれないけど、でもまだまだ大丈夫だよ」
登り始めてまだ三〇リ。これが数時間、数リレだったら違ってくるだろうけど。まだまだ平坦に近い緩やかな傾斜だし。いける。
と、思ってたけど。
「つ、疲れた」
その緩やかな傾斜ってのが曲者だったみたい。一リレ三〇リでもうくたくただった。
「一〇リ休もうか。携帯食料も少し食べよう。あと、水は少し含んだだけ飲んで数回に分けてね。ガブ飲みは駄目だよ。お腹を壊したら大変だから」
「う、うん」
ついガブ飲みしようとしたらアキアースにそう注意される。ばれたか。まだ登山は長いからね。私のペースで飲んだらすぐになくなっちゃう。気をつけないと。まだ四〇〇リくらいしか登ってないんだし、あと五分の四はあるんだから。
「どう、カナ。まだいけそう? 俺は慣れてるから平気だけど、カナはそうじゃないでしょ。今回の登山はカナのペースで登るから、なにかあったらすぐに言ってね」
「うん。とりあえずまだ頑張れそう。お昼までには半分は登りたいし」
「そうだけど、くれぐれも無理はしないでね。俺もカナの体調管理には気をつけるけど」
アキアース、本当にいい人だなあ。前にも思ったけど、胡乱な目で最初に見ちゃってごめん。もうそんな目はしないから許してね。
それからも一リレごとに小休止をはさみつつ、私達はゆっくりゆっくり登山道を行く。魔物もたまに出るからその撃退もする。そして太陽が真上にきたことで三〇リの休憩をとることに。
「も、もうだめ。歩けないー」
「頑張ったねカナ。ゆっくり休もう」
道端の開けたところで大の字で横たわる私に苦笑いをこぼしながら、私の空間収納からパンを取り出すアキアース。はいと手渡されてよろよろと起き上がった私は、齧りながら飯盒に固形スープの元を入れて水を入れた。そして火石を中へぽんと入れて魔力を流し込む。するとあっというまにぐつぐつと煮だったスープからは、美味しそうなオニオンスープの匂いがした。食欲をそそるなあ。
「あつ、おいし」
「ああ、うまいね。長時間歩いた後だから格別」
「うんうん」
スープにパンを浸して食べるとさらに美味しかった。労働、というか動いた後のご飯は本当に美味しい。
でも、まだあと半分もあるのか。最初はいいペースだったけど、だんだん落ちていって、本当なら八合目あたりにいるはずが、まだ五合目。うう、私のせい。けどもう本当無理。疲れすぎ……。
「あ!」
ついうとうとしてて飛び起きた。
「あ、起きた?」
そこはテントの中だった。あ、あれ。私道端で昼ご飯食べてたんじゃあ。アキアースの問いに答えずにばっとテントを開けると、空には夜空が広がっていて。
……しまった。
「ご、ごめんアキアース! 私寝ちゃってた!」
さあっと血の気が引いて勢い良くアキアースに謝る。
なんで私寝ちゃったの。ばかばか。急いで取り戻さなくちゃ。
「今すぐ行こう、さあ行こう!」
「何を言ってるんだカナ。こんな夜中に山の中を歩き回るなんて自殺行為だよ」
「でも私のせいでこんなに遅れちゃったし」
「それはいいんだよ。もともと一日で往復できるとは考えてなかったし、なによりカナは登山初心者なんだから。こうなることは予想の範囲内だよ」
「え、そうだったの」
「ああ、だから大丈夫。自分を責めなくてもいいんだ。焦らなくてもいいんだよ」
「そっか、そうなんだ……よかった」
そうだよね、アキアースの言うとおりこんな夜中を歩いたら危険だよね。道を間違えるだろうし、もしかしたらその先が崖かもしれないし。
うん。今はおとなしくしてよう。
「じゃあ私起きてるからアキアース眠ってていいよ。私が寝てる間見張っててくれたんでしょ」
「ならお言葉に甘えて。後でまた交換するから、おやすみカナ」
「おやすみアキアース」
旅なれたアキアースはすうっとすぐに寝入ってしまった。私はまだ一リくらいは考え事しないと眠れないけど。そのうち同じように眠ることも出来るのかな。そういうのも旅には必要な技能みたいなものだよね。
そして朝。日の入りとともにまた登山を始めた私達は、お昼前には無事祭壇に到着することが出来た。
「ここが魔法の本の祭壇」
「けど祭壇にはなにも乗っていないな。周りを調べてみるか」
山頂に階段付きの台があって、その天辺に両腕で囲えるくらいの台座があったんだけど、そこにはなんにもなかった。アキアースが調べてみるって言ってたけど、他になにもないのはここから見ても明白だった。
本は戻ってはいない。これで振り出しに戻ったわけだ。
「ないね」
「ないな」
はあ、と大きな溜息が出る。せっかくの手がかりだったのに。せっかく大変な思いをして山を登ったのに。
「カナ。落ち込まない。旅をしていればこういうことはよくあるんだ。依頼を請けて行けば他の冒険者に先を越されてたり、ようやく到着すれば魔物は別の場所に移動していたり、ね。今回もそうだよ。たまたま本は戻っていなかったってだけ。なら、他に出来ることをしないとね」
「他に?」
「そ。まだカンナブラとジャグダンの国が残ってるしキルトケンにも行ってない。あと三つもあるんだ。なら、今回の記録閲覧室のように何か手がかりがあるかもしれないだろ。な、前向きにいこう」
前向きに……。
「……アキアースはすごいね。私、調べても、ここにきても、駄目ばっかりですぐに諦めかけちゃうのに、アキアースの言葉でいつもすごっく元気付けられる。私は後ろ向きな考えばかりだけど、うん。私ももう後ろ向きはやめるね。アキアースの言うとおりにしてれば、いつかきっとわかると思うもの。きっとそう。だからアキアース、ありがとう」
「あ、いや。いいんだ。俺もカナに助けられてるしね」
「そう、なの?」
私がアキアースのこと助けたことなんてあったっけ? 全然わかんないや。
「そう。例えば魔法で俺が取り逃がした魔物をきちんと倒したり、手早く食事の準備をしたりさ。あとは、そうだな……俺の言葉で笑ってくれたり、ね。俺も一人旅のときはたまに寂しくなって国へ帰りたくなることもあったけど、カナと出会ってからはそんなことなくなったんだ。寂しくない。だからカナにはいつも助けられてるんだ」
「……アキアース」
そうだったんだ。アキアースにもそういうのあったんだ。寂しい。そうだよね、私とそう年も変わらなそうなのに、いつもしっかりしてたから違うのかと思ってた。そうだったんだ。アキアースも一緒なんだ。そっか。
登山関係の話はネットで調べましたが、鵜呑みにはしないでいただけると助かります。




