01-56.ハッサン視点1
「ヒューッ……! ザザーッ!」
厚い土壁の外で、地響きのような風の音が唸りを上げている。
今朝から降り始めた初雪は、あっという間に視界を真っ白に染め上げる猛吹雪に変わっていた。
オイアクス村の冬は、容赦がない。
ひとたび吹雪になれば、外の空気は一瞬で肌を刺すような氷の刃になり、井戸の水さえカチカチに凍りついてしまう。
窓枠の隙間にはフェルトの切れ端を目張りし、分厚い絨毯のような毛織物の幕を重々しく垂らしているけれど、それでも冷気がじわりと土間から忍び寄ってくるのが分かる。
「うう、寒い寒ーい! 足の指が固まっちゃいそうだよ!」
外の家畜小屋の雪の吹き込みを抑える作業から戻ってきたオレは、濡れた防寒着を脱ぎ捨てるやいなや、一目散に部屋の真ん中へ走った。
極寒の世界に変貌した外とは対照的に、部屋の中はパラダイスみたいに温かい。
部屋の真ん中にどっしりと鎮座しているのは、我が家の掘りごたつ風暖房器具だ。
床に彫られた浅い穴の中に、赤々と熾った極上の炭が入った火鉢を置き、その上に低い木製の台を重ね、上から家中の一番大きな分厚い掛け布団を広げた暖房器具だ。
これがなければ、厳しい冬を乗り越えることなんて絶対にできない。
「ハッサン、ズルいぞ! 俺も入る!」
「ナスルも! ナスルも潜るー!」
双子のフサンと、二歳の弟のナスルが、オレの後に続いてサンダリの中に飛び込んできた。
掛け布団を首元まですっぽり被り、足先を火鉢の周りの温かい空間へ滑り込ませる。
じんわりと熱が足裏から頭のてっぺんまで駆け昇ってきて、思わず「はぁ~……っ」と三人揃って幸せな脱力声を漏らしてしまった。
「こらこら、急に飛び込むと危ないよ。火鉢の炭に足がつかないように気をつけてね」
オレたちの正面で、呆れつつも優しく微笑んでいるのが、大好きなトッシュ兄ちゃんだ。
兄ちゃんはサンダリの天板の上に置いた茶碗を手に持ち、ふうふうと息を吹きかけながら、淹れたての温かいお茶を啜っていた。
部屋の中には、土壁の匂いと、炭が爆ぜるかすかな音、そして香ばしいお茶の湯気がふわりと漂っている。
秋のうちにお母さんやおばあちゃんが作ってくれた、塩辛くて固い乾燥ヨーグルト玉や干し肉も、この温かいお茶に浸して柔らかくしながら食べるのが冬の最高のおやつだ。
だけど、オレたちにとって冬の一番のごちそうは、このサンダリの中でトッシュ兄ちゃんと一緒に過ごす時間だった。
今年の夏、村中が熱を出して大変だった時、トッシュ兄ちゃんは大人たちに混ざって色んな指示を出し、村中の命を救ってみせた。
お父さんやおじいちゃん、村長さんまでがトッシュ兄ちゃんの言葉に耳を傾ける姿を見て、オレとフサンは胸がスカッとしたし、兄ちゃんがなんだか「もう一人のお父さん」みたいに頼もしく思えたものだ。
「ねえ、トッシュ兄ちゃん! 外はすごい吹雪だし、どこにも遊びに行けないよ。なんか面白いお話してよ!」
オレがサンダリの中で兄ちゃんの膝に抱きつくと、フサンも反対側から兄ちゃんの腕にしがみついた。
「そうだよ! トッシュ兄ちゃんが知ってる、あの面白いお話! 大きなカブのやつ聞きたい!」
「カブー! おじいさんが引っぱるやつー!」
ナスルも膝の上で手を叩いてはしゃぎ出す。
トッシュ兄ちゃんは「えっと……どんなお話だったかな」なんて言いながら、少し困ったように頭をかいた。
そして何か物思いにふけるのだ。
トッシュ兄ちゃんは時々、誰も聞いたことがないような不思議で面白い「おとぎ話」を教えてくれるんだ。
どこで聞いたのか尋ねても「遠い国の昔話だよ」としか教えてくれないけれど、村のどのお話よりもワクワクして、オレたちは大好物だった。
「よし、じゃあ……うろ覚えだけど、話すね。むかしむかし、あるところにおじいさんがいて、とびきり大きなカブの種を植えました……」
トッシュ兄ちゃんが静かで穏やかな声でお話を始めると、それまでガヤガヤしていたサンダリの中が、すっと静まり返る。
「カブは甘くて元気な、とてつもなく大きなカブに育ちました。おじいさんは抜こうとしましたが……うんとこしょ、どっこいしょ! それでもカブは抜けません。そこでおじいさんは、おばあさんを呼んできました……」
「うんとこしょー! どっこいしょー!」
オレとフサン、ナスルも声をご破算にして、一緒になって声を合わせて叫ぶ。
トッシュ兄ちゃんは嬉しそうに目を細めて、オレたちの頭を順番に優しく撫でてくれた。
吹雪の音も、窓を叩く冷たい風の音も、もう全然怖くない。
サンダリの中のポカポカとしたぬくもりと、香ばしいお茶の匂い。
そして、大好きなトッシュ兄ちゃんの温かい体温とお話の声。
どんなに厳しい極寒の冬がやってきても、この温かい家とトッシュ兄ちゃんがいれば、オレたちは絶対に平気なんだ。
オレは兄ちゃんの服の裾をぎゅっと握りしめながら、夢中になってお話の続きに耳を澄ませていた。




