01-48.戻ってきた笑い声
導師であるトリーブ先生が動いてくれたことで、ろ過器の作り方は村全体の「公式な事業」として一気に動き出した。
トルスノフ家も含め、村の男たちで有志の狩猟隊を組み、材料となる骨を手に入れるため荒野へ獲物を狩りに出かけた。
また、家畜を屠殺した際に出る大量の骨も余さず集められた。
だが、この大造作の中で一番の多忙を極めたのは、間違いなく村のものづくりを一挙に担う万屋のニヨズさんだった。
「おい弟子ども、休んでる暇はねえぞ! 導師様のご命令だ、底に穴をあけた壺と骨炭ををどんどん焼き上げろ!」
ニヨズさんはお弟子さんはもちろん、臨時の手伝い人をかき集め、工房の窯をフル稼働させた。
骨の油抜きから骨炭焼き、特殊な壺の窯入れまで、工房からは連日連夜、香ばしい煙と熱気が立ち上っていた。
僕もトリーブ先生の「助手」としてニヨズさんの工房へ通い、ろ過層を作るための砂や小石の選別、骨炭の重ね方の指導や検分を手伝った。
『いやあ、職人ネットワークの機動力ってすげえな。一箇所で一括生産した方が品質も安定するし、一気に効率が上がるぞ』
(うん! ニヨズさんたちが不眠不休で頑張ってくれているおかげだね)
村人たちが一丸となって作業に励んだ結果、照りつける夏の太陽が最も猛威を振るう「夏の半ば」を迎える頃までに、オイアクス村のほとんどの家にろ過器を行き渡らせることができたのだ。
◆ ◆ ◆
ろ過器を村に配布する前――。
トッシュは、トリーブ先生にひとつの大切な話をした。
「トリーブ先生。ろ過器で水を綺麗にするだけじゃなくて、飲む時は『必ず一度沸かしてから飲む』ということも、村のみんなに伝えてもらえませんか?」
目に見えないばい菌をさらに減らすには、ろ過に加えて煮沸による消毒も絶対に不可欠だからだ。
だが、トリーブ先生は眼鏡の奥の目を細め、静かに首を振った。
「トッシュくん……ただ『水を一度沸かしなさい』と伝えるだけでは、効果が薄いでしょうね。『ろ過した綺麗な水を、なぜわざわざ薪を使ってまで熱くしなければならないのか』と疑問に思い、面倒がって生水のまま飲んでしまう人が必ず出ることでしょう」
言われてみればその通りだった。
科学的知識のない村人にとって「お湯を沸かす理由」は伝わりにくく、貴重な燃料を消費することへの抵抗感は非常に強い。
すると、トリーブ先生はニッコリと頼もしい笑みを浮かべた。
「ですからこう伝えるのです。『この特別な壺を通した水でお茶を淹れて飲むと、お茶のなかの薬草の気が引き出され、身体の中の毒や悪い気を追い払う絶大な効果がある』とね」
「えっ、お茶に身体を良くする効果がある……んですか?」
「いえ、この際お茶にそんな効果があるかどうかはいいのです。『お茶としての効能』という形にしてしまえば、わかりやすくてみんな納得して喜んでお湯を沸かします。それにね、トッシュくん。この方法なら、恐ろしい夏病みの季節が終わった後も、人々が普段から温かいお茶を飲む良い習慣として村にずっと定着しやすいですから」
トリーブ先生の賢いロジックに、僕は思わず口ぐせのように感心してしまった。
『なるほど……! 「ばい菌を殺すために沸騰させろ」なんてよくわからない理屈より、「健康に効くお茶のおまじない」とでも伝える方が、この時代の人には100倍響くんだな! トリーブ先生、マジで頭柔らかくて有能すぎるだろ……!』
脳内のおじさんも大絶賛している。
さらに、トリーブ先生の配慮はそれだけに留まらなかった。
毎日の燃料(糞炭や薪)を買う余裕のない生活が苦しい家庭のために、先生は村長と協力して手を打ってくれたのだ。
「信仰の日の集会で、導師として村人たちに話しましょう。裕福なお宅には『施し』として燃料か、燃料を買うお金を寄付してもらい、困っている家に分配する助け合いの仕組みを作るのです。神の教えに則った正しい知恵として伝えれば、誇り高い村人たちも快く協力してくれますよ」
宗教的な「施しの義務」と自治組織の繋がりを巧みに生かした、見事な相互扶助システムだった。
これによって、貧しい家でも燃料を気にせず、毎日安全なお茶を沸かして飲める環境が整ったのだ。
◆ ◆ ◆
ろ過器と、温かいお茶を飲む習慣が村全体に広がると、その効果はてきめんに現れた。
あれほど大人たちを恐れさせていた原因不明の腹痛や激しい下痢を訴える人が、日に日に目に見えて減っていったのだ。
絶望に包まれていたオイアクス村に、少しずつ元の平穏さと活気が戻ってきた。
そして、酷暑のピークが過ぎようとしていたある朝。
初等学校の部屋に、すっかり笑顔を取り戻したアディルが飛び込んできた。
「トッシュ! ブーリ!」
「アディル!」
僕とブーリが駆け寄ると、アディルは少し照れくさそうに、けれど飛び切りの笑顔を弾けさせた。
「妹のやつ、すっかり元通りになったよ! ご飯もモリモリ食べて、もう外で走り回ってる! トッシュ、お前とトリーブ先生のおかげだ! 本当に……本当にありがとうな!」
「よかった……! 本当によかったね、アディル!」
アディルは僕の肩を力強く叩き、ブーリも一緒になって笑い合った。
教壇からその様子を優しく見守るトリーブ先生と目が合い、先生は僕に向かって静かに微笑み、温かくうなずいてくれたのだった。




