01-54.ムフバット視点2
村を包んでいたあの恐ろしい猛暑が去り、九月の風が爽やかに中庭を吹き抜けるようになった。
日差しの鋭さは和らぎ、空の青さが日増しに高くなっていくのを感じると、私たち農家の女の手は一気に忙しくなる。
厳しい冬を無事に越すための、大切な保存食作りの季節――秋がやってきたのだ。
我が家の中庭では、庭の葡萄棚から収穫した房ごとの葡萄を、風通しの良い日陰に整然と吊るす作業が進んでいた。
じっくりと太陽の恵みを含ませて乾燥させ、甘みを凝縮させた干し葡萄をつくるためだ。
さらにその隣では、搾りたての牛乳から作った酸っぱいヨーグルトを大きな布袋に包み、水分をしっかり切った水切りヨーグルトの仕込みも行われている。
たっぷり岩塩を混ぜ込み、手で小さく丸めて乾燥させ、カチカチに固めた乾燥ヨーグルト玉にしておけば、冬の間も腐らない貴重な栄養源になってくれるのだ。
「お母さん、はい! この葡萄の房も吊るすね!」
「ありがとう、トッシュ。助かるわ」
七歳になった長男のトッシュが、小さな手で丁寧に葡萄の房を運んできてくれた。
双子の弟であるハッサンとフサンは、作業の合間にこっそり熟した葡萄をつまみ食いしては「甘ーい!」とはしゃぎ回っているけれど、トッシュは違う。
まるで大人の手伝い人のように、テキパキと泥のついていない綺麗なかごへ果実を分け、手際よく作業を進めてくれるのだ。
一度倒れて目覚めてからのトッシュは、本当に大人びた。
春から夏にかけて、飲む水に人一倍こだわりを見せていた時は、病み上がりのわがままかと少し心配もした。
けれど、あの子の作ったあの特別な壺とお茶のおかげで、我が家は酷暑の夏を誰一人体調を崩さずに乗り切ることができた。
それどころか、村中のたくさんの人たちの命まで救ってしまったのだから、母親としては誇らしいやら、少し寂しいやらで胸がいっぱいになる。
「ふう……お母さん、僕ちょっとお茶を淹れてくるね」
「ええ、お願いね。皆の分も淹れてちょうだい」
作業が一区切りついたところで、トッシュは物置のろ過壺から注いだ綺麗な水を使って、慣れた手つきでやかんを火にかけた。
まもなくして、香ばしいお茶の湯気が中庭にふわりと広がる。
トッシュはピヤラと呼ばれる素焼きの茶碗にお茶を注ぐと、出来上がったばかりの半乾燥の甘い干し葡萄を小皿に少しだけ乗せて、私の隣に腰を下ろした。
「お母さん、どうぞ。お疲れさま」
「まあ、ありがとうトッシュ」
温かいお茶を受け取り、一口含んだトッシュは、ほわあっと全身の力を抜いて幸せそうな吐息を漏らした。
「んー……やっぱり、お茶は最高だなあ。それにね、お母さん! この出来立ての干し葡萄のキュッとした酸味と濃い甘みが、温かいお茶にすごく合うんだよ! 最高のお茶うけだね!」
目を細めて嬉しそうにお茶を啜り、干し葡萄を大事そうに味わうトッシュの姿は、まるで小さな老人のようで、思わずくすりと笑いがこぼれてしまった。
「ふふっ、トッシュはお茶が本当に大好きなのね。まるでプラートさんやおじいちゃんみたいだわ」
「だって、美味しいんだもん。こうやって家族と美味しいお茶が飲めるの、すごく落ち着くよ」
無邪気に笑う息子の表情は、やっぱり私の愛しい七歳の子供そのものだった。
どれだけ大人びた知恵を見せようと、どれほど村人に感謝されようと、家族の前で見せるこの無邪気な笑顔だけは少しも変わっていない。
それが無性に愛おしくて、私はトッシュの柔らかい頬を撫でてやった。
◆ ◆ ◆
夕刻、子供たちが遊ぶ声が静まり、中庭に秋の冷気が満ちてくると、私は部屋の隅で針と糸を取り出した。
膝の上に広げたのは、トッシュをはじめ、ハッサンやフサン、書籍やナスルたち四人の息子たちがこの冬に着るための厚手の服だ。
少しずつ背が伸びて小さくなった冬服を、手元で丁寧に丈を伸ばし、仕立て直していく。
私は針に赤い糸を通すと、息子たちの服の襟元と胸元に、ひとつひとつ手先を動かして刺繍を施し始めた。
縫い上げていくのは、古くから我が家に伝わる邪視除けの模様――悪いものや病気、人々の嫉妬の目を追い払うための特別な刺繍だ。
チクッ、チクッと、規則正しい針の音が静かな部屋に響く。
(神様……どうか、この愛しい子供たちが、この厳しい冬も病気にならず、健やかに過ごせますように……)
長男のトッシュが春の『拝受の儀』で意識を失い、冷たくなっていたあの子を抱きしめた時のあの恐怖を、私は生涯忘れることはないだろう。
あの時、神様がもう一度私のもとへ返してくれた大切な命
。
そして、トッシュとともに仲良く育つハッサン、フサン、ナスル。
我が家の宝物である四人の息子たち。
トッシュはとりわけ賢い子だ。
きっとこれからも、大人の思いもよらないような素晴らしい知恵や行動で、周りを驚かせていくのだろう。
だけど、賢ければ賢いほど、周囲からの過度な期待や、余計な冷たい視線に晒されることも増えてしまうかもしれない。
その波が弟たちにも及ぶかもしれないのだ。
だからこそ、私は母親として、この手で四人の服におまじないを縫い付け続ける。
どんなに世界が酷暑や極寒で過酷になろうとも、どんな噂が立ち込もうとも、この温かい家と刺繍が、子供たちを悪しきものから守る鎧となってくれるようにと願いを込めて。
完成した服の赤い刺繍にそっと触れ、私は愛おしい息子たちの冬服を丁寧に畳み、静かに神への感謝を唱えたのだった。




