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ハードモードな中央ユーラシアに転生したので、生きることを目標とします 〜 普通中世ヨーロッパじゃないの!?劣悪な衛生や環境を乗り越える、異世界・非日常ファンタジー ~  作者: 山下オクトパス
第一章:転生と「水」への絶望

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01-47.導師の来訪

初等学校(マクタブ)の講義が終わると、僕はトリーブ先生と共に自宅への道を歩いた。

僕の隣を歩くトリーブ先生の表情も、村を覆う重苦しい空気を憂うように硬かった。


「……行きましょう、トッシュくん。あなたの作った知恵の壺を、この目で見せてください」


「はい、先生!」


トルスノフ家の門をくぐり、僕はまず入口を入ってすぐの中庭――来客や男性たちが集まる表側・男性の空間(タシュカリ)へトリーブ先生を案内した。

日陰になった高床式縁台(タプチャン)の上に座っていただき、僕は頭を下げた。


「先生、こちらでお待ちください。すぐにお父さんたちを呼んできます!」


「ええ、慌てなくて大丈夫ですよ」


僕は急いで中庭から扉を隔てたさらに奥、母や子供たちが過ごす奥側・家族の空間(イチカリ)へと向かった。

お父さんとおじいちゃんは家の中で昼食前の短い休憩を取っていた。


「お父さん、おじいちゃん! トリーブ先生がうちに来てくださったよ!」


「なに? 導師様が?」


お父さんとおじいちゃんは驚いて跳ね起き、すぐさま正装の帽子を被り直した。

二人がタシュカリへ向かうのを見送り、僕は台所へ急いだ。

物置から運んで普段から使っているあのろ過器の壺と、ろ過したきれいな水を溜めてある小さな素焼きの水瓶を取り出すためだ。



台所で昼食の準備をしていたお母さんが、僕の様子を見て不思議そうに声をかけてきた。


「あら、トッシュ。どうしたの、急にろ過器の壺を持ち出したりして?」


「今、トリーブ先生が来てくださっているんだ。このろ過器をお見せするんだよ!」


「まあ、導師様が……! わかったわ。失礼のないようにね」


お母さんにしっかりうなずき、僕は重い壺と水瓶を抱えて表側・男性の空間(タシュカリ)へと戻った。

タプチャンでは、すでにお父さんとおじいちゃんがトリーブ先生を最上座に据え、深々と頭を下げて挨拶を交わしているところだった。

僕が壺を持って現れると、お父さんが首をかしげて尋ねてきた。


「どうしたんだ、トッシュ。先生をお連れして……」


僕が答える前に、トリーブ先生が穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開いた。


「いや、プラートさん。こちらこそ急にお昼時にお邪魔して申し訳ありません。実はですね、私が優秀なトッシュくんにお願いして試作してもらっていた『ろ過器』が出来上がったと報告を受けましてね。こうして見に来たのですよ。本当は完成してすぐに伺うつもりだったのですが、所要でバタバタしておりまして、遅くなってしまいました」


トリーブ先生のあまりにも滑らかで堂々とした口調に、僕は思わず目を見張った。

数日前に僕から真実を聞いたばかりだとは微塵も感じさせない、完璧な演技だった。


『おいおい……さすがだなトリーブ先生。まるで最初から自分が設計図を描いてトッシュに作らせたみたいに聞こえるぞ……』


脳内でおじさんが感嘆の声をあげる。

僕は演技を合わせるべく、壺を高床式縁台(タプチャン)の上に置いた。


「……トリーブ先生、こちらが完成したろ過器です」


「ふむ、なるほど。確かに、私が指示した通りにしっかりとできていますね」


トリーブ先生は壺の内部を覗き込み、感心したようにうなずいてみせた。

そして、僕の方を振り返る。


「ろ過された水を飲んでも?」


「はい先生、もちろんです!」


僕は抱えてきた水瓶から、清潔な素焼きの茶碗へ澄んだ水を注ぎ、トリーブ先生に捧げた。

トリーブ先生は茶碗を受け取ると、ゆっくりと口元へ運び、一口、二口と静かに含んだ。

喉を鳴らして飲み干すと、満足そうに目を細めた。


「ふむ、ふむ……そうですね。夏特有の嫌なにおいもずいぶんと抑えられていますし、砂や泥もしっかりと除かれています。見事な出来栄えです」


トリーブ先生はまるで以前からこのろ過器の性能を知っていたかのように、完璧に『知者』としての振る舞いを演じ切ってくれた。



――そして、先生は我が家の当主であるおじいちゃんに向き直った。


「オモ殿。こちらのろ過器、トッシュくんにおおよその作り方を伝えてはおりましたが、間違いなく私の想像通りに完成しているようです。……ただ、これを作る際、皆様が貴重な狩りで得た獲物の骨を使わせてしまっていたようですね。私の研究のために負担をかけさせてしまい、申し訳ありませんでした。今度、何か埋め合わせをさせて頂きます」


あのサイガや野ウサギの骨のことまで自然にフォローしてくれるトリーブ先生の配慮に、おじいちゃんは恐縮したように手を振った。


「いえいえ! ワシらはただ獲物の肉を食べて精をつけたかっただけでございますじゃ! 特にそのようなお気遣いは不要でございます。導師様からそう言っていただけるお言葉だけで、トルスノフ家には十分すぎる光栄でございますよ」


おじいちゃんの返しに、トリーブ先生は微笑みながらうなずいた。

そして、表情をスッと真剣なものへと引き締めた。


「ありがとうございます。では……ありがたくお言葉に甘えましょう」


トリーブ先生は姿勢を正し、さらに話を続ける。


「さて……皆様。今日はただこのろ過器の完成を祝いに来ただけではないのです。……皆さんもご存じかと思いますが、今このオイアクス村では酷い夏病みが広がり、死者まで出ている危機的状況です」


重苦しい言葉に、お父さんもおじいちゃんも固い表情でうなずく。


「そして……このろ過器で浄化した水を使えば、アディルくんの妹さんのように、死の淵から体調が戻る場合があるということも分かってまいりました。そこで、大変不躾なお願いなのですが……このろ過器を、もっとたくさん作ってほしいのです」


「先生……」


思わず声を漏らした僕に、トリーブ先生は優しくうなずきかけてから、力強く言葉を続けた。


「もちろん、それにかかる費用や材料などは、村長とも相談してすべてこちらで用意いたします。人手が必要であれば、それもこちらで手配しましょう。そして……私の曖昧な指示だけでこの素晴らしいろ過器を作り上げた、トッシュくんの手もぜひお借りしたいのです」


トリーブ先生の言葉に、最初に着席し直したのはおじいちゃんだった。

おじいちゃんは当主としての威厳を込め、胸の前で手を組みながら力強く答えた。


「もちろんですじゃ! この村のみんながそれで救われるのであれば、いくらでもこのトルスノフ家、導師様のご指示に従いますとも!」


お父さんも僕の肩をガシッと掴み、熱い眼差しで見つめてきた。


「トッシュ、先生の指示をよく聞いて、しっかり頑張るんだぞ。しばらくは我が家の畑や家畜の手伝いはいい。村のために、先生のお手伝いに全力を尽くしなさい」


「お父さん……! おじいちゃん……! はいっ!」


家族の温かい後押しと、トリーブ先生の見事な手回しによって、僕の「村の夏病み救済プロジェクト」は一気に公式な事業として動くこととなった。

こうして僕は、村のみんなの命を守るため、ろ過器をたくさん作ることになったのだった。


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