01-46.悪魔の子
「別の世界の……死者の魂、ですか……。そうか、そういうことでしたか」
トリーブ先生の静かな声が教室に響いた。
恐る恐る顔を上げると、先生は顎に手を当てて深く思索に耽っていた。
「ろ過……ですね。古い文献で見たことがないわけではありません。ですが、作るのが手間な上に、当時はそれで病気を完全に防ぐことはできなかったため、今では誰も使わない廃れた知識だと言います。まさか、それを作り上げたとは……」
僕が無言で小さく頷くと、トリーブ先生の表情がにわかに厳しさを帯びた。
先生は僕の肩にしっかりと手を置き、声を潜めて言った。
「トッシュくん。自分の中に『死者の魂』が入り込んだという話……それは、絶対に他人に話してはいけませんよ」
「えっ……」
「聖典の教えでは、人が死ねばその魂は神のもとへと召され、神の一部となります。そして、現世に戻ることは絶対にあり得ません。人が死ねば、戻ってくることはありません。もしあなたが『死者の魂の声が聞こえる』などと公言すれば……人々はあなたを『悪魔の子』や『悪魔憑き』と呼び、恐ろしい処罰を下すでしょう」
「悪魔……の……子……っ!」
先生の口から飛び出したあまりにも不穏な言葉に、僕は背筋が凍りつき、ドクンと心臓が跳ね上がった。
『トッシュ、落ち着け!』
脳内でおじさんが叫ぶ。
僕の身体が恐怖で震えているのを見て、トリーブ先生はすぐに表情を和らげ、優しく僕の頭を撫でてくれた。
「あ、心配しないでくださいね。私はこのオイアクス村では導師様だなんて呼ばれていますが、決して偉い聖職者というわけではありません。ただ高等教育で少し広く学問を修めたというだけの一般人です。それほど盲目的に信心深いわけではないのです」
「先生……」
「ですが、この田舎村には信仰に篤く、異端を恐れる人はたくさんいます。ですから、その「死者の魂」の存在は、私とあなただけの永遠の秘密にしなさい。いいですね?」
「はい……! わかりました……!」
僕は安堵のあまり涙ぐみながら深く頷いた。
「……ところで先生、僕がついてしまった嘘についてはどうしたらいいでしょうか?」
トリーブ先生はニッコリと頼もしい笑みを浮かべた。
「それについては、トッシュくんが言った通り『私があなたに伝えた』ということにしましょう。細かな製法までは知らなかった私が、優秀なあなたに試行錯誤の手伝いをさせていた……ということです。あとは私がうまく周囲に合わせますから、安心しなさい」
「先生……ありがとうございます!」
完璧すぎるフォローに、脳内のおじさんも『すげぇ……めちゃくちゃ理解があって有能な先生じゃないか!』と絶賛している。
トリーブ先生は立ち上がると、真剣な眼差しで僕を見つめ直した。
「それよりも、トッシュくん。アディルくんの妹さんの話は聞きました。ろ過した水でお湯を沸かして、それを飲ませるようにしてから、回復傾向にあるそうですね」
「はい!…そうらしいです。」
「今、このオイアクス村では、同じように腹痛や激しい下痢で命を落とす人が相次いでいます。トッシュくん、あなたにその授かった知恵というのは、何か意味があるはずです。どうか、そのろ過器の仕組みと知恵を私に教えてくれませんか?」
トリーブ先生は僕の目をまっすぐに見つめ、強く言葉を続けた。
「私が『聖典の教えに則った正しい知識』として村人に伝えれば、多くの人が信じて実践してくれるでしょう。あなたの知恵で、村の皆を救うのです」
先生の言葉が、僕の胸の奥に熱く響き渡った。
「はい! ぜひ、そうしたいです! これ以上、村の誰にも死んでほしくありません!」
僕が力強く答えると、トリーブ先生は満足そうに深く頷いた。
「そう言ってくれると思っていました。ではさっそく今から、その『ろ過器』を見に、トッシュくんの家へお邪魔させていただきましょうか」
こうして僕とトリーブ先生は、村全体を救うための第一歩を踏み出すべく、我が家へと向かって歩き出したのだった。




